戦いの後
「……う、ん……」
眠っていた少女が、目を覚ます。視界の先には、白い天井。どうやら自分は今寝転がっているようだ。それに体の下にあるこの柔らかい感触は、おそらくベッドだ。
となると……ここは、学校の保健室だろうか首を動かすと、見慣れた風景、見慣れた小道具、間違いない。
それと、なんだか手が温かい。
「わたし……」
「お、起きたか。リミ」
自分はいったい、どうして保健室で寝ているのだろう。確か、学校に暴走族がやって来て、変なトサカがいて、それで……
記憶を探る少女……リミの耳に、聞き慣れた声が上からかかる。幼い頃の自分にとっての恩人であり、とても温かなそれを聞いた途端、リミは跳ねるように声の方向を見る。
「タツ……っつ」
「落ち着いて。威力が抑えられてたとはいえ、結構だったんだから」
体を動かそうとすると、若干ではあるもの痛みが。それにより、リミは思い出す。変なトサカに達志が殴られ、それで自制が効かなくなってしまったことを。
その後、激しい魔力に包まれたことも。
「ったくルーアの奴……いくら許可が出たとはいえ、いきなりあんな凶器ぶっ放すなんてな。結果的に人的被害はないけど、こっちは散々だっての」
「ルーア……?」
愚痴る達志の言葉通りであれば、あの巨大な魔力の正体はルーアの魔法か。
……リミは、ルーアの火属性の魔法を直撃に近い形で受けたのだ。ルーアの魔法の強大さはリミも知っている。あれを受けて、この程度の痛みとは……
許可が出た、と言っていた。ということは、それほどまでに自分の状態が危うかったということだろうか。
リミは記憶にないとはいえ、もしそうだとしたらとんでもないことだ。達志にもルーアにも迷惑をかけて……
……そこで、遅くも気付く。リミをルーアの魔法が襲ったのなら、リミの近くにいた達志にも相応の被害が出ているのではないか。リミは顔が青ざめていくのがわかり、達志の方を向く。
「た、タツシ様……?」
「うん?」
恐る恐る達志を見る。そこには、頬にガーゼを貼っただけの達志が、ベッドのちかく椅子を置いて座っていた。その様子に、リミの目が丸くなる。予想していたものと、全然違う。
「え……無事、なんですか?」
「おう、見ての通りよ。あ、これはトサカゴリラに殴られたやつだからルーアのじゃないぞ。大丈夫って言ったんだけどな……ルーアの魔法よりも、トサカゴリラの拳の方が重傷扱いらしい」
頬のガーゼは、ルーアの魔法によるものでついた傷ではない。つまり、ルーアの魔法による被害はないのだ。
そもそも、起きたリミに話しかけてくれた位置の時点で、たいした怪我ではないことなのだがそこまで頭が回らなかった。
リミ自身もそうだが、いったいどうなっているのだろう。
「ま、細かい話は後するとして……先生呼んでくるわ」
起きたばかりのリミにいろいろ話をするつもりもないのか、達志は保健の先生を、呼びに行くために席を立つ。その際、手の温かさが離れる。
……部屋を出ようとする達志を見て、リミはとっさに口を開いた。
「タツシ様!」
「うん? なんだい?」
「えっと…………すみませんでした」
声をかけたはいいが、何を言えばいいのかわからない。だからリミは、今感じていることを素直に告げる。それは、起きて真っ先に伝えないこといけないことでもあった。
「私のせいで、その……怪我……はしてないですけど。えっと……」
暴走しかけたリミを止めるためにルーアが魔法を使ったというのなら、そこにルーアに罪はない。原因を作ったリミに罪があるといえる。
ルーアの魔法によって達志が怪我を負ったのならそのことを謝罪すべきだが、いかんせんルーアの魔法により達志は怪我をしていない。
トサカゴリラによる怪我は、リミの介入していないところでの問題だ。それを謝っても関係ないことなので意味はない。そうなると何を謝罪すればいいのか……
「なにが、すみませんって?」
「えっと……あ、わ、私の魔力の制御が効かなくなって、あんなことに……」
「俺のために怒ってくれた……そう思うと、こっちとしても素直に怒れないっていうか」
謝罪の理由、というのもおかしな理由だが、それを見つけてリミは言うが、達志には通用しなかった。ぼんやりと、リミは自身の魔力の制御が効かなくなったことがわかっているのだ。
あの場がとんでもないことになりそうだったとはいえ、リミがああなった理由は端的にはそういうことだ。
