盛り上がる学校イベントの一つ、それは体育祭
「さて、今年も体育祭の時期がやって来たわけだが」
ある日のホームルーム、教卓に手をついたムヴェルの言葉によりクラスは歓声に包まれる。うるせーな、と耳を押さえていた達志だが、それだけテンションの上がるイベントなのかと認識する。
まあそれはそうだ。体育祭といえば、学校イベントの中でも大きな部類に入る。もちろんみんながみんな楽しみにしている訳ではないだろう。
誰しも運動が得意なわけではないし、得意でなければ嫌になってしまうだろうから。
だが……少なからずこのクラスの中に、あからさまに落ち込んでいる者はいない。それほどまでにみんな体育祭が好きなのか。
このクラスになって一ヶ月以上が過ぎた。季節は夏真っ盛りで、最近じゃ虫が湧いたり手のひらサイズのセミが泣いていたり奴らの動きも活発化している。
「なあ、この学校の体育祭ってどんなんなんだ?」
と、達志は隣のヘラクレスに問いかける。体育祭と言えば去年(実年としては十年前)経験しているが、果たしてそれと同じ内容なのだろうか。
まあ内容といっても、せいぜいが魔法ありきな体育祭だと思うが……
「体育祭は、五チームに別れての競争になる。基本的な競技はタツが知ってるのとほぼ同じだろうけど、違うのはやっぱ魔法や特殊能力ありありってとこだな」
やはり、魔法ありきなのか。特殊能力とはルーアのサキュバス化のようなものだろうが、さすがに全校生徒の前であんなえろえろな格好にはなるまい。
魔法ありきだと、使えない奴が不利になると思われがちだが、その不公平さをなくすためにもチーム分けは重要なものになるのだという。
もちろん仲良しで固まるわけにはいかないし、かといって全校生徒全ての魔法の実力を把握するのも無理な話だ。よって、チーム分けは先生達によって決められるらしい。
「へぇ、楽しそうだな」
魔法ありきの体育祭。この響きにテンションが上がらないわけがない。達志自身は魔法は使えないが、それでもなんだかファンタジー的なアレにワクワクすっぞ。
「体育祭の後は夏休みが待ってるしな。そりゃみんなテンションも上がるさ」
「夏休みかぁ」
お祭り後の長期休み。このコンボが、みんなのテンションを底上げしているのだろう。その気持ちはわかるし、実際達志もそうだ。今からでも、夏休みが待ち遠しくすらなる。
その前に、体育祭だが。やるからには勝つ、それが達志のモットーだ。
「しかし、クラスでわかれるんじゃないんだな。ちょっと意外だ」
てっきり、一年の一組は赤、二組は青、といった具合にわかれるのかと思っていたが、どうやら違うらしい。一人一人がそれぞれのチームにわかれることになる。
だから達志が赤、リミが青、ヘラクレスが白……なんてバラバラになってしまうこともあるかもしれない。
これも、教師側の狙いらしい。学年もクラスも違う人達と協力することで、コミュニケーションの幅を広げよう云々。
「チーム分けについてだが、後日の発表だ。詳細は追って連絡する」
さらに、チームが発表されるのは本番の数日前だ。というのも、事前に知っておくよりもちょっと前に知らされた方がより他者との対応力が計れるとか。
残り一ヶ月で伝えられるのと、残り数日じゃ全然違う。数日じゃ、クラスはともかく学年が違う人と会う時間はそんなに取れない。
だからこそ、初めて会った人間相手にもどれだけの対応力で当たれるかが狙いらしい。
「というわけで、日付は貼り出しておくから……」
「はい! 私、タツシ様と一緒がいいです!」
…………………………
「日付は貼り出しておくから、確認しておくように」
「「「はぁい」」」
「無視!? まさかの無視ですか!?」
リミの提案、というか願望は当たり前のように却下された。
「モテモテじゃんかタツぅ」
「あっはは……そんなんじゃないって」
モテモテ、とはいっても、リミはただ命の恩人である自分に好意的に接しているだけなのだ。それだけのこと……達志は、思う。別に達志自身は、好かれたいからリミを助けたわけではない。
こうやって好意的に接してくれるのは嬉しいが、これほどまでにぐいぐい来なくてもいいんだけどな……
「まあリミじゃないけど……やっぱ、知ってる奴と同じチームになりたいよな。人見知りしちゃうよ」
「タツって人見知りとかするキャラだっけ?」
失礼な。これで結構ガラスハートなのだから、見知らぬ人相手だとうまく喋れなかったりする。
「チームの発表はまだ先。ってことは、個人的に特訓とかしろってことか、徒競走とか」
「そういうこったな。見知らぬ人達とチームを組み、限られた時間で戦術を決めたりチームワークを深めていく。将来を見据えてってのもあるんだよな」
「将来ねぇ……」
学生だからと好き勝手にチームを分けることはできない。将来的なことを見据えるなら、むしろ知らない人達とどううまく絡んでいくかを考えた方がいいだろう。
そんなお堅い理由が全部ではないだろうが、それも一部分なのは確かであろう。
「ま、味方になったらよろしく、敵になったらお手柔らかにってやつだな」
「あぁ、本当にそう思うよ」
このスライム、ヘラクレス。ずっと隣の席にいるのに、全く底が見えない。リミやルーアですら(見ている部分では)大抵わかってきた。
まあ得体がしれないなんてことはないのだが……このスライムだけは、なんにも見えない。
魔法の威力もそうだし、そもそもルーアの魔法が効かない体を持ってる時点で得体がしれないし。なんか他にも変な能力(?)を持っていそうだし。
本当にお手柔らかに願いたい。
だからできることなら、ヘラクレスとは同じチームになりたい。……なんて考えていると、変なフラグが立ってしまう気がする。ここは一つ、祈ることもせずにただ無心でいよう。
「こりゃ、部活に力入れといて正解だったな。今から鍛えてたんじゃ間に合わねえや」
チームのことはひとまず置いておいて。いきなり体育祭の連絡なんか来たから驚いた。もしも運動部系の部活に入ってなかったら、もしかしたら体育祭を休むはめになっていたかもしれない。
十年眠っていた達志の体は、それはもうひどく弱っていた。立ち上がるのすら一苦労、階段を上るだけでも息切れを起こして倒れそうになってしまうほどに。
だがテニス部に入部してからは、練習を続けることによって体は鍛えられていった。練習がきつかったのもあるが、自主的なトレーニングも続けていた。
それに、学校でのトサカゴリラのテロや度々の魔物退治といったイレギュラーな問題にも対応してきたおかげで、体の調子は以前のものに戻りつつあった。
「けど……まだ心許ない、かな」
しかし、だからといってこれで安心とは言えない。まだまだ心配な部分はあるし、何より体育祭だ。あまりの激しさに途中で倒れてしまってもいけない。
今日からまた、練習メニューを少しハードにするか……そっと、達志は決意を胸にした。




