同じ失敗を繰り返さないこと
「ごめんなさい……」
「すみませんでした……」
ベッドの上で謝罪の言葉を口にする少女と、床の上で正座しながら謝罪を口にする女性。二人共申し訳なさそうにしゅんとしており、本当に申し訳ないと感じているのだとわかる。
だが……
「いや、だからって別に床の上に正座しなくても……」
床の上でご丁寧に正座しているセニリアを見ながら、達志は言った。妙なところで生真面目な彼女はこうして床の上でに正座という謝罪方法をとっている。
……で、彼女が申し訳なさそうに謝罪している理由はというと……
「この度の姫の魔力が暴走しかけたこと、ひどく皆様に迷惑をかけたこと謝罪いたします。あと、不法侵入の件も」
「あとって言った! 自分の不法侵入の件ついでにしようとしてるよこの人!」
ベッドの上のリミも、自分を見失いかけてたことに対して申し訳なさそうだ。それは達志に対して以外でも、他のみんなに対しても同様に申し訳なく思っている。
だが、謝罪を受けてのそれぞれの反応は……
「私としては、魔法をぶっ放せてすっきりしましたしむしろ私の方がリミに撃ったことに謝罪とお礼を告げるべきな気が……」
「あれは仕方ないっていうか……たっく……勇界くんのためのことだったんでしょ? だったら私からは別に……」
「そうそう。そのタツも元気なんだしむしろ気にする必要なくね?」
「気にはしないとダメだろ」
誰も、リミを責める人はいないわけで。優しい人達だと感じる一方で、ちゃんと怒ってほしい気持ちもリミにはあるわけで。
まあ先程、セニリアからこっぴどく怒られはしたわけだが。
「みんなして、私を怒りに来てくれたのかと……」
「え、リミお前怒られたいの? いつの間にそんな性癖を……」
「ち、違います! 変なとこだけ切り取らないで下さい!」
変な誤解を与えられそうになったリミは慌てて首を振る。「そんなんじゃなくて……」とうつむく少女の横顔が何を思っているか、察することが出来ないほど達志は鈍感ではない。
要はリミは、ちゃんと怒られたいのだ。セニリアに怒られはしたが、あの場に彼女はいなかった。そうではなく、ちゃんとあの場にいた者から怒られたい。
優しいのは嬉しいが、怒るべきにはちゃんと怒ってくれなければ自分を許すことは出来ない。
「はあ、真面目だなあリミは」
その気持ちを理解することは出来ないでもないが、実際にこうして怒られることを望む者を目の前にすると、そんな経験がない達志はどうすればいいかわからない。
なので……
「ていっ」
「わひゃっ!」
無防備なその額に、デコピンをくらわせてやる。わりと強めに。すっかり油断していたリミは変な声を出してしまい、恥ずかしそうに口を、はたかれた額を押さえる。
その間の抜けた表情が、なんだかおかしくて。
「た、タツシ様?」
「ほい。どうよ、痛いか」
「い、痛いですけど……」
わざと眉を寄せ、敢えて怒ってる風を装いながらリミを見つめる。その視線を受けたリミはぞくっと背筋を伸ばすと、確かに結構痛む額を押さえながら困惑した表情を浮かべる。
「ならその痛みが、リミのやったことに対するバツだ。これでこの話は終わり!」
「いや、でも……」
「うじうじしない! みんないいって言ってんだから、次またあんなことにならないよう気を付ければいいだろ。同じ失敗を繰り返さない、以上!
