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9)

 初めてやけ酒なんてものをしたのは、中学生の時だった。


 あの、初めてつきあった男に振られた日。


 その頃、大人は失恋したらやけ酒するもんだって思ってたから(必ずしもそうじゃないってことを知らなかったし)、それならあたしもって、近所にある、人気のない場所へ隠れて、一升瓶抱えて泣き喚いた。


 気づいた時には、ベッドの中で。


 お母さんの話によれば、偶然通りかかった人が、ベロベロに酔っ払ってたあたしを見つけて、運んでくれたらしかった。


 もちろん、さんざん両親には怒られたけど、その時のやけ酒が、気持ちを結構楽にさせてくれたもんだから、あたしの中では、それ以来、失恋するとやけ酒っていうのが定着しちゃったんだけど。



 ……ぜんっぜん、効かない。


 どれだけお酒を飲んでも、効かない。


 あの日から一週間が過ぎて、教育実習も終わった。


 またいつもと変わらない毎日が始まれば、城ケ崎さんのことだって忘れられる、次の新しい恋を探せばいい、そう、思ってたのに……。


 どれだけお酒を飲んでも、どれだけ酔っ払っても、ちっとも楽にならない。


 忘れられない。



 ……涙が、出てこない。




 仕事を終えて、ここのところよく行く、近所の酒屋に足を運ぶ。


「いらっしゃいませ〜。あ、こんちわ」


 すっかり顔なじみになっちゃった店員くんが、あたしを見て、笑みを浮かべる。


 あたしもそれに笑顔で応えてから、ビールを何本かとチューハイ数本、そこまで大きくない焼酎を一本、迷わずに手にとった。


「毎日、大変ですね〜」


 まさかこれを全部あたしが飲んでるなんて思いもしないんだろう彼が、レジを打ちながらそう言う。


 たぶん、家族が飲む分をあたしが買いに来てるとかって思ってるんだろうなぁ。


 ……これくらいじゃ、ほんとは足りないんだけど。


 そう言ってみたい衝動を堪えて精算を済ませたあたしに、『気をつけて』とお酒を渡してくれた彼に、


「ありがと」

って、ニッコリとお礼を言えば、彼の顔が赤くなった。


 ……前は、男の人のこういう反応見るの、嫌いじゃなかったのにな。


 また沈み込みそうになる気持ちを、軽く頭を振って追い出した。



 あの時から何度か、城ケ崎さんから電話とメールがあった。


 もう、傷つきたくなくて……傷つけたく、なくて。ずっと無視してた。


 10日目。


 連絡がこなくなって。


 あたしは、お酒の量が増えた。


 でも……まだ、泣けない。






「「ストーカー!?」」


 城ケ崎さんと別れて2週間が過ぎた今日。あたしは、暁のマンションへ遊びに来てた。


 暁と、晴れて彼女の恋人になった元宮ゆっきーと向かい合って、2人合作の料理を頂きながら、つい口にしてしまった言葉に、2人は揃って目を丸くした。


 ……いい感じにハモってくれちゃって。一緒に暮らしてるとやっぱり似てくるのかしらねぇ?


