受け入れちゃった現実
十年の時間の経過。いきなりその事実を伝えられ困惑していた達志。だがしかし、その認識は、唐突に現れた達志の母……勇界 みなえの登場によって強制的に変えられることとなる。
母親の、十年という時間による老い。しわや白髪が増え、息子の目には一目瞭然にわかるその変化が、いやがおうでも達志に『現実』を知らしめる。
今見ているこの世界は、あれから十年が経った……達志にとって、あれから十年後の世界だということを。
「まったく……失礼な息子ね」
そして今しがた、息子から『老けた』と開口一番にお言葉を頂いた母みなえは、目尻に溜まった涙を拭いつつため息を吐いていた。
その涙は、息子が十年ぶりに目覚めたことによる歓喜によるものであったが、それも例の一言を聞いた途端に止まっていた。
「……ってことは……マジで、十年も時間が経ってんのか……」
母の老いという事実は、現実となって達志を襲う。目の前で魔法を見ているよりも、テレビで知らない人達が出ているよりも……母の老いを目にしたことが一番の薬となった。
一番身近な人間の変化こそが、現実を受け入れる要因となったのだ。
「ふ……認めたくないものだな、寝て起きたら十年経ってたという事実を」
「……あんた、まだ頭痛むんじゃないかい?」
とりあえず軽口を叩けるくらいには落ち着いたが、みなえからは未だ心配されている。最も十年ぶりに目覚めた息子が、妙なことを口走れば当然ではあるが。
だが、落ち着いたから大丈夫だと答える達志を、みなえは頷いて見つめる。
……目の前にいるのは、十年ぶりに目覚めた息子だ。話したいことは、それこそ山ほどある。起きたら何を話そうか、毎日考えていた。
だというのに、いざその時がくると、何をどう話せばいいのか……わからなくなっていた。
落ち着いているとは言っても今息子は、やはり混乱しているはずだ。だから、自分が話をして落ち着かせてやらなければいけない。安心させなければいけない。
何より、息子と会話をしたい。息子と、今までの十年分の話を……
「なんかさ……実感、ないんだよね。十年も経ったなんて」
何を切り出そうか悩んでいたが、それよりも先に達志から話を始める。現実を受け入れこそすれど、それと十年分の実感とは別の話だ。
現実は、十年もの時間が経った。だが体感では、一日……たった、一日なのだ。
「……そう、よね。驚いたよね」
そんな息子に、何を言えばいいのか。「わかる」などと軽々しく言えないのは間違いない。そんなことを言っても、息子の理解を得るどころか反感を買うだけだ。
しかし、達志は達志なりに受け入れようとしているのだ。なればこそ、その背中を押してやるのが親だろう。
「すぐには、全部受け入れるのは無理だと思う。けど、これからは私が……母さんが、一緒に歩いていくから。だから……」
困惑する息子を、ゆっくりでいい。引っ張って進もう。息子の止まっていた時間を、動かすために……
「……そう、だね。受け入れる受け入れられないっていつまでもうじうじしてられないし。母さんにも迷惑かけると思うけどこれから……と、そういえば、ことりは? 元気?」
これまでもそうだったが、これからも母には迷惑をかけることになってしまうだろう。そのことをあらかじめ伝えておく。
しかし話している最中に、迷惑をかけてしまうであろうもう一人の家族、妹ことりの存在に行き当たる。
勇界 ことり。達志が眠りについた十年前では、まだ六歳だった。ということは、十年の歳月が経った今は同い年ということになる。それはつまり、達志と同年齢になったということで……
「俺が高二のまま時間が止まってるから、十年成長したことりは今高一? 双子でもないのに歳は一緒って……なんか変な感じなんだけど……」
「……」
妹に年齢が追いつかれ、とても複雑な気分だ。その反面、成長が楽しみであるのも事実。よく、おにーちゃんおにーちゃんと後ろをついてきた小さな妹が、どんな成長を果たしているのか。
……しかし、先程から無言である母親が妙に気になった。
「……どうした? 母さん、何か……」
「……あの、達志。ことりのことなんだけど……」
俯き、何かを言いづらそうに口を結んでいる。これまでの生活の中でも、母のこんな姿は見たことがない。
それほどまでに重要な何かを伝えようとしている。同時に、達志の胸の奥に言いようのない不安が生まれる。一体何だ、このもやもやは……
「ことりね……亡くなったのよ、五年前に……事故で」
「…………えっ……?」
……一瞬、何を言われたのか理解ができない。母の声が小さく震えていたが、それでもなぜだか、いやにはっきりと達志の耳に届いた。
聞き返す達志の声も、自然と震えていくのを感じる。喉が渇き、思うように声が出ない。
「ことりが……え? 事故、って……」
冗談……にしてはタチが悪すぎる。そんな雰囲気でもないし、何より十年ぶりに目覚めた息子に、そんな嘘をつく必要性などどこにもない。
「……車に、轢かれたのよ。ひき逃げ……だったわ」
妹の死の原因は、皮肉にも達志が眠る原因となったものと同じ、車に轢かれたというもの。しかし達志とのその違いは、事故にあった達志は亡くならず眠っていたが、ことりは……ということだ。
今も、ひき逃げ犯は捕まっていないらしい。どうにも、その車は盗難車で、逃げる途中に車を乗り捨てていたとか……だが、そんな話は今の達志にとってはどうでもいいことだ。
……まさか、目覚めたら妹が死んでいるなど、誰が想像できるだろう。あまりにいきなり過ぎる話に、実感が湧いてこない。しかも、その詳細はほとんど達志と同じものなのだ。
「ごめんね、いきなりこんなこと……」
目覚めたばかりの息子に話すべきか……そこには母の苦悩かあったのだろう。だが、達志の心配よりも自分自身の心配をすへきだろう。
父は達志が小さい頃に亡くなり、達志は十年前に眠り、妹ことりが五年前に亡くなった…ということは、母はこの五年、たった一人で過ごしてきたということだ。
それはどれほど辛いものだっただろう。いつ目覚めるともわからない息子を、娘と共に目覚めるのを信じて待っていた。というのに、その娘を失い、たった一人で眠り続けていた息子を待っていたのだ。
その心情は計り知れない。
「……そっか。母さん……ごめん、一人にして。それと、ありがとう、一人になっても待っててくれて」
なんと伝えればいいか、今はうまい言葉が見つからない。だから、素直に感じた想いを……謝罪と感謝を、告げよう。
その想いを聞いたみなえの涙腺が崩壊する。声を押し殺し涙を流す母の背中を、そっと撫でてやる。十年前に比べて小さくなった、母の背中を……