予想以上に好戦的なクラス
向かいくる暴走族十数人に対し、こちらは百人前後の人数だ。数としては、学校側に圧倒的な優位性がある。とはいえ、みんながみんな戦うわけではない。
むしろ魔法が使える使えないに関わらず十代の少年少女に違いない。対して暴走族は、こういった出来事にも慣れている連中だ。
進んで迎え撃つ者などそうはいないし、戦おうという意思すらない者がほとんどだ。それはそうだ、魔法などが使えても、彼らはただ平和に暮らしてきたのだから。
戦えと言っても、それは無理な話で……
「……の、はずだよなぁ」
だとしたら、今達志の目の前で繰り広げられている光景はなんだろう。達志の考えていた通り、震えていたり隠れている生徒が大多数いる。
そんな中で、達志の見知る男が一人、暴走族の一人相手に肉弾戦を持ち込んでいる。
「オラ! オラオラァ!」
「オラオラうるさい男だ。言葉のレパートリーがなさすぎるな。それに拳の振るい片方も大振り……てんでなってないな」
オラオラと拳の嵐が、彼を襲う。達志であれば即座に袋だたきにされて終わってしまいそうなその拳を、男は優雅に避けている。
小さな動きで大振りな拳を避け、時に弾き、その様は見事だ。その上で、相手を挑発することも忘れない。
「そんな素人剥き出しの動き……そのがたいのいい体は飾りか? モヒカンA。……顔も動きも、不細工なことこの上ないな」
「ガキィイイイ!」
見事に挑発に乗るモヒカンAは、さらに荒々しい殴り方に。だがそこにこそ隙が生まれる。大振りになったからこそはっきりする隙。
大振りになった瞬間、体を滑り込ませて……懐に潜り込む。その胸板に狙いを定め、今度はこちらが拳の嵐のお返しだ。
「だぁあああ!」
右手を握りしめ、男……マルクスは、拳を打ち込む。その拳を胸板に打ち込まれ、モヒカンAは衝撃に耐え切れずうめき声を上げる。
たった一発で、マルクスの倍はあろうかという体を吹き飛ばした。その光景を、達志はただただ目を丸くして見ていた。
「ま、マルちゃんすげぇ……」
みんなが震え上がっている中、暴走族相手に立ち回っていたマルクス。それだけでも驚きだというのに、まさか暴走族とやり合って勝ってしまうとは。
見ろ、モヒカンAが紙みたいに飛んでいった。あれは、気絶してしまっているな。
大人を、それも自分よりも一回りはある大男を吹き飛ばしてしまった。しかも魔法を使わずにだ。まあそもそもマルクスの魔法については一切情報がないのだが。
「すげえなマルちゃん、その調子で頑張ってくれよ。でもなんでちょっと嬉しそうなの? 笑ってるし。ちょっと引くわ」
「マルちゃん言うな。貴様は僕を応援してるのかやる気を無くさせたいのかどっちなんだ」
とにもかくにも、マルクス一人でこの実力なのだ。これだけの人数差がいれば、他生徒や教師の中にも戦える人はいるはずだ。
マルクスのように喜々として戦われても困るが、戦える人かいればいる分こちらが有利になる。
「嬉しそう、とは語弊があるが、それに近しい状態なのは確かだ。なにせ、己の力がどれほど通用するか、振るえるチャンスなのだからな」
「いや何言ってんのこいつ。なんだよ力がどれほど通用するか、って。なんちゃら武闘会にでも出んの?」
ほとほと、優等生なのか不良なのか扱いに困る。その拳の行き先が行くべきところに行っているので、こちらから言うことは何もないが。
「ちったぁやる奴がいるじゃねえか。だがモヒカンAは、『ジャイキーラーン』の中でも最弱の男よ」
「何その、奴は四天王の中でも最弱的な言い方。あとお前は名前呼んでやれよ。多分あのモヒカンあんたのトサカに憧れてやってたんだからさぁ、トサカゴリラ」
「誰がトサカゴリラだぶっ殺すぞ!」
嘘か本当かはわからないが、どうやらモヒカンAは暴走族の中でも最弱らしい。別にいいのだが、リーダーにすら名前を呼んでもらえないとは、哀れな男だ、モヒカンA。別にいいのだが。
「ははぁ、他の奴らはこうはいかねえぞ。てめえらみたいな貧弱な奴らなんざすぐに潰して……」
「うぉえあぁあああ!」
得意げに笑うトサカゴリラであったが、同時に情けない声が響き渡る。直後トサカゴリラの近くに誰かが投げ捨てられてきた。
それは暴走族のうちの一人で、それはそれはひどい有様だ。体は傷だらけで、歯が欠けている。
「むごいな」
「挑んできたのは向こうだ、慈悲はない」
凄まじい有様を目の当たりにするが、まずむごいと一言。それをした人物が背後から声をかけてきており、視線を向けるとそこには圧倒的な迫力を放つ人物がいる。
その見た目だけで、達志が自分は勝てないだろうなと悟る人物。人間の上半身に馬の下半身を持つケンタウロス、達志のクラスの担任であるムヴェルだ。
その足で蹴られたら、今飛んできた男みたいになるんだろうか。
「そう、犯罪集団に慈悲はない! よって! これより我が魂が、貴様らの命運を裁く!」
「めんどくさいの来ちゃった!」