「う〜ん、ほんとにそうなのか、まだ、わかんないんだけど。なんか最近視線を感じるような気がして……」


 持参した焼酎を味わいながら、最近時々感じる不快な視線を思い出す。


 視線を感じた時にその方向をうかがうんだけど、誰もいなくて……。気のせいかもって思いたいけど、それにしては回数が多すぎると思う。


 ……正直、気持ち悪い。かなり。


「いつからだ?」


「一週間くらい前、かな」


「そんなに前から?なんでもっと早く言わないんだ!」


 暁が心配そうに表情を曇らせて怒っているのに、思わず口元を緩めてしまう。


 心配をかけたくなかったから言わなかった。


 でも、心配してもらえるとうれしかったり……。


「ごめん。でも、視線を感じるだけだし……。ほら、前にもこんなこと、あったじゃない?」


「ん?……あぁ、あれか」


 あたしの言葉に暁が思い出したらしくて、うなずく。


「何?あれって?」


 一人事情がわからないゆっきーが首を傾げた。


「前にもね、こんなことがあったのよ。視線を感じて、ストーカーかなって気にしてたんだけど……」


「麻由に告白しようと思ったけれど、勇気が出なくてオロオロしていた他校の高校生だったんだ」


 思い出してクスクスッと笑ったあたしの後を、暁が続けた。


 あの時は、暁と一緒に罠にかけて捕まえた。でも、捕まえてみたら、真っ赤になって手紙を渡すもんだから、拍子抜けしたっけ……。


 その話を聞いたゆっきーが、顔をしかめる。


「あっぶないなぁ、2人とも……。もしそいつが本物のストーカーで、凶器とか持ってたらどうするつもりだったの?」


 まぁ、確かに。それも、考えなくはなかったけど……。


 一応、すぐに逃げられるような場所を選んだし、催涙スプレーとかも持っていってたし。


「何かあってからじゃ遅いんだからね?もうそんなことしたらダメだよ?」


「うぅ、はい……。ごめんなさい」


 ゆっきーに叱られた暁が、素直に謝る。


 年上と年下が逆転したような2人の様子を見てると、上手くいってるんだなって思って、嬉しい反面、ちょっとうらめし……いやいや、うらやましい。


「今回だって、どんな奴かわからないんだから、十分に気をつけないと……。って、ちょっと麻由さん、聞いてる?」


「……はぁい」


 麻由さん。


 すっかり仲良くなって、あたしの性格も大分把握してきたゆっきーは、あたしのことをそう呼ぶ。


 他に呼びようがないんだから仕方ないけど、そう呼ばれる度に、同じ呼び方をしてた人を思い出して、胸が小さく痛んだりする自分が、すごく嫌だったりする。


「警察には行ったのか?」


「ううん。視線を感じるってだけじゃ、何もしてくれないと思うし」


 暁の問いに、焼酎をゴクッと飲み干して、肩をすくめて答えた。


「そうか……。でも、心当たりとかないのか?ほら、前に振った男達の誰かとか」


「そんなの……」


 ……心当たりがありすぎて、まったく絞りようがないかも?


「でも、俺が暁さんにそうだったように、麻由さんが気づかないうちに好きになられてる場合だってあるわけだしさ……。確かに、麻由さんが振った男っていうのは一番犯人の可能性が強いと思うけど、一概には言えないんじゃないかな?」


 あぁ、そう言えば、ゆっきーは暁を電車で一目ぼれしたとかなんとか。


 暁に会いたくて、うちの学校に教育実習に来たって言うんだから、なかなか一途な男よねぇ、こいつも。


 そんなことを思って、他人事を真剣に悩んでくれちゃってる二人にニヤニヤとこっそり笑みを浮かべていたら、二人が顔を見合わせて、あたしを見てから同時にため息をついた。


「?」


「そうだよな……。麻由の場合、あちこちで引っかけて歩いているから、余計にわからないし……」


「そうそう。この前の実習生達だって見事に引っかかってたもんね……」


 …………。


 …………。


「え〜、あきちんもゆっきーも人聞き悪〜い。あたし、誰も引っかけてないしぃ」


 ニコッて笑ったあたしに、暁とゆっきーが『やれやれ』と肩をすくめやがる。


 ……わかってるわよぅ。ストーカー野郎に付け狙われるのは、たぶん、あたしがかぶってる大きな猫ちゃんのせいです〜。


 でも、逆に言えば、ストーカーがあたしの本性を知らないなら、それを知れば逃げてくんじゃないかなぁ〜って、思うけど……。


「犯人特定するのは難しいよね、やっぱり……。あ、でも、視線を感じるようになったのって、一週間ぐらい前って言ったよね?じゃあさ、そのちょっと前くらいに知り合った男の人とか、逆に振っちゃった男の人とかいないの?ずっと前に振られた人がストーカーするっていうのも考えにくいだろうし。少しは絞れないかな?」


