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【リメイク連載中】目が覚めたら世界が異世界っぽくなっていた件  作者: 白い彗星
異世界召喚かとテンションが上がった時期が俺にもありました
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見たかった世界



 母さんの時もそうだったが、こうして俺以外の人間の変化を見ると、本当に十年もの歳月が経ったのだと改めて気づかされる。


 今こうして、十年の時を過ごした幼なじみ、如月 由香を目の前に、勇界 達志はそのようなことを考えていた。母や幼なじみの変化を前にしてしまえば、いやでも現実を受け入れざるをえない。


 ……が……



「十年、か……正直、実感はねえんだよな」



 ……そう、こうして月日が巡ったことを思い知らされても、本当だと、現実だとわかっていても……心のどこかで納得できない自分がいる。


 なにせ、達志にとっては『寝て起きたら十年後』なのだ。そんなこと、起きて数時間で完全に受け入れられるはずもない。


 寝る前を昨日とするなら、昨日まで達志は、高校に通っていた。目の前の、由香と一緒に。


 それが、どうだ。あの、高校生にすら見えなかった幼児体型の由香が、モデル顔負けのナイスバディになっている。それでも変わらぬ童顔と内面に、少しばかり安心感はあるのだが。



「そっか…びっくりした、よね。こんな…」


「そりゃもう。百歩……いや千歩譲って……まあ現実だから譲るもなにもないんだが、十年後は受け入れるにしても……この世界観は何よ」



 十年の世界。それだけでも処理しきれない事柄なのに、問題はそれだけにはとどまらない。十年後の世界と同じくらい……いや、むしろそれよりも大きな問題がある。


『十年の歳月』……そして『異世界っぽくなった世界』。前者はまだ現実味のある現象ではあるが、後者はとてもではないが現実味もなにもあったものではない。


 獣人、魔法……フィクションの中でしか見たことのない世界が、目の前に広がっているのだ。真っ先に自分の頭がおかしくなってないかを疑った。


 夢でないかを疑った。……これは、現実だった。


 窓の外には、以前と変わらず近代的な建物が並んでいる。無駄に大きなビル、マンション、建設中の建物……というのに、この世界ではファンタジーな要素が絡み合っている。


 仮にここが異世界なら、まだ幾分か受け入れられただろう。目が覚めたら異世界……なんて、召喚ものや、達志の場合であれば事故のショックで異世界に飛ばされる、とか。


 達志の大好きなラノベでありがちな展開だ。予習だってしている。


 ……だが、ここは異世界じゃない。『異世界っぽい現実の世界』だ。ファンタジーだけどファンタジーじゃない。


 獣人が現代機器を使いこなし、飛行機と平行して鳥人間が飛び、庭では子供が魔法を放ちそれを注意されている。



「……なんだこの世界」



 自分の知らない間に変わってしまった世界。世界がこうなった理由はウルカから聞いたものの、それでもやはりすぐに全部を呑み込むのは難しい。


 ……今は、いいか。せっかく目の前に幼なじみがいるのだ。世界の情勢とは別に、彼女の状況を聞いてみたい。


 ……聞きたいことはたくさんある。あるのだが……うまく、言葉にできない。由香は、達志がなにかを言うのをただ待ってくれている。


 ……ならば、無理に取り繕う必要はない。素のままに、疑問をぶつければいい。



「……由香は、会社員?」



 大人になった幼なじみを前に、その身体の成長を除けばまず気になったのは、着用しているスーツだ。なにせ、眠る前までは……達志にとっての昨日までは、由香は高校生だった。


