魔物の用途?えぇ食用ですとも
魔物の乱入により中断となった達志とマルクスの試合。
魔物の脅威がなくなった今さあ再開だと意気込む達志だが、対戦相手のマルクスは「興が冷めた」と言って結局決着付かずとなった。
もしかしたら、情けをかけられたのかもしれない。あのままやっても達志が負けていたのは確実だし、試合を中断するいい言い訳もできた。
マルクスは試合中断とか曲がったことが嫌いそうだが、それだけ達志の状態がひどかったということだろう。
「はぁ、情けね……」
情けをかけられたにしろ試合に負けてたにしろ、どっちにしろかっこつかない。試合はボロボロ、魔物に襲われ、挙げ句対戦相手のマルクスに助けられる始末だ。
少しは勘が戻った気はするが、体がついてこなければ意味がない。あれじゃあ、マルクスはおろかテニス部の一番弱い人とやっても結果は変わるまい。
そんな、落ち込みまっしぐらの達志の隣に立ち、彼を励ますのは……
「まあまあ、そんな落ち込みなさんな」
「そ、そうですよ! 仕方ないですって!」
リミ……ではなく、テニス部部長のヤーと、エルフ少女シェルリアである。
こういうときにはいの一番にリミが来そうではあるが、彼女は今マルクスに呼ばれて魔物の所へと行ってしまっている。
で、どうしてこの二人がいるのかというと……
「そりゃキミ、未来の我がテニス部員を無下にはできまいよ」
「ま、魔物はちょっと怖くて……」
……とのこと。いつの間にか達志がテニス部に入るような言い方で、おまけに我が部ではないのだが今はどうでもよかった。
未来のテニス部員かはともかく、世話焼きな部長だということはわかった。
シェルリアは怖がりなのか、見た目期待通りの控えめな性格らしい。魔物が怖いのもあるだろうが、達志を心配してくれているのもあるのだろう。
そんな二人に挟まれ、慰められているのはなんとも……情けない気がする。
「まあ、一人になって落ち込みまくるよりマシか。……何やってんすか先輩」
「部長でいいよ~。何って、慰めてあげてるんだよ~。ほれほれー、どうよこのフサフサの感触は」
「あー、なんか昔野良猫にされた猫パンチを思い出して……あ、痛い! ちょ、爪が! 爪が当たってチクチクするんですけど!」
人とは違う、毛のフッサフサな手。それで頬を突かれているのだが、時折爪がチクチク刺さって痛い。それも、微妙な痛みだ。
それを見てか、傍らのシェルリアはおかしそうに笑っている。あぁ、笑顔も天使のようだ。これを見ているだけで疲れも痛みも吹き飛んでしまいそう。
うーん、マルクスに借りを返さなくてはいけないし、何より人間関係がいい。やはり、テニス部に入ろうか……そう思い始めたときだった。聞こえてはいけない声が、聞こえてきたのは。
「やっぱり丸焼きですかね……?」
「いや、切り分けて天ぷらにしても美味いんじゃないか?」
……それは、食べ物関係の話だった。そこだけ聞くと、何か料理をしよう、献立を考えよう、という程度なんだろうという考えだった。
だが確か、今の会話……リミとマルクスが話しているのは、魔物が倒れている場所ではなかったか?
……いやいや。ないない。だって、もしそうなら、それではまるで……
「うーん、悩みますね。何にでも調理できるけど、調理の幅が広すぎるっていうのも考えものてすよね、魔物って」
「そうだな。肉類にも魚類にも成りうる。そこが唯一のいいところと言ってもいいな、魔物の」
「わー! 聞こえない聞こえない!」
今、はっきりと魔物と口にした。耳を塞ぐが、それはもう遅かった。聞いてしまったし、内容が内容だけに頭にこびりついて離れない。
今、なんと? 調理? 魔物を? ……マジか。
「いきなりどしたよたーくん。突然叫ぶなんて、思春期かい? おねーさんの猫手に興奮しちゃった?」
「たーくんじゃないし、そんな特殊性癖持ち合わせてないです。……じゃなくて!」
マルクスをまーくん、達志だからたーくんなのだろうか。妙なあだ名を付けられるマルクスの気持ちが少しはわかった気がする。
だからといってマルちゃん呼びをやめるつもりはないが。
だが、今考えるべきはそれではない。
「今……俺の聞き違いじゃなかったら、その……魔物を調理する……つまり魔物を食べるって聞こえたんですけど。あはは、まさかね。そんなことあるわけ……」
「食べるよ、魔物」
「食べますよ、魔物」
「聞き違いであってほしかった!」
かなり嫌な予感を事実だと言われ、頭を抱える。食べるのか……アレを。二つの意味で食べられるのか……アレを。
「すげー体に悪そうなんですけど」
「手順を守って調理すればなんの心配もない」
「見た目からもう食欲失せるんですけど。シェルリア……さんも、食べるの? 魔物怖いのに?」
「呼び捨てで構いませんよ先輩。えぇ、まあ見た目はなんとか我慢すれば……ゲテモノほど美味しいっていいますし」
魔物が現れたことどころか、魔物を食べることに関しても動じないのか、ここのは人達は。たくましいのレベルを超えている気がする。
「いやゲテモノすぎだろ! 口の中に触手エイリアン飼ってる奴よ!?」
「お、エイリアンか。なかなかいい例えだね~」
「はい、素敵です」
「食いつくとこ違う!」
達志の心配は伝わらない。なんでこの二人はこんなどっしり構えているんだ。怖い、今目の前の猫獣人さんとエルフ少女さんが怖いよ。
あれか、おかしいのは俺なのか? とついには自分を疑う達志。周りを見るととても馴染んでいる。
これが普通なのか、この世界じゃ魔物を食うのか。こんなグロい生き物を食うのか。
「それにしても、ウサギちゃんがいてくれて良かったよ。火と水の属性の複合である氷。複雑な魔法な上に、加えて彼女ほどの魔法使いはそうそういない。いやぁ、なかなかの大物だし、いい感じに冷凍保存できてよかったよ」
「れい……とう」
おかしい。途中までリミの優秀さが語られていたはずなのに、最終的に食材の保存方法に至ってしまっている。ああ嫌だ、考えたくないが……想像してしまう。
今おそらく向こうでは、倒した魔物をリミの魔法で凍らせて、文字通り冷凍保存しているのだろう。だからリミが呼ばれたのか、納得!
……したくない。
「タツシ様ー! タツシ様はどんな食べ方がお好みですかー!?」
「おぅっふ……」
そのタイミングで、手を振ってやって来る少女がいる。今この時はリミが、未知のゲテモノを食べさせようとしている悪魔に見える。
リミお手製の料理といい、リミと食べ物のセットでいい思い出がない。
「いや、俺は……」
「どうします!? この人数ならオススメは丸焼きなんですが、タツシ様が食べたいものがあれば!」
「いや……」
「さあさあ! タツシ様!」
「…………」
「さあ!!」
この後めちゃくちゃ丸焼きにした。




