蔓延する災厄
当たり前のように獣人が存在し、そして魔法が存在する世界。その世界観はまさしくファンタジーの物語であり、しかしこれは現実の物語。そんな世界になったのには、当然理由がある。
異世界を渡ってのお引越し。それが、十年前に起こった、歴史的にも類のない出来事である。その頃には達志は眠りについてしまっており、この歴史的大事件を彼は知らない。
だからこそ、彼の混乱を招いていることに他ならないのだが。
「引越し……」
お引越し、と聞くと、多少なり親近感のようなものが湧いてくる。なぜならばそれは聞き慣れたごく普通の言葉であり、馴染みも深い。
……とはいえ、それが世界を渡ってとなると話は変わってくる。家から家へ、県から県へ、などと一般的な移動などではない。
世界から世界へと、常識的には考えられない、とんでもなく規模の大きなものだ。
「そう、引越し。ま、言葉では簡単だけどね。……世界間を渡る技術はあった。だからこそ世界間の交流もあったわけだしね。
けど、一つの世界に住まう者達全てを移住するとなると、それはそれは大変なことでね」
世界を渡った引越し……それを大変と称するが、大変の一言で済ませるには控えめ過ぎるものだろう。その光景を見ていない達志には実際どんなことがあったのかはわからない。
やはり控えめな表現になるが、大変……な出来事であったのだろうが、想像するには達志の頭では力が足りない。
「私達の住む世界は、サエジェドーラという名でね。人間はもちろん、我々のような獣人、エルフ、ドラゴン、スライム……と、多種多様な種族が暮らしていたんだ」
「それはまあ……何か予想つきました。えと、魔法とかも?」
「あぁ。サエジェドーラでは、魔法が発達していてね。そしてキミ達の世界では、科学が発達している。それらを共有し、ギブアンドテイクの関係で二つの世界の交流が成されていたんだね」
話されるサエジェドーラという国、それはまさしく、達志の知るファンタジーの世界。
その世界と、自分達の住んでいる世界に交流があったなどと、そんな夢物語のような展開が起こっていたとは……
「何か……すごいかも」
異世界との交流など、夢物語の話だと思っていた。よくテレビで宇宙人と交信する、霊と交信する、などと、興味は持っても信じてはいなかった達志。
だからこそ、現実にそんな出来事が起きていたことに、達志は興奮を隠せない。
「そもそもの始まりは、二つの世界の波長が干渉したことが原因と言われている。以前から王国では、異世界に対する交流を目的に研究が重ねられていた。
そのうち、その方法を見つけ異世界へ渡る術を見つけ出したとされている。ま、我々一般人には深い事情は聞かされてないんだけどね」
どうやら、世界間の交流、それを先に仕掛けたのは、サエジェドーラの方らしい。よって、異世界を渡る方法が判明し、交流が開始されたということだ。
「交流は、順調だった。お互いがお互いの良いところを提供し、尊重する。とても良好。……しかし、平和はそう長くは続かなかった」
平和な両世界関係。科学を、魔法を……お互いの世界にしかないことを共有し、それを技術として組み込んでいく。平穏で尊い時間…………しかし、異変は唐突に訪れる。
「交流が始まって、一年と少し……だったか。そのくらいの時間が経った頃。すっかり両世界間の交流は日常的なものとなっていた。その頃だよ、サエジェドーラに異変が起こったのが」
それはまだ、異世界交流が公に発表される前のこと。異変が……いや、異変というには言葉が足りない。この場合は……
「異変、というのは適切ではないね。我々はそれを、災厄と呼んでいる」
「……災厄?」
「あぁ。…………災厄だ」
両世界の交流が始まり数年。それは何の前ぶれなく訪れた。それが、今から十年と少し前。サエジェドーラを襲ったもの……それは、原因不明の災厄だ。
空気の中に何か紛れたのか、それとも水に異変が起きたのか、はたまた別の何かかわからない。
時期からして、異世界との交流を始めたのが原因ではないか……とも噂されたが、どうやらそれは関係ないというのは証明されている。
原因不明の災厄。それは……草木は枯れ、空気は汚れ、生き物にも害を及ぼす。害……とは具体的には、体が石のように動かなくなる、砂のように崩れ落ちる、原因不明の病に見舞われる……といったものだ。
