第2話
翌日。
昨日トラックに荷物を積んだまま帰宅したため、竜也おじさんから大目玉を喰らった。
後で一緒に詫びに行ってくれるらしい。
いくつになってもこの人には頭が下がりっぱなしだ。
会社での反応を見ると警察から連絡は来てない様子。最悪の場合を考えていたが、懐の辞表は日の目を見ずに済むようだ。
昨日届けるはずだった荷物は竜也おじさんに無理をいって会社のトラックを出してもらい一緒に家まで取りに行った。
やはり、昨日の情景が頭から離れず、運転する気になれない。このままでは運転手生命は途絶えたままだなと助手席で自嘲ぎみに考える。
そんな気配を察してか運転席の竜也おじさんが話しかけてくる。
「謙坊、(若いときはよくこう呼ばれていた) 何があったか言う気にはなったか」
…一応竜也おじさんとはいえ、会社の上司に人身事故を起こしたとは言い出しにくい。本当に事故があったか怪しくすらあるのだ。俺が黙っていさえすれば、発覚しない事でもある。
押し黙っている俺に対して短くため息をつくと、言いたくなったらで良い。とぶっきらぼうに言って黙ってしまった。
気まずい沈黙が車内に満ちる。
しばらくそうしていると、昨日俺が事故を起こした(と思っている)場所に近づいてきた。
思わず、昨日の凄惨な光景が頭をよぎる。
やはり、このままではろくに仕事もできないままだ。未だに頭のなかで整理がついていないが、一人でうだうだ抱え込んでいるより誰かに相談した方がいい。
俺が決意すると、ちょうどトラックは因縁の交差点で停止するところだった。
「おじさん」
「なんだ」
「実は昨日、ここで人を撥ねたんだ」
おじさんの方を見るのが恐ろしくて、いったいどんな顔をしているのか分からない。
下を向いてしばらく耐えていたが、何も言ってもらえず戦々恐々としていた。
しばらく待って、おそるおそる顔を向けるとおじさんは前を向いたまま固まっていた。
しかし、ただ俺の言葉に驚いていると言うわけではなく、文字通り固まっており、まばたきひとつしない。
突然こと切れてしまったかのような竜也おじさんに困惑していると、忌まわしい甲高い声が耳をつんざいた。
「降りてきてくださ~い」
見ると青い髪に青い服とふざけた格好をした例の少女が車外で騒いでいた。
なんと言うのだろうか、何かのアニメのコスプレのようだが、その青い髪も服もその少女に馴染んでいるのだが、あまりに現実感がなく、風景に馴染んでいない。
そこで不意に、その風景にも違和を感じた。
風で巻き上げられたのであろう落ち葉が、空中に制止している。
先程は聞こえていたエンジン音もピタリとその音を止め、辺りは際限のない静寂が行き渡っている。
それゆえ、少女の高い声は音の遠近感覚を失った耳にダイレクトに衝撃を与えた。
「お~りーろー」
依然、ドア越しに少女の喚く声が響く。
周りの異常な状況に呆れのような諦めの感情が浮かんだ。
ドアを開けトラックを降りると、パッと華やいだ顔をして少女が駆け寄ってきた。
「さっさと降りてきてくださいよ、干からびちゃうかと思いました」
どこかズレている少女の言動に軽く目眩を覚えながら、静かにこの状況を問いただす。
「いったいどうなっているんだ、お前は何か知っているのか」
「女神に対するその不遜な物言い、特別に見逃してしんぜよう。なにせ、私のパートナーなのだからな」
駄目だ、会話が成り立たない。唐突にふんぞり返っては尊大な話し方をし、ふざけているとしか思えない自称女神のパートナーになった覚えもない。
えへんっ、とドヤ顔をしている少女に腹が立ったのでその高い鼻を摘まんでみる。
「むがっ、ニャ、ナニヲスル」
「これはいったいどういうことだ。おじさんは固まっているし、辺りは不気味なほど静かだし、木の葉は空中に止まっている。メ・ガ・ミサマの仕業なのか」
再度の問いに、少女はどこか嬉しそうに口を開く。
「そうだ、私がやった。この世界に極力影響を与えぬよう、降臨するときには時間を止めておる。ぬしが動けるのはちょっとした契約のためだ。」
「そういえば、最初に会ったときも契約がどうたら言ってたな。」
「そう、その話をしに来たの。あのとき契約の説明をするはずだったのにあなたが逃げていなくなってしまったから」
少女の口調はまるで安定していない。偉そうにしたかと思えば、急に丁寧に話し出したり、年相応の表情をしたりする。まるで子供が背伸びをして大人の真似をするようだった。