周りがどうあれ、自分のために怒ってくれた女の子に怒るなんて、達志には出来なかった。
「それは……でも、私の魔力が暴走して……」
「それは他の人達にしてくれ。とにかく、俺のために怒って……まあその結果があれなんだから笑えないんだけど、それでもそのことで俺からリミを責めることはないよ」
自分を責めるリミだが、それを達志が責めることはない。達志からすれば、自分のために怒ってくれた女の子が自分を責めているところでどうしたらいいのかわからないのが本音だ。
周りはどうか知らないが、リミが怒ったことで達志に怪我か怪我があったわけでもない。まあ、危うく凍えてしまいそうになったり黒焦げになってしまいそうであったが。
「他の人達……あの、みんなは? あの変なトサカ集団は?」
自分を責め、達志に謝罪し、しかしその謝罪は受け入れられず……いろいろと頭が回らない中で、リミは起きて真っ先に伝えることとは別に、真っ先に聞かなければならないことにたどり着く。
リミがトサカゴリラと対峙してから意識を失い、次に覚醒したのが保健室だったという疑問。
ちなみにリミの中では、暴走族=変なトサカ集団となっており、トサカゴリラのトサカや部下達のモヒカンも変なトサカということで統一されているらしい。
「あ、そっか……そうだよな、気になるよな。悪い悪い、まずはそれを伝えるべきだった」
リミの疑問は、もっともだ。それを伝えることを失念していたことを、達志は反省する。出ていこうとしていた足を戻し、先ほど座っていた椅子に座る。
「まあ、リミも起きたばっかで疲れてるだろうし、ざっくり言うとだな。リミが気を失った後、トサカゴリラも同じく気絶、それもリミより重傷。
ぶっちゃけ瀕死。すなわち戦闘続行不可能。それによって暴走族の統制が崩れる……なんてことはなかったが、それでも頭を失った組織は脆くなる。結局逃げたよ」
「そうだったんですか……あの、怪我人は?」
「した人もいたけど、由香……如月先生や保健の先生達のおかげで事なきを得てるよ。ま、トサカゴリラだけは瀕死の状態から動ける程度に治したって感じだけど」
「そうなんです……え?」
リミが意識を失ってからのこと、そして怪我人がいないことを知らされてほっとする。だがその中に、聞き逃してはいけない言葉があった気がする。いや、あった。
「え、タツシ様……あの変なトサカ、え、治したって……え?」
「あ、悪い話してなかった。トサカゴリラ、生け捕りにしたんだわ」
まさかの生け捕り発言。それは、なんか学校という枠では絶対に聞くはずのなかったであろう言葉だ。リミか唖然として口を開ける中、達志は続ける。
「あの暴走族も必死で取り返そうとしたんだけどさ、マルちゃんとかムヴェル先生の戦いぶりがすごくてな。ちょっと引くぐらいに。
ぶっちゃけこっちが決め手に欠けてたのは、トサカゴリラの触手が原因だったんだなって。いやあトサカゴリラなかなかにやる奴だったみたいだ」
「な、なるほど……」
困惑するリミであったが、達志はありのままを伝える。頭を失った組織も奮闘したが、所詮厄介なのはトサカゴリラだけだったということだ。
結果として、組織の頭は生け捕りに、残党兵は追い返したということだ。
「でも、それじゃ……あの変なトサカを取り返すために、また襲ってくるんじゃ?」
「だろうな。だからトサカゴリラが目を覚ますの待って、話を聞く。いきなり仕掛けてきた理由とかな。あいつらもこんだけの実力の差を見せられて早々また仕掛けこんだろ。そんでその間に、もう来んなって約束させる」
傷の具合の影響か、同じく爆発に巻き込まれてもリミの方がトサカゴリラよりも起きるのが早かったらしい。とにかく、今出来るのは負傷者の回復や破壊された建物の復元。
もっとも、これは魔法によりリミが目覚めた時にはほとんど終わっていたのだが。
「じゃあリミ、今度こそ先生呼んでくるから、待っててな」
一応の流れを話し、今度こそ達志は部屋を出ていく。一人残されたリミは、自身の左手を見つめる。目覚めた瞬間は感じたが、今はもうない温もりを思い返して目を瞑る。
実際に見てはいないが、おそらくこの手を、リミが目を覚ますまでずっと達志が握ってくれていたのだろう。
その手を、右手で包み込む。嬉しくあり……そして悲しくもあるのは、なぜなのだろうか。
一番怒られなければならない人に許されてしまったというこのどうしようもない感情の名を、今のリミはまだ知らない。




