複雑な乙女心
「へぇー、なるほどね。命の恩人に幼なじみ、なかなか面白い関係なんだな」
達志とリミ、そして由香のそれぞれの関係性を話し終え、達志は一息つく。この複雑な関係をどう説明しようかとも思ったが、話してみると案外やりやすいものだ。
ひとしきり話を聞いたヘラクレスは、達志の頭上でうんうんと頷いている。
「面白い……か? まあ、めったにないよな、こんなややこしい関係性。十年も眠ってて目覚めたら助けた女の子が同い年になってた、幼なじみは年取ってて自分のクラスの担任になってた、なんて」
「あぁ、そらないだろうな。それプラス世界がまるっと変わってたことを踏まえると限りなく」
「あ、私担任じゃなくて副担任……」
こうして話して聞かせると改めて現実味に欠ける話だ。とはいえ、ヘラクレスはどうやら納得したようだ。特に達志に対するリミの態度など、その辺りはかなり。
「だからリミたん、タツにあんなベッタベタなわけか」
「べ、ベッタベタじゃないですよ!」
「それにタツとゆかりんのぎこちない理由もわかったよ」
「そ、そんなにぎこちないかな?」
「まー、わかる奴はわかんじゃね」
達志の両隣に立つそれぞれの女性を見ながら、納得の表情。達志と違い、リミアンド由香との付き合いはもう少し長いはずだ。だからこそ、二人の変化にも気づいたのだろう。
リミはともかく。
「にしても、そっかぁ……幼なじみねぇ。もしかしてゆかりんも、タツのことす……」
「うわぁー!」
達志に対してリミがどういう感情を抱いているかというのは、達志に対しての反応やルーアが氷の彫像へと犠牲になってしまったことからも察しがつく。
だが由香はどうか。幼なじみ……だからという理由だけではない。むしろ、幼なじみという関係性がわかったからこそ、もしかしてという疑問が浮かんだのだ。
二人の間にある……というより、由香から達志に対するぎこちなさは、教師と生徒になってしまった幼なじみ、だけではない気がして。
だからヘラクレスは、何気なしに言ったつもりだった。いつもどっちが生徒かわからないくらいだが、そこは大人な由香。たとえ好きだろうとカマをかけてもやんわりかわすんじゃないかと。だが……
「ななななぁにを言ってるのかなぁー?」
「ゆ、ゆかりん落ち着いて! なんかちょっと怖い!」
持ち上げられ、必死の形相の由香に強制的に止められた。スライムの頭部分をわしづかみにされるという、頭アイアンクロー状態だ。
しかも、美女がしてはいけない顔をしている。達志やリミには見せていないが。
「めったなこと言うもんじゃないよヘラクレスくん……トイレに流すよ?」
「いや、マジごめんなさいでしたからそれは勘弁して!」
小声で話しているから何の会話をしているかわからないが、ヘラクレスがあんな慌てているの初めて見た。そんな達志は、なんだか由香に近づけなかった。
「……で、由香が俺をなんだって?」
異様な雰囲気を放っていた由香かヘラクレスと共に戻ってきて、達志は先程キャンセルされた言葉の続きを聞く。あんな中途半端に切られたから気になって仕方ないのだ。
それを聞いた由香は一緒肩を跳ねさせ、チラッとヘラクレスを見る。いや、見るというよりも睨む。水分の塊みたいなスライムは冷や汗だらだらだ。
「や、えーっと……あれだよあれ、ほら……な?」
「いや、な? じゃなくて。あれって言われても……」
「まーまー! それより早く行こうよ! ね?」
こういう状況だからか、ごまかすのが悲しいくらい下手になっている。当然納得できないが、由香に急かされるまま歩くのを再開。
気付けば、達志が先頭を歩きその後ろを由香とリミが並んで歩き、互いにヘラクレスを捕獲している状態だ。
「あのー、話してくれません?」
「ダメです。何言うかわかったもんじゃないですし」
「着くまではこのままね」
なんだか疎外感を感じる達志である。
