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【リメイク連載中】目が覚めたら世界が異世界っぽくなっていた件  作者: 白い彗星
異世界召喚かとテンションが上がった時期が俺にもありました
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氷の女王様



「おいおいおいおいおいやばいやばいやばいやばいやばい死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」



 必死の形相で、迫り来る触手から逃げる達志。捕まれば絡まれて動きを拘束される……どころか、粉々に握り潰されてしまうのは明白だ。


 なぜなら触手は、壁や岩や地面にことごとく穴を開けているのだから。



「それであんな自在に動くとか、反則だろ! 硬いなら硬いなりの動きをしやがれってんだ!」


「そんな嘆いてても、事態は好転しねえぜタツ」



 触手の脅威に対する愚痴。それに応えるのは、頭上に乗るスライム、ヘラクレスだ。すっかりそこが定着位置になってしまったのか、さっきから乗っかったままだ。



「ほら、すぐ後ろに来てる!」


「わかってるよ! 上に乗ってる誰かさんのせいですこーしだけ速度が落ちるんだよ!」



 これでも達志は必至だ。いかにすんごく軽いとはいえ、まったく重みを感じないわけではないのだ。人任せでなく自分で動いてくれ……そんな意味を込めてヘラクレスに叫ぶ。



「オイラ自ら走れって? できなくはねえけど……いいの?」


「なんで!」


「だってほら、オイラがどうやって腕を生やしてるか思い出してみ? 自分で走るってなったらそれの足バージョンってことだから。それでもいいなら走るぜ」



 スライムだから飛び跳ねて……ではなく、走るという言い方だ。そもそもこれまでのヘラクレスの移動方法は飛び跳ねて、というものだ。


 もし飛び跳ねで速度が出ないのであれば、このままの状態を維持するしかないが……


 どうやら、走れるらしい。そのワードに引っかかる。……走る、だと? しかもそれは、腕を生やすのと同じ原理、足バージョンだと言う。つまり、足を生やして走るということなのだ。


 ……最初、というか今もではあるが、腕が生えているのを見た時はたいそう驚いた。だって、スライムの体から腕が生えているのだ。軽いホラーだ。


 それの、足バージョン。スライムの体から足が生えて、走っているというある意味グロテスクな光景を想像してしまう。


 ……キモいな、うん。



「俺の肉体面の疲労が多少解消される代わりに精神面にものすごい負荷がかかりそうなのでこのままでお願いします!」


「ん、わかったぜ。いやあ、去年の体育祭、オイラが走った時に悲鳴やらなんやらが上がった時にはさすがにくるものがあったぜ」


「なんかすんませんでしたあ!」



 走らないで一安心……とは違うが、心なしか胸を撫で下したように感じた。胸があるのかもわからないが。どうやらヘラクレスは以前、全生徒や教師の前で走ったことがあるらしい。


