お前の回想はいらない
……トサカゴリラを宥めるのに使った三十分。ようやく話を聞ける状態にはなったのだが、そのために無駄な時間を使ってしまったと後悔せずにいられない達志である。
「はぁ、くそ……何でこんなトサカゴリラのために三十分も使わないといけないんだ。目ぇ覚めてから……いや生まれてから一番の時間の無駄遣いだわ」
「おい、聞こえてるぞ。てか誰だトサカゴリラって」
とはいえ、なげいていても仕方がない。さっさと用事を済ませてしまおうではないか。用事といっても、ぶっちゃけ達志が気になっていることなのではあるが。
「んで、結局あんたがここに攻め入ってきた理由ってなんなのよ、トサカゴリラ」
「たからトサカゴリラって誰のことだよ! まさか俺か!?」
ムヴェルの方を向くが、首を横に振られる。どうやら彼女も、理由は聞いていないらしい。
もっとも、トサカゴリラが話さなかったというよりも拷問的なアレで口を塞がれてたから話せなかったという可能性もあるが。
さっきからギャーギャー言っているが、理由については触れていない。名前がどうのと騒いでいるだけだ。
「何騒いでんだよ、あんたのことに決まってるだろトサカゴリラって」
「なんの生物だよ! 俺は蛾戸坂だ、が、と、さ、か!」
「えぇー、だってそれ変換めんどいんだよ。なんで無駄に複雑な漢字なんだよ」
「なんの話!?」
達志にとっては、目の前の男の名前はどうでもいい。マルクスがいたら、一応先輩だからと口うるさく言われたかもしれないが、ここにはいないのだしめちゃくちゃため口である。
リミやヘラクレス、それに由香やムヴェルさえも何も言わないのだから構わないのだろう。
「言っとくけどこの学校にバナナ栽培場はないからな、多分」
「別にバナナ狩りに来たわけじゃねえよ!」
さっきから、トサカゴリラのボルテージが上がっている気がする。何をそんなに興奮しているのか、達志にはわからないが、原因は百パーセント達志である。
「はっ、てめえに話すことはねえな」
「いやそういうのいいから。またこういうことあっても面倒だし、ここ引っ張っても誰も得しねえから」
話すつもりのないトサカゴリラだが、そんなもの達志には関係ない。なんでもいいからとっとと話してしまえ、というのが達志のスタンスだ。
それを受けたトサカゴリラは舌打ちをして……
「このクソガキ……別に、そんなたいそうな理由じゃねえよ。ただこの学校が気に入らなかっただけだ」
「気に入らない?」
達志を睨みつけながらも、素直に答える。素直に、というよりはもはや達志とのやり取りにめんどくさくなったの方が近いかもしれないが。
そこに出てきた単語に、達志は首を傾げる。やっぱりさっき聞いた通り、学校で問題起こしまくって不良にそして暴走族になって、学校に仕返ししてやろうみたいな感覚なんだろうか。
「あぁそうだ。なんで気に入らないかって? ……ふっ、そう……あれは二年前、俺がまだ高一だったとき……」
「うらぁ!」
「ぶへぇ!」
なぜか急に語りはじめたトサカゴリラであったが、それは達志のパンチによって阻止される。自分でも思いのほか、力が出てしまったのか頬を殴った拳が少し痛い。
殴られた本人は訳がわからないといった顔をしているが、達志からすればいきなり語り出した意味がわからない。
「何語ろうとして回想入ろうとしてんだよ! 誰が興味あるんだよお前の過去に!」
「いって、油断してたからいってぇ! 何してんのこいつ!?」
縛られたままで、警戒も何もしていなかったのだから受け身も何もあったもんじゃない。達志はというと、なぜか拳を構えてシャドーボクシングをしている。
いつでも殴れるように。
「おまっ、俺の話聞きに来たんじゃないねえの!?」
「自惚れんなよ。それにだいたいわかった、あれだろ? むしゃくしゃしてやったみたいな……最近の若者かよ! あ、でも俺の最近ってこの世界じゃ十年前か……」
「いやなんだこいつ! 何言ってんだ! お前、まがりなりにも俺先輩だろうがよ! なめてんのかよ!」
以前までの達志なら、見知らぬ人であろうと年上ならば一応敬語なりは使っていたはずだ。だが目覚めてからというもの、そういう小難しいことは考えなくなったように思える。
……というよりはどちらかというと、トサカゴリラが嫌いだからかもしれない。だってセニリアやムヴェルには敬語だもの。
復学初日という、大切な日に学校にヒャッハーしてきて暴れ回ったのだ。元々この学校の生徒だったらしいが、どのみち誰だか知らない達志にとってはどうでもいい。ただただ嫌いだ。
だからこうも毒を吐くのかもしれない。毒というよりただただ口が悪いだけな気もするが。
「というわけで、帰るわ」
「何しに来たんだお前! 俺をおちょくりに来たのか!?」
一応話を聞きには来たものの、やっぱりそんなに成果はなかった気がする。落とし前でも付けさせようと思っていたが、ムヴェルに拷問プレイをされていたからそれで大丈夫だろう。
「いや違うんだって。別に飽きたとかじゃないから」
「やっぱおちょくってんじゃねえか! くそ、魔法さえ使えりゃこんなふざけた奴……」
達志の態度に、いよいよトサカゴリラの血管が切れてしまいそうだ。そんな中でも不思議に思っていたのが、さきほどから魔法を使ってないのだ。
トサカゴリラの水触手なら、簡単に抜け出せたり達志に危害を加えたりできるだろうに。
そんな疑問を孕んだ視線をムヴェルに向けると、その視線の意味をわかってくれたのか軽くうなずき、口を開く。
「そこのゴリラを縛っている縄は特殊なものでな。縛られた者は魔法が使えないんだ」
「今ゴリラって言った? もう単体でゴリラになった?」
「へえ、何そのご都合アイテム。そんなんあるんだ!」
トサカゴリラが魔法を使わない理由も判明したところで、もうここにいる意味はない。後のことはムヴェルに任せておくとして、保健室にでも戻ろうか。
「なめたガキだ……いつ泣かせてやる!」
「……言っておきますけど、達志様に指一本でも触れたらただじゃ済ませませんから」
去り際、ばちばち火花を散らしている二人の様子に、達志が気づくことはなかった。