「まーでも二人ともわかりやすいよな。そんなにす……あれなら、コクっちまえよ」
「「なっ??」」
会話する相手もいないので、暇つぶしに爪のゴミを取っている達志である。
「何を言ってるんですっ?」
「そうだよ、その……心の準備が。いやでも私の場合、起きるのがいつかわからなかったとはいえ、準備期間が十年あったと言えなくもない?」
「なあ」
「十年待ったんだから、さっさと言えよって思われなくもない気がするけどさ……」
「おーい」
「でもでも、実際に起きて目の前にいるの見ちゃったらさ、決心が鈍っちゃってさ……起きてくれて嬉しいのと、言わなきゃって気持ちとでいっぱいいっぱいに……」
「ちょっとー? もしもーし?」
「わひゃあ!?」
途中から完全に自分の世界に入っていた由香だったが、達志に肩を揺らされて戻ってくる。由香は妄想ワールドに入っていたためか、若干顔が赤い。
「な、何? もしかして今の、聞いてた?」
「いや、なんかぶつぶつ言ってるなとだけ。それよか、ここ?」
どうやら由香の妄想ワールドの会話の内容は聞かれてないらしい。ほっと一息つくとともに、達志が指した教室を見る。そこは確かに、トサカゴリラを捕獲……もとい隔離している場所だ。
「う、うん。そう、ここだよ」
「そっか。そんじゃ失礼しまー……」
「んんんー!」
ピシャッ……
「……?」
……何か今、見てはいけないものを見てしまったような気がする。いや一瞬だけだし、すぐ扉を閉めたからよくは見ていない。
もう一度、教室の名前を確認。由香にも確認。ここで間違いない。そう、さっきのはきっと見間違いだ。そう、今度は深呼吸をして……吸って……吐いて……いざ!
「失礼します!」
「んんんーー!」
扉を開く。するとそこにいたのは、目的の人物トサカゴリラ。
彼は教室の中央にある柱に縄でくくりつけられており、目隠しをされ口に喋れないようにするためのよくわからない道具がくわえさせられていた。
「見間違いじゃなかったぁ!」
膝から崩れ落ちる達志。何かの間違いかと思ったがそんなことはなかった。目の前の光景には由香もリミも、ヘラクレスですらドン引きである。
「ん、イサカイか。どうした、突然」
「あんたの仕業か!」
崩れ落ちた達志に声をかけたのは、ちょうど教卓がある位置に椅子を用意して座るムヴェルだ。
ケンタウロスなのに器用だなと思ったが、そこはさすが生まれてから付き合っているだけはある、ちゃんと座れている。馬の腹部分を、椅子に乗っけているのだ。
優雅に本を読んでいるムヴェルは、なんとも呑気なものだ。達志が崩れ落ちている理由がわかってないらしい。
「何やってんすか! 学校でこんな光景見ると思わなかったよ!」
「いやな、暴れるもんだから力付くに押さえて……」
「力付くすぎる! あと今一応昼間なんですけど!?」
暴れるから押さえるというのはわかるが、あまりにも力業すぎる。学校で、しかも昼間に見るにはあまりにも刺激的過ぎる。新手の拷問だ。
しかも相手は高校生(見た目四十のおっさん)である。昼間から何を見せられているのか。
「とりあえず口だけでも解放してあげましょうよ。でないも話も聞けない」
「あぁ、任せる」
ここには話をしに来たのだ。トサカゴリラの拷問プレイを見に来たわけではない。なので達志は、トサカゴリラの口にくわえされられている道具を取る。
散々叫んでいるせいか唾が散っていて触れない。ばっちぃ。
たまたまそこにあったゴミ取り鋏で、道具を取る。すると……
「ぶぁってめえらくそが覚えてやがれ! こんなことしてただで済むと思うなよてめえら全員ヒャッハーしてやらぁくそども覚悟して」
「あ、確かにこれうっさいっすね」
言葉と一緒に撒き散らされる唾にひどく嫌悪しながら、達志は道具を再び口へ。もう、イエスノーで首を振ってもらった方が早いんじゃないか。
それから、暴れるトサカゴリラを宥めるのに三十分かかった。