……それともこのバツで不服だってんなら、リミのこと一週間くらい無視しようか?」
「……不服じゃ、ありません」
この話は終わりだと無理やり終わらせようとする達志に、リミは不服そうだ。あんなもので、自分が起こしたことに対するつり合いはとれないと思っているのだろう。
だが、達志が追い打ちの一言。それによりリミはいやでも黙るしかない。一週間も達志と話せない……いや無視されるなど、それは無視というより拷問だ。
達志としても、同じ家に住んでいるのだから苦しい脅しだとは思ったが、思ったよりリミには効いたらしい。
まあ、家に帰ったらまた謝罪されたりとこの繰り返しになりそうではあるけど。
「あのー……そろそろいいかな」
話に一応の区切りがついたころ、誰かが挙手する。それは今までの会話に参加してこなかった人物であり、その声色には若干の躊躇があった。
その人物は……
「あ、悪い。先生のこと忘れてた」
「連れてきといてその言いぐさひどくない!?」
保健室の入り口に立っていた、この保健室の主ともいえる存在、保健教師であるパイア・ヴァンだ。
これまでの会話に参加せず成り行きを見守っていたのは、生徒の自主性をおもんじて……ではない。単に会話に混ざるタイミングを逃しただけだ。
「はあ……そうよね、こんなポンコツな教師、いてもいなくても同じ……いえ、むしろいないほうが……」
「わーっと! ごめん先生! 謝るからそんな自棄になるのやめて! すんませんっした!」
本気か冗談か、忘れられていたと突き付けられたパイアは、驚くほどにネガティブ思考になる。
保健室に来るまでの間だけでわかったことなのだが、この教師、どうにも浮き沈みが激しいらしいのだ。突然テンションが上がったかと思えば、今のように恐ろしくネガティブにもなる。
おちおち冗談も言えやしない。わかっていたことなのだがつい言ってしまった達志は、謝りながら全力の土下座だ。
さっきまでリミにうじうじすんなと言っていた人物と同一人物とは思えない。周りの冷めた視線が突き刺さるようだ。
「タツ、せっかくちょっと決まってたのに台無しです」
「惚れ惚れするくらいに見事な土下座だな、タツ」
「ぺっ」
「仕方ねえだろ! あと誰だ唾吐きかけた奴!」
かっこつかないのは達志自身もわかっている。でもしょうがないじゃない。
「この先生めんどくさいし」
「うわあー!」
「あ」
また思ったことが口に出てしまった。今度こそ泣いてしまいそうなヴァンパイアをなだめるのに、結局リミをなだめる以上の時間を使ってしまった。
本当にめんど……個性的な先生である。
「こほん。さて……もう体調は良くなっているようね」
「さっきまでわんわん泣いてたのをなかったことにしようとしてやがる」
先ほどまで、見ているのが恥ずかしくなるくらい泣いていたいい歳した大人が、今はきりっとリミの体を見ている。
白衣を着た姿はなかなかに様になっており、こうして見るとちゃんと保健教師なのだと実感する。
まあ、白衣を着ているから、そう思えるだけかもしれないのだが。
「はい、おかげさまで。ありがとうございます」
「いいのよ。これくらいしか私、出来ないんだから。だから怪我したときはいつでも頼って。まあ、怪我はしないのが一番なんだけど……」
「あ、鼻血が……」
「きゅうー……」
「うおい!?」
こうして見ていると、頼りになる立派な先生そのものだ。そう思っていたとき、リミが鼻血を出したのだ。
それを見るや、まるで罠にかかった小動物のような声を出しながら倒れそうになるパイア。なんとか、踏ん張ったために倒れるのは回避したが、顔色は悪い。
……鼻血で、これなのか。血を見て飲みたくなる衝動が走るとか興奮するでなく、血を見ると倒れそうになるほどに苦手。
その一部始終を目の前で見てしまったためか、せっかくかっこついていたのにそれらはすべて台なしだという気持ちになってしまう。悲しいことに。
「だ、大丈夫ですか!?」
「え、えぇ……ぅ、大丈夫、ですよ」
明らかに大丈夫ではないのだが、それがせめてもの強がりだ。なんとも、弱々しい姿なのだろう。その姿を見て、思うのだ。
……ホント、なぜこの人は保健室教師になったのだろうか、と。