症状に一貫性はないが、それは最悪死をもたらす呪いとも言えるもの。
だが、この生き物とは、知性なき獣に限られた。知性ありし生き物には何故か何の害もなく、これによって犠牲となった者はいなかったのだ。
だが、絶対はない。いつどこで、誰に牙を向く剥くかもわからない。
細菌とも、毒とも、はたまた科学兵器とも噂されていたが、真意は定かではない。死を運んでくるそれは何と断定することも出来ず、彼らはそれを災厄と呼んだ。
これを災厄と呼ばずして、何と呼ぼう。死を呼ぶ、最悪の災厄。
それはすぐに広まることはなく、しかしゆっくり、ゆっくりと世界を侵食していく。それが世界を覆いつくすほどに蔓延していけば、サエジェドーラは存亡の危機に陥ることだろう。
災厄を回避する方法……そこで提案されたのが、異世界への移住計画だ。しかし……
「原因不明の災厄……それが発生した世界の住人の移住など、簡単に認められるものではなかった。空気感染はしない……など解明はされていたんだけど、なかなかね」
元々、異世界の者を受け入れることに抵抗はあるだろう。それに加え、原因不明の災厄。当然といえば当然であろうが、その存在が邪魔をし、話はうまくは進まなかった。
とはいえ、いつ腐敗し行くともわからないサエジェドーラ住人に時間は残されていない。
「話は平行線。いつ終わるともわからない話し合いは……しかしある時唐突に終わりを告げたんだ」
終わりの見えない話し合い。このまま平行線で進むのかと思った話し合い。だがそれは、唐突に終わりを告げたのだ。
「話し合いがまとまったってことですか?」
「あぁ。十年前に起こった、"とある出来事"が決定打となり、結果異世界への移住が決定したんだ」
平行を辿る話し合いの決着は、十年前に起こったあることが決定打となった。それは、不安に溢れていた異世界への移住決定を可能にするほどの出来事。
「で、我々が移住してきたのさ。当初はもちろん、双方の文化の違いに困惑する者ばかりだったが……それも十年の時を経た今となっては、お互いうまくやっているさ」
それが、この十年…達志が眠ってしまってからの、この世界で起こった変化。
異世界人の移住により、ファンタジー感の増した世界へと変貌。お互いがお互いの知恵をより提供しあい、今やこの世界では魔法、といった理想物が、現実のものになっている。
「そうなんですか……その、とある出来事って?」
「それは……まあ追々とね。詳しくは本人から聞いてよ。キミのお見舞いには頻繁に来てたからさ」
異世界お引越しの詳細はわかった。となると次に疑問になるのは、十年前に起こったというとある出来事だ。当然ながら達志はそのことを問い掛けるが、ウルカはそれに対し首を振る。
加えて、気になる単語を二、三。口止め、そして口止めしたらしき詳細を知っているであろう本人。
「……わかりました」
これ以上は聞いても、答えは貰えないだろう。それに、どうやら詳細を知る本人というのは向こうから達志に接触してくるようだ。
誰なのか聞かされてないのも、当人に会えばわかるという意味であろう。
少しばかり不満には感じるが、達志の中である意味一番謎となっていた疑問が、ここへきて湧き上がってくる。
「そんなことがあったんですね。……あ、そういや俺が眠ったのは十年前。世界がこんなになったのも十年前。もしかして、俺の眠りの原因には世界間の何かが関わってたり?」
一番の謎。それは、自分が十年も眠っていた理由だ。だが達志が眠った時期と、世界が変化した時期。その二つの時期が一致している事実に、もしやと可能性を見る。
異世界間交流による、何か。例えば電磁波的な何かを浴びて眠っていたとか、自分には秘められた魔力があり世界が繋がったことにより魔力が爆発した、とか。
もしそういった、異世界関係が原因で眠りについていたのならば、十年眠っていたのも仕方ないと思えるのだ。
「残念ながら、キミが眠っていた理由は、車にはねられた上での、地面への衝突が原因だよ」
……だが、現実は残酷だった。異世界云々は関係なく、達志は単に車にはねられた衝撃で眠っていたのだ。平凡といえば平凡な理由で。
そんなことで、人は十年も眠れるんだと自分自身に呆れながら。
「打ち所……悪かったのかな、はは……」