 それが、今では成人している。



「ううん、実はね私、教師になったんだ」


「へぇ、すげえな、きょう…………え、マジで!?」



 思わずさらっと流してしまいそうになったが、衝撃の告白に、驚きを隠せない。


 働いていることに驚きはしないが、高校生の時は、達志より……というか、学年の中でも最下位に近いほど頭が悪かったのだ。それに、性格としても子供っぽかったというのに。



「あ、今失礼なこと考えてるでしょ」


「おお、思ってない思ってない! バカなのによく教師になれたなとか、性格は今でも子供っぽいのにとか思ってないから! そもそも教師とかウソだろとか思ってないから!」


「めちゃくちゃ思ってるじゃん! 失礼を通り越してなんかもうすごいね!?」



 達志の態度に、不服だと猛抗議する由香は頬を膨らませる。その仕草が以前となんら変わりなく、外見は変わってもやはり中身は変わってない……その事実に達志は安心する。



「ウソじゃないもん。証明書だってあるもん。見る?」


「や、いいよ。さっきの冗談だし、由香がそんなウソつかねえことくらい知ってる」


「なら覚えてるかな? 私の夢……」


「覚えてるも何も、言ったろ? 俺にとって十年経った実感ないって。忘れる要因がねえよ」



 由香の夢……無論、覚えている。実のところ由香は昔から教師に憧れていたのだ。私教師になる……なんて言われたときには、無理無理とあしらっていたが……



「夢、叶ったんだ。おめでとう」



 こうして、ちゃんと夢を叶えている。あの時からかっていた自分を殴ってやりたい。


 幼なじみからの労いの言葉に、夢を叶えた少女…いや女性となった彼女は、頬を緩め、赤らめる。嬉しくてだらしなくなる顔を引き締めようとするのだが、うまくいかない。



「えへへ。……私ね、ホントは一番にたっくんに伝えたかったんだよ。あ、もちろん、寝ているたっくんに一番に報告しに来たけどね」



 その思いは、いかなるものだっただろう。夢が叶ったことを一番に報告したかった人が、そこにいない。近くにいるのに、遠く、遠くにいる。


 眠っている彼に話しかけても、労いも悪口も、ただの一言さえも返ってこない。……彼が目覚めない、十年間という時間に、なにを思っていたのか。


 ……一番に報告したかった人に、今こうして改めて、自分の夢が叶ったことを報告できている。それは、ようやく伝えられた思い。


 ただそれだけのことがどうしようもなく嬉しい。返事を返してくれるのが、嬉しい。笑顔を浮かべてくれるのが、嬉しい。胸が、熱くなるほどに。


 ……夢を叶えた幼なじみを前に、達志は切実に思う。自分が眠っている間にも、みんなはそれぞれの道を歩いている。夢を、叶えている。


 みんなが歩んできた道に、世界に、自分はいない。由香が夢を叶えた瞬間にも、立ち会えなかった。……その世界を、見たかった。



「……おめでとう、由香」


「……ありがとう、たっくん」



 ……それから由香は、自身の身の上話を話してくれた。それは当然ながら達志が知らない『空白の十年』で由香が辿ってきた道で。


 時に、達志が眠るより前……もっと小さい頃の、昔の話をしたりなんかして。


 そこで気づいたのが、由香も昔のことを覚えてるは覚えてるのだが、どちらかというと達志の方が覚えてるということだ。つまり、それが『十年分の差』ということだ。


 それは当然といえば当然のことだろう。例えば達志が十年前の話をしたとして、それは由香にとっては二十年前の話になるということだ。そこには当然、記憶に差が出てくるわけで。


 そこに若干の寂しさはあったものの、それを口に出すことはない。むしろ、思い出話に花を咲かせ、笑いあう。そんなやり取りがあった。


 記憶の差異に憂うでなく、あんなことあったねと面白おかしく笑う。そんな、温かな空間。



「え、あのアニメ終わったの!?」


「まあ、十年も経てばね」


「え、あのマンガ終わったの!? ラノベも!?」


「まあ、十年も経てばね」


「マジかよぉ! でも考えようによっちゃ、一気見できるチャンス!」



 教えられる情報に、達志は一挙一動。十年も経てば当然世の情勢も変わろうが、達志にとっては昨日寝て起きたら世の中は変わっていたのだ。


 その反応も当然だろう。その一つ一つが新鮮で、一つ一つが悲しくて。


 数々の驚きの中、由香が夢を叶えて教師になっていたことにも驚いたが、何より一番の驚きは由香が今、一人暮らしをしているということ。


 達志の知ってる由香は、ドジというか天然というか。とにかく危なっかしくて一人行動なんてさせられる人間ではなかった。


 ……この十年で、由香は変わったんだな。自分の後ろばかり着いてきていた由香が、今や一人で歩きだしている。その事が嬉しく、寂しい。



「親かよ俺は……」



 ……どれくらい話しただろう。頃合いを見て、起きたばかりで長居しても悪い、という理由で由香自ら席を立つ。


 母さんも同じこと言ってたななんて思いつつ、こういう気遣いも出来るようになったなんて感慨深く感じる。


 部屋から出ていく直前、踏み止まった由香は…ゆっくりと振り向き、ベッドの達志を見る。その目には、今にもこぼれ落ちそうな涙が浮かんでいて…



「……たっくんに言いたいこと…たっくんとやりたいこと……いっぱいあった。たっくんがあんなことになって、改めて気づいたんだ。

 この十年、たっくんのことを考えない日はなかったよ。だから……ううん。……また、来るから。退院の日がわかったら教えてね!」



 涙を拭うのが間に合わず、一筋が頬を伝い流れ落ちる。涙を見せたくなくて……早々に、背を向けて。最後に明るく言い残して、彼女は去る。


 由香の泣き顔は、実は達志も初めて見たものだった。いや、正確には嬉し涙などの泣き顔は幾度見たことがあるが……こうして泣いたのを見るのは、初めてだ。


 子供っぽい彼女だったが、彼女が泣いたところは見たことがない。泣き虫に見える癖に、実は強い子なのだ。


 そんな彼女が、涙を流した。それが安堵によるものにしろ、本当に、心配させてしまった……今度、なにかお詫びをしなければいけないだろう。


 ……再会した幼なじみ。それは、止まっていた達志の中の歯車を一つ、動かしていった。

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