愛していると言いたい
私は昔らから気持ちを言葉に表す事が苦手だ。
上司や部下から誤解され、その誤解を解くのに毎回非常に苦労したし。そもそも誤解がきちんと解けているのかも分からない。
怖いと言われるのは分かる。私だってこんな筋肉隆々の騎士がいくら微笑んだとしても、何も喋らなければ怖いと思う。
いや、寧ろ笑顔なのに喋らないからより一層怖いのかもしれない。
同僚にすら遠巻きにされていたのを懐かしく思い出しながら、それが一変したのは妻を迎えたからだ。
つい先日まで争っていた隣国との戦争で、私は著しい活躍を見せる事が出来た。
それは私自身の功績と言うより仲間達や指揮してくれた将軍の御蔭ではあるのだが、確かに大将首を取ったのは大きいのだろう。
その褒美として国王陛下から私は末妹の王女殿下を賜る事になったのだ。
好きな相手など居なかったし、私も三男坊とはいえ貴族の端くれ。いずれ子を成さねばならぬのは分かりきっていた。
それを考えるとこの相手は最良の相手とも言えるだろう。
だが、私としてちゃんと彼女を見て彼女を知り、彼女自身としっかり付き合っていくつもりだった。
「そんなに怯えて役目を果たせるのか?」
こんなあほ丸出しの第一声さえなければ!
勿論出したのは私自身だ。
こんな肉の塊みたいな男を前にすれば、女性ならば大抵怖気づいて当然だ。
だからこそ、怯えなくて良いんだ。私なんかに嫁に来てくれてありがとう。決められた役目で致し方なくとは言え心より歓迎している。夫婦になるのは決まっているが、だからこそ沢山話していこうと本当は口にするつもりだった。
なんであの第一声に変換されたのか自分自身でも理解できない。
当然王女殿下御付きの侍女から叱責を受けたし、うちの従者達も揃ってため息を吐いたのも当然だ。
確かに役目は大事だし、その、私としてもそういう事に興味がない訳ではない!
なぜか全く興味がないように思われ、寧ろ男色すらある噂があるみたいだが。憚らず言えば私は女性が好きだ!
それこそ幸薄の美少女のような見た目の王女殿下は、私の好みのドストライクで一目惚れしてしまったくらいだし。
だからこそ大事にしたかったのに、第一印象が最悪過ぎて警戒されてしまった。
当然であり自業自得であり、本当に自分で自分を殴り殺せればと思う。
ただ、見た目に反し王女殿下は逞しかった。
いや、ならざるを得なかったのかもしれない。何せ彼女は王が侍女に手を付けて出来た子だったから。
それを知ってますます大事にしたいと思い出た言葉が。
「お前は庶民の出だと聞いたぞ」
馬鹿かぁぁぁぁぁ! 私の口は一体全体どうなっている!
頭の中で一生懸命考えたセリフはどこに消えた!
そもそもお前とか不敬にもほどがある。貴方の母は元侍女だとお聞きした。今も身の置き所がなく苦労しているとも聞いている。だから、もし貴方さえ良ければうちに向かい入れたいのだが宜しいだろうか? それに、食事の度に苦痛そうに食べている姿にも胸が痛む。話す時間は欲しいが、いったん食事は別々にして母子水入らずで食べられるように手配したい。いいだろうか?
なんて言葉を何がどう変換すれば、お前は庶民の出だと聞いたぞなんてあほみたいな言葉に変わるんだ?
