血を見ると気分が悪くなるんですよね
保健室を出た達志は、魔法の実技授業をした場所へと向かう。今の時間帯は、一部を除いてそこに集まっている。達志の目的の人物も、そこにいるはずだ。
「せんせー……っと」
目的の場所にたどり着き、中に入る。声を出すも、そこには大多数の生徒や教師がいるので届かない。これだけ人数がいると、目的の人物一人見つけるのは大変だろう。
さてどうしたどうしたものか……
「おい、イサカイ」
そう考えていたところへやって来たのは、マルクスだ。こうしてわざわざ達志に話しかけてきたのだから、何か用事があるのだろう。
だがはっきりした性格の彼には似つかわしくなく、言いにくそうにもじもじしている。どう言ったらいいのか考えているようだが、その姿は正直言って……
「キモいな」
「いきなりなんだ!?」
おっと、思っていたことが実際に口に出てしまったらしい。十年間の眠りから目覚めてからというもの、思ったことが口に出てしまうのだ。自重せねば。
「悪い悪い。男の、しかもマルちゃんみたいな見た目ガチガチ不良の奴のもじもじとかマジいらねえからさ。で、何?」
「誰がマルちゃんだ。何を言ってるのかよくわからんが……あー、そのだな」
何か用事があるから話しかけてきたのだ。そしてこの状況でマルクスから達志に話しかける用事など、思い当たるのは一つだけで……
「……ヴァタクシアは、目を覚ましたか?」
やはり、リミのことだった。直接聞いてはいないものの、マルクスがリミのことを好きなのは達志もほぼ確信している。好きな人のことを心配するとは、なかなかにピュアじゃないか。
「おう、起きたぞ。だからそれで、保健の先生を呼びに来たところ」
正直に達志は答える。心なしかマルクスの表情が明るくなったような気がする。
「で、先生はどこに? 俺まだあんま顔覚えてないんだけど……あ、ごめん。聞くまでもなかったわ」
リミの無事を伝え、達志は探しに来た人物がどこにいるか問う。まだ復学初日だ、これだけの人数がいる中で初めて会った人物を探すのは苦労するだろうと思ったのだが……
顔を見るまでもなく、目的の人物は見つかった。忙しなくあちこちを見回っているその人物は、怪我をしている生徒や教師に回復魔法をかけている。
その桃色の光の強さから、彼女が回復魔法に特化した人物だとわかる。
今日初めて会った人物ではあるが、その姿は達志にも印象深く残っている。腰よりも伸ばした黒髪をまとめ、それをマフラーのように首に巻くという印象的な容姿だ。
加えて牙のように尖った歯も印象に強い。
先ほど保健室にリミを運んだ時に彼女と会い……そこで少しだけ話した。パイア・ヴァンという名の保健教師で、彼女の見た目は人間のようだが……その正体はヴァンパイアなのだという。
獣人やスライムがいる世の中だ、ヴァンパイアのような亜人も当然いるだろう。
牙のように尖った歯は、まさしく牙だったのだ。それはつまり、おとぎ話の物語のように人から血を吸うこともあるのだろうか。そう、質問した結果……
「ヴァンパイアなのに血が苦手で、なのに保健教師ってなんかもうめちゃくちゃだな」
返ってきた答えは、ノーだった。それどころか……血を吸うどころか、彼女は血を見るのも苦手なのだという。
ヴァンパイアは血を吸う生き物……そんな常識が達志の中にあったのだが、その常識は見事に壊れた。
そしてそんな彼女が、教師の中で一番怪我や病気を扱い血を目にする機会の多い保健教師になっているのか理解できなかった。
本人に聞いても、慌ただしく出ていってしまったし……
「あ、なんかふらふらしてる」
見ると、彼女はふらふらした足取りで歩いている。おそらく、生徒や教師の怪我を治す際に血を見すぎたせいだろう。
ヴァンパイアだから、血を見て飲みたい衝動が……とはならず、単に気分が悪くなっているだけだろう。ホント、なぜ保健教師になったのか。
黒焦げのリミを見た時も、直視できずにいたようだ。血だけでなくグロいのもダメらしい。ホント、なぜ保健教師になったのか。
