如月由香の揺れる決意
職員室に戻った由香は、自分の席に座るなりそのまま突っ伏してしまう。その際に『ガンッ』と思い切り頭をぶつけてしまうがお構いなしだ。
隣に座る女性教員が「ひっ」と驚いてもお構いなしだ。
なぜ由香が、こんな状態になっているかというと……
(ななな……なな、何言おうとしてたのわたしーーー!!!)
つい先ほどの教室での出来事を思い出して、めちゃくちゃ動揺しているからだ。自分がなぜあんなことをしてしまったのか、思い出すだけで顔が熱くなる。
というか穴があったら全力で入りたい。
ガンッ!ガンッ!
「ひっ! き、如月先生?」
放課後の教室、二人きり、しかも相手は自分が好きだった相手……いや『だった』であればあんなことはしないだろう。ともかく、異性への告白にはなんともナイスなシチュエーションだ。
……それが、同じ生徒同士であったならば。
(違う違う! 確かにたっくんとは幼なじみだけど、たっくんは生徒で私は教師! ……だから、あんな……しちゃ、だめなのに……)
それも、ただの幼なじみという単純な関係ではない。達志と由香との間には、十年の時間のすれ違いがある。
だから十年前のあの時から普通に時を刻んできた由香自身は今大人になっているが、達志は時間が止まったまま、子供のままである。
せめて肉体が時間を刻んでくれていれば、結果は違ったかもしれない。
なので、同じく幼なじみ同じ時間を刻んできた猛とさよなとは違う。達志だけが、十年前のまま時が止まっているのだ。
だからこそ、失った時間を取り戻してほしい。青春を謳歌、とまではいかなくてもそれなりに楽しんで、同じ年代の友達と遊んで、そして……
(……同年代の、彼女だって……)
達志には、幸せになってほしい。同じ年くらいの子と恋をして、失った分の時間を楽しんでほしい。達志が起きた時から、そう決めていたのに。
「ぬがぁああああ!!!」
ガンッ!
「ひぃっ」
だというのに、そう決めた自分自身が揺らいでどうする。あのままルーアが、誰かが来なければ自分は達志に何を口走っていた?
由香は、達志が好きだ。それはいつからだったか……もしかしたら達志が眠ってから気付いたのかもしれないし、ずっと前からかもしれない。
もっと早くに気付いていれば……勇気があれば、達志に想いを伝えることが出来たのだろうか。
だが今それを思ったところで、もう遅い。自分の好きな人は今、高校生としてその人生を送っている。
そこに、十年も達志を置いていってしまった自分が『好き』だなんて言ってどうする。達志を、大好きな彼を困らせるだけだ。
そう思って、自分の気持ちを忘れようと思っていたのに……
(ダメだなあ、私)
いつだったかリミには達志が好きなことを言い当てられた。あの時はつい、達志に告白する気持ちがあることを口走ってしまいそういう流れになり、挙句リミには応援を申し入れられる始末。
極めつけは、自分でも無意識のうちに達志に対する好き好きオーラが出ているらしいとのことだ。
決意は固めたはずなのに、いざ達志を目の前にするとそれが揺らぐ。諦めようと思っても、気持ちは全然変わっていないのだ。
(だから私、あんなこと……)
先ほど教室で、達志に好きな人がいるのか、気になっている人はいるのかという話の流れになった。
もし『いる』と答えられたら……そう思うだけで、もうダメだった。何かが胸の奥からあふれてしまいそうだった。
(ダメ……ダメだよ。たっくんには幸せになってもらいたいのに……困らせたく、ないのに)
自分はどうしたいのか、その気持ちさえもうわからなくなってくる。それが情けなくて、ジワリと涙があふれてくる。
「あ、あの如月先生、震えて……もしかして、泣いて……」
「ぬあぁあああああん!!!」
「ひゃあっ!?」
あふれる涙をごまかすように、この気持ちをどうにかしたくて、由香は頭を机に叩きつけ続ける。その奇行に、隣の女性教員はただただ怯えるばかり。
「お、落ち着いてください! あの、悩みがあるなら聞きますよ! 飲みに行きましょう! 付き合います……ひぁあああ!?」
女性教員に必死に止まられ、その体を支えられる。だがその顔を見た女性教員が悲鳴を上げるほど、由香の顔はひどいことになっていた。
涙を誤魔化そうと激しく顔を叩きつけたため涙は顔全体に飛び散り、額からは血が流れている。おまけに鼻水まで流れており、とても人に見せられる顔ではない。
「うぅ、わだじ、どうじだら……」
「と、とりあえず手当てしないと! ねっ? ほら泣き止んで!」
このあと由香は、女性教員に連れられ……近くの居酒屋に飲みに行った。翌日、女性教員は心なしかげっそりしていた。酔った由香の相手が予想以上に厄介だったらしい。