「…………」


 ね?ってゆっきーに同意を求められたけど、あたしは咄嗟にうなずけなかった。


 ……だって、城ケ崎さんが一番に浮かぶから。


 正直、あたしだって考えなかったわけじゃない。もしかしたらって……。


 でも、そんなバカな考えはすぐに捨てた。


 あの人、そんなに暇じゃないもの。


「ちょうどその頃教育実習も終わっただろう?タイミング的に絞るのは難しいんじゃないか?」


 うなずかなかったあたしに何か気づいたみたいで、暁が代わりに答えてくれた。


「それよりも……」


「あ!これ、おいし〜い」


 暁が作ったロールキャベツを頬張って叫んだあたしを指差して、彼女がため息をつく。


「幸紀君。こいつの、危機感のなさの方が問題だ」


「確かに」


 人の顔見てうなずきあうカップルに、頬を膨らませて抗議する。


「何よぉ。おいしいものはおいしい顔で食べなさいっていうのが、うちのお母さんの口癖なんだもん」


 ある意味、我が家の家訓よ?


「それは、いいことだけれど……。あぁ、そういえば。麻由、お前のご両親が旅行に出るのっていつからだった?」


 暁が苦笑して、あたしの話で止まってた箸を再び動かしながら聞く。


 うちの両親がちょうど結婚30年で、その記念にあたしと、もう結婚して家を出てるお姉ちゃんとで旅行をプレゼントすることになったって、この前暁に話してあった。


「今日、出たけど?」


 朝も早くにウキウキと出かけていった両親を見送りましたとも。


 いつまで経ってもバカップルなあの人たちは、腕組んでイチャイチャと出かけていったわよ。


 それが何か?って感じで聞き返したら、暁とゆっきーが目を丸くする。


「き、今日!?麻由、お前なぁ……」


「じゃあ、麻由さんは今夜から一人ってこと!?それは、危なすぎるんじゃない?」


「大丈夫、大丈夫。ここからの帰りもタクシー使うし、ちゃんと戸締りもするし……」


 そりゃあね、あたしだってちょっと心細いなぁって、そう思ったのよ?だから今日だってここにお邪魔したっていうのもあるし。


 でも、変に心配かけたくなかったし、極力一人で外に出ないようにすれば大丈夫だろうって、そう思ってたんだけど……。


 どうやら心配性の暁は、そう思ってくれないみたいで……。


「麻由、いつご両親は帰ってくるんだ?」


「4日後」


「じゃあ、それまでここに泊まれ」


 ……は?


 すごく当たり前っぽく言う暁に、さすがのあたしも箸が止まった。


「…………や〜、いいよぉ、大丈夫だって!」


 っていうか、悪いじゃない?恋人なりたてのラブラブカップルの邪魔したら。


 ゆっきーは自分の住んでたアパートが火事になったとかで、実習の途中からここへ転がり込んでた。でも、晴れて恋人になれたのは実習が終わってからで、つまりは同居が同棲に変わってから、まだ一週間しか経っていないってことで……。


 そりゃ気持ちはうれしいし、心強いけどさ、いっちば〜んイチャイチャしたい時なんじゃないの?誰かさんは……。


 そう思って、意味深にチラッとゆっきーに視線を移せば、彼は、


「気にしなくていいよ。……遠慮しない・・・・・から」

って、ニッコリと笑った。


 …………。


 …………。


 …………あ、そう。しないの、遠慮。


「ほら、幸紀君もこう言っているし、何も気にしなくていいぞ?」


「…………」


 ゆっきーの言った意味を、絶対に誤解してる暁の無垢な笑顔と、その暁を見て満足そうなゆっきーの邪悪な笑顔に、あたしは。


 ……うなずくしかありませんでした。



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