「ま、腕は確かみたいだけど。現にリミも回復したし」
ほとんど威力が軽減されていたとはいえ、ルーアの魔法が直撃したのだ。だというのに起きた今ではもう傷はほとんどなく、その腕は確かと言える。
「それにしても、パイア・ヴァンってすげーまんまだよなぁ。……まあいっか。手っ取り早く先生にリミの容態見せて……」
「イサカイ、僕も行っていいか」
生徒や教師の傷を治して回っているパイアの忙しくなさそうなタイミングを見計らって、リミのところへ連れていこう。といっても今あまり忙しくなさそうだし、今かな。
そう思って歩きだそうとしていたところへ声をかけてくるのはマルクスだ。
どうやら先ほどから、リミのことが気になって仕方ないらしい。
「そんなにリミのこと気になるんだな?」
「べ、別に。クラス委員として、クラスの仲間を心配するのは当然のことだ」
とんでもないツンデレ野郎である。別に達志に許可を取る必要もないのだが、妙なところで律儀な奴だ
「はいはいツンデレおつ。早いとこ行こうぜ」
「ツン……!? おい待て! ひどく心外な言葉を聞いた気がするが!?」
やいやい騒ぐマルクスは放っておいて、達志はパイアの所へ。幸いにも忙しさのピークは越えたようで素直に着いてきてくれることに。
で、達志とパイア、マルクスの三人で保健室に向かおうとしていたのだが……
「お、なになに、リミたん目ぇ覚ましたの? オイラも行くー」
「なんですか、水臭い。そういうことなら私も行きますよ。なにしろ私の魔法をくらって気絶してたんですし」
「あ、私も行く! 私のクラスの生徒だからね! ま、私副担任なんだけど。ムヴェル先生は忙しいみたいだし」
どこから聞いたのか、ヘラクレス、ルーア、由香の三人も同行することに。別にこんな人数で行くことでもないのだが、断る理由もないので同行を許可。
計六人で、保健室へと向かうことに。どうでもいいことだが、達志の頭にはやはりヘラクレスが乗っている。
……で、保健室へと到着。そこで達志が扉を開けて……
「おーいリミ、先生プラス愉快な仲間達連れてきたぞー」
「誰が愉快な仲間達……」
「うぅ……ひっく……」
……そこには、ベッドの上でめちゃくちゃ泣いているリミがいた。何を一人で……? と思っていたのだが、角度を変えると傍に誰か立っているのがわかる。その人物は……
「……セニリアさん?」
「! これはタツシ殿。皆さんも」
リミの傍に立つ人物、それはセニリアだった。そしてめちゃくちゃ泣いているリミ。何が起きているかは一目瞭然だ。
おそらく、セニリアにめちゃくちゃ怒られたリミがめちゃくちゃ泣いているのだろう。
問題は、そうなっている理由だが……
「セニリアさん、なぜここに?」
「実は、姫の魔力の乱れを感知しまして。暴走に近かったので気になり、それでその場所……つまりここに来たわけです」
「へ、へー」
学校関係者でないセニリアがここにいる理由は、理解した。どういう原理かは知らないが、セニリアはリミの魔力の異常を感知したのだと。
だから、ここに来たわけだ。やっぱりあれ、暴走しかけてたのか。
理由は、わかった。だが、次に浮かぶのは……いや、むしろ一番気になる疑問が残っている。それは……
「セニリアさん、どうやってここに?」
彼女がどうやって校内に入ってきたか。暴走族の乱入により学校への出入りは厳しく監視しているという。とはいえ、ハーピィであるセニリアならそんなものは関係ない。
空から来ればいいのだから。
だが、だとしても……セニリアは来客用のスリッパを履いていない。というか靴だ。校内に入るには来客用スリッパに履き替えなければいけない。
仮に来客スリッパ制度がなくなっていれば別だろうが、そんなことはないのは校内を歩く途中で確認済みだ。
その疑問を受け、セニリアはきょとんとした顔で……こう言った。
「どうって、そこの窓が開いていたので、そこから……」
「いやそれ不法侵入!」
真面目そうな秘書の常識を疑う瞬間だった。