 その時の光景を達志は知らないが、もしその時のヘラクレスの姿が達志の想像するものなら、なるほど確かに、ヘラクレスには悪いが周りの反応は納得だ。


 嫌な記憶……ではないのだろうが、それでもヘラクレスにとっては苦い思い出なのだろう、多分。よって、結論は現状維持のまま逃げ続けることとなった。



「それにしてもあのトサカゴリラ、口癖がヒャッハーで触手属性とか、あいつも過剰設定過ぎだろ!」



 振り向き、トサカゴリラを睨みつける。背中から、十を超える触手を出し、それを暴れさせている。その光景は、端的に言って……



「キモい! なんだよあれ、魔法ってかなんの生物だよ! もっと手から出すとかこう、ビジュアル的こと考えてくれよ!」



 背中から触手を伸ばすという、見た目的にあまりよろしくない光景。魔法なんて万能なものなのだから、あんな変な触手の出し方をしなくてもと思う。


 それとも、本人の趣味だろうか。趣味が悪い。



「いやあ、しかしトサカゴリラってよく言ったもんだなタツ。今やゴリラからトサカに加えて触手まで生えてるけど」


「それ俺もすごく思ったけど今言ってる場合かぁあ!」



 とにかく逃げる、逃げる、逃げる。とはいえ、十年の眠りから目覚めたばからともいえる達志の体力がそう続くわけもない。


 いくら日常生活にさほど支障がないほどに回復したとはいえ、走り続けていれば体力が常人よりも減るのは圧倒的に早い。



「はぁ、はぁ……そ、そうだ……ヘラ、魔法でどうにかなんない?」



 頭上のスライムに、問い掛ける。結局見たことはまだないが、ヘラクレスに魔法の属性を聞いた時、見た目通りの属性を使えると言っていた。


 見た目とは違い使えるのは土属性だという話だが、そんなことはどうでもいい。つまり、魔法は使えるのだ。



「さすがにこの数はなぁ……それに厄介なことに、向こうに回復魔法使いがいるようだし」


「かい、ふく……?」



 襲いくる暴走族に追いつかれそうなところを、ヘラクレスが出現させた岩の壁が妨害する。地面から盛り上がったそれは、達志と暴走族との間を見事に分断する。


 少しだけ足を止め、頭上に視線を向ける。ヘラクレスの言葉を受け、そういえばと気がつく。先ほどから、相手の数が減っていないように思える。


 それも、彼の言うように向こうに回復魔法を使える者がいるなら納得できる。



「そんな……それじゃ、このまま平行線……いや、向こうに……」


「けど、回復魔法使いが向こうだけにいると思ったら大間違いなんだなー」



 傷ついて倒れても、回復されたのでは意味がない。まるで、無限の兵力だ。そうなれば、いかに数でこちらが上回っていても、いずれは押し切られてしまうだろう。


 だが、その心配は必要ないと答えをもらう。その言葉の意味がわからなかったが、示された場所に視線を向けてその意味がわかる。


 そこでは、由香が倒れている生徒に駆け寄り、手をかざしていた。その手の先から淡く桃色の光が出ており、その光に包まれた生徒の傷がみるみる治っていくではないか。



「え、あれ……」


「ゆかりんは、回復の魔法を使えるのさ」



 驚く達志に、短くも的確な言葉が返される。それは、由香が魔法を、しかも回復のものを使えるということだった。この十年のうちに、どうやら魔法まで使えるようになったらしい。



「へぇ……由香らしい」



 火や水、土に風……光と闇と、どの属性にも属さない回復魔法。しかしそれは、いかにも由香らしいと思えた。傷つける力ではなく、癒しを与える力。


 その姿は、とてもさっきまで涙目でバットを振り回していた人物と同一人物とは思えない。それほどまでに一生懸命で、心強くさえ思える。……ちゃんと、先生をやっているではないか。



「あ、やべっ」



 こんな状況ではあるが、あまりの感慨深さから一瞬すべてを忘れてしまいそうであった。だがそれは、安全地帯を作ってくれていたヘラクレスの焦りの言葉により現実に引き戻される。


 触手や暴走族から身を守るための土の壁。それが、音を立てて壊れたのだ。触手が、壁を破壊したのだ。


 触手は水だから相性的に不利だったのか、単に力比べに負けただけか。なんにせよ、土の壁を突破された。


 障害物を破壊した触手は、達志に狙いを定める。もう達志は、そこまで逃げきれる体力は残ってない。このまま攻められれば、体を串刺しにされて終わりだろう。


 そんな最悪なビジョンが浮かぶ中で、触手は達志に襲い掛かり……



「させません! ていや!」



 ……瞬間、凍った。水の触手は見事に凍り、その場で固まって動かなくなってしまったのだ。間一髪、助かった。そして、それを行ったのは……



「リミ!」


「タツシ様! ようやく見つけました!」



 ウサギのようにぴょんぴょん飛び跳ね、達志の目の前に着地する少女、リミだ。はぐれてしまっていたが、どうやら見つけてくれたらしい。情けない話だが、心強い!



「スゲーなリミ、あの触手が凍っちゃって……」


「いえ、ダメです!」



 触手を凍らせら動きを封じてしまった。これならば対処も楽になったのではと思った矢先に。リミに手を握られる。普段な自分から繋ぐなんてしないのに。


 何事かと思った矢先に、氷が砕け元の触手に戻ってしまったではないか。


 それを見届ける前に、リミ動き出していた。おかげで一歩早く先にその場から退くことができたが、リミの氷をも破壊してしまうとは。


 とにかく今は逃げつつ体勢を立て直そう。リミもいるんだ、もっとマシなことが……



「ヒャッハー!」



 だがそこへ、耳障りな声。正面にはあのトサカゴリラ。触手に気を取られていたせいが、本人が移動しているなんて思わなかった。そして、トサカゴリラは達志に……



「さんざん馬鹿にしやがって! おらぁ!」


「ぶ!」



 溜め込んだ怒りを吐き出すように、頬に拳を突き立てる。なかなかに重い一撃だが、たえられないほどじゃない。最悪、接近戦はヘラクレスに任せて……



「た、タツシ様! ……お前、今タツシ様……」



 ……頭の中で立てていたプランは、突然の寒さを体が感知して震え出した。このひんやりした空気は、いったい? その発生源は、リミだ。


 ……あれこれ、まずい? 達志に危害を加えられたことでキレちゃった?



「あの、リミさん……さむ、寒いんですけど。雪まで降り出したよこれ!」



 殴られたとはいえ、些細なことだ。しかしリミは、達志が傷つけられいたことに怒っている。そのリミの気持ちに呼応するように、雪風も強くなっていく。


 ……場の空気が、変わっていく。



「えっと……まずくね? これ……」

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