自分の言葉でショックを受け、彼女の傷ついた表情にまたショックを受け。
一言も反論しなかった王女殿下を間抜けに眺め続けた私を今すぐ誰か埋めてくれ。
結局王女殿下の侍女が間に入り、庇うように連れ去っていった。
私は延々立ち尽くすだけだった。
これはもう嫌われたとかいうレベルではない。彼女の名誉すら傷つけてしまった。
凹みに凹んで、それでも勝手ながら彼女の母親を保護する行動に移ったのだった。
「旦那様、流石にきちんと事情をお話しした方が良いと思います」
王女殿下の母親を連れ出す時もやらかし、怯えさせてしまった私に執事長がそう進言してくる。
「私もそう思うが。無用だ」
また私の意思に沿わぬ言葉が出てくる。
うちの使用人達相手ならもう少し本音が出るのだが、ここ最近の出来事に狼狽えていたせいで出せなかった。
ただ、幸いにも長年の付き合いの執事長は見捨てずに言葉を続けてくれた。
「私はそうは思いませぬ。行動で見せていく主義の旦那様だとは言え、流石に奥様も奥様の母上様も困惑しておいでです。常々お優しいのに口を開くと行動と真逆の言葉ばかり出てくる。貴方の本心が分かりませんと」
「うぐぐぐ」
行動で見せていくと言うのは身に覚えが全くないが、私の言葉で妻も妻の母親も困っているのは伝わった。
非常にまずいではないか。
頭を抱えつつ下を向いた私から、やっと本音が零れる。
「大事にしたいんだよ。こんな私にも声を掛けてくれるし笑顔すら見せてくれる妻を大事にしたい。だからこそ彼女の母親も助け出したし、もっと仲良くなりたい」
零れ落ちた私の本音に、執事長は満足そうな声で答えた。
「それをお伝えしましょう。きっと伝わります」
「しかし、今日も困らせてしまった。あまりに美味しそうに食べているから、見ていて気持ちがいいと言いたかったのに。そんなによく食べられるななどと言うなんて。王女殿下も母上殿も手が止まってではないか」
「そうでしたね」
「連日このようなミスを繰り返すのに、一切責めず笑顔を向けてくれる殿下がどれほど素敵か伝えたいのに。媚びを売るのは得意なんだなとか。ほんと意味が分からない! どれほど私が彼女に癒されているか伝えたかったのにだ! なんだこの口は。私は自分で自分が憎らしいよ」
「ふむふむ、どうぞ続けてください」
ん? 何かおかしいな。
そう思うものの、一度決壊した口はそのまま止まってはくれなかった。
「昨日もだ! 最近口を閉じていれば何やら良い雰囲気になるようになったと学習したのに、欲に負けて押し倒そうだからって。お前の貧相な体を、さていつまで見続けさせる気か? とか自分でも意味不明だ! 魅力的過ぎて恥ずかしいし、照れるから少し離れてくれって言いたかったのに謎過ぎるだろう! ああもう、いつもいつもありがとうってお礼すら言えなくて情けなさ過ぎるわ!」
「その、別に押し倒して下さっても宜しかったのですよ?」
「そんな訳にはいくまい。すでに結婚したとはいえ。そしてたとえ私が好意を持っていたとしても、こんな憎まれ口をたたき続ける相手を好きになんてなるものか。可能な限り彼女が過ごしやすいようにと努力してきたが、別居した方が良いかもしれん」
「そんな、私は離れたくありませんし。貴方様の事を今ではお慕いしておりますよ」
「離れたくはないって――あれっ?」
気付かずに顔を下げ続けていたが、執事長の言葉がおかしいと顔を上げてみる。
その先には妻が立っていて、その奥にニヤニヤ顔の執事長とぽかんとした表情の王女殿下の母親が立ち尽くしていた。
じゃない。いつから聞かれていた!? いや待て、聞かれていいんだよ寧ろ。
ああ、でも恥ずかしすぎる誰か助けてくれ。
口をパクパクさせれる私に、そっと妻が頬に両手を添えた。
「言葉はともかく、こんなに良くして頂いているのに気付かぬ訳がありませんわ。それに、よく見れば言った後の表情で本心でないのも分かるようになりました。ですから、そうやって恐れないでください」
体に火を放たれたかと錯覚するくらい全身が熱い。
ウルウルと潤んだ瞳で見つめてくる妻が、いつも以上に可愛らしすぎてどうしてよいか分からない。
「大丈夫です。きちんと受け止めていきますから、これからしっかり話していきましょう。……旦那様? 旦那様!」
あれ? 視界がなんかおかしい。
周りから黒くなっていくし。妻の表情が心配そうに歪んでいく。
そんな顔を私はさせたい訳ではない。
大丈夫だと伝えなければ。
そう思うものの、妻の頬に手を添えた所で私の視界は闇で包まれる。
ああ、愛していると伝えたいのに、いつ伝えられるのだろう。
こんな感じのヒーローが好きなのですが、需要があるのか不明でしたので短編にしました。
ヒロインはほぼ描いて居ないですが、芯の強いお嬢さんって感じです。
今度はヒロイン視点から書いてみたいなぁ。
それでは、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。