ムヴェルに続いて、また新たな人物が現れる。大仰な仕種や話し方で現れたのは、中二少女ルーアだ。
ルーアも魔法は使えるが、威力の制御が効かないためにこんなところで発動させたら大惨事になってしまう。
「まったく、何をもたもたしているのか。こんな連中、我が力により一掃して……」
「待て待て待て! 俺達まで巻き込む気か!」
確かにルーアの魔法は、大人数相手にこそ真価を発揮する。だが場所を選ばなければ、味方まで巻き添えを食うばかりだ。
不利な状況なら考えなくもないが、今の状況でそんな大博打みたいな真似をする必要はないだろう。このままいけば、楽勝に事が済んで……
「ヒャッハー!」
「イィッヤァーーハァ!」
……その考えは、甘いものだということを突きつけられる。頭の悪そうな声。だがそれは、向こうがノッてきている証拠。悪い予感がした達志は、振り返る。
そこには、奮闘するも及ばず倒れていく生徒や教師達。逃げ惑い、悲鳴と叫びがこだましている。
「こ、これ……」
ひどい状況だ。今は、ほのぼのとした昼休みの時間だったはずだ。それがなぜ、こんなことになっているのか。魔法が飛び交い、建物に当たり、中には怪我をする人も。
マルクスやムヴェルの戦力が異常なだけで、ほとんど一方的な破壊行為。襲いくる暴走族に対し成す術なく逃げ回る。
破壊される日常という、本来ありえないはずの光景がそこにあった。
「なんでこんなことに……」
「悲観するな、トサカゴリラを仕留めれば終わる!」
達志にとっては、まだ半日と過ごしていない学校。だがそれでも、ここでの生活は心地のいいものだった。
現実を受け止めきれない達志を、意外にもマルクスが叱咤する。マルクスは……いやマルクス含めたみんなはなぜ、こうも平常でいられるのか? それとも、達志がおかしいのか?
もしかして、達志が寝ている間の時間で、こんなことが日常茶飯事の世界になってしまったのか?
……こういう事態では、頭を仕留めれば残りは有象無象、終わりなのが基本だ。なのでそれに従いマルクスは、構えてからトサカゴリラへと突っ込む。
マルクスは大の大人でも倒せる力の持ち主だが、相手は暴走族のリーダーだ。油断はならないが……
「できるもんならやってみなぁ!」
正面から来るマルクスを、トサカゴリラは正面から迎え撃つ。……が、寸前にマルクスは何かに気づき、そこから飛び退く。直後、飛び退いた場所に何かが突き刺さっていた。これは……
「……触手?」
「みんな、逃げろ!」
「ヒャッハァー!!」
マルクスの焦りの声と、トサカゴリラの背中から何かが生えてきたのは同時だ。無数に生えるそれは達志達を狙い攻撃を始める。なんとか避けると、それは地面に突き刺さる。
突き刺さっている、それは触手のようなものだった。
「しょ、触手が生えてる!? なんじゃあれキモ!」
「触手は触手でも、これは水だぜ。水魔法」
次々迫り来る触手をかわしながら触手への感想を素直に答える。うねうねしつつも、地面にやすやすと突き刺さるほどの硬さを持っている。
柔らかいのか硬いのか、判断に迷うところだがあれに触る勇気はない。
触手が無差別攻撃を始めたせいで、固まっていたみんなと離ればなれになってしまう。達志は一人……正確には頭の上に乗っかっているヘラクレスも含めて二人、逃げ惑う。
「水!? あれ水なの!? タコかイカの足じゃなくて!?」
「魔法で、水を触手のように形作ってやがるぜ。触手だからといって服だけ溶かすとか、女性を掴まえてやらしーことするお約束な展開は期待できそうもないけどな」
「人の頭の上で余裕ですねヘラ!」
地面に突き刺さる威力を見てしまうと、そんなお約束な展開は期待できない。服が溶けるどころか体に穴が空いてしまう。
達志には抵抗する手段はないし、ヘラクレスはなぜか余裕だ。情けない話だが、誰かがトサカゴリラを倒してくれるのを待つしか……
「タツ、あぶねえ!」
「へ?」
「ヒャッハぶへぁあ!」
逃げることに集中する達志だったが、他にも注意を促す声が。どうやら逃げることに集中するあまり、他の敵が襲ってくるとに気づけなかったようだ。
ヘラクレスの注意がなければ気づけなかったが、そもそも気づいた瞬間には敵は吹っ飛んでいた。
……ヘラクレスの体から生える極太の手によって。人間の体なんか簡単に握り潰せてしまいそうだ。
「タツ、周りにも注意しないとダメだぜ」
「へ、ヘラさん……お強いんすね」
「こう見えても、腕っぷしは強い方なんだ」
「そうか……なら周りの注意は任せた!」
いろいろと突っ込みたいところはあるが、それは後だ。なんか知らんが強いらしいヘラクレスに周りの注意を任せる。これで、達志は逃げることに集中できるというものだ。
「フォーー!」
「あー魔法撃ちたい! 撃って撃って撃ちまくって気持ち良くなりたいぃいい!」
「昔の血が騒ぐわぁ!」
「いやー! 来ないでー!」
「タツシ様ー!どこですかー!?」
達志が逃げ回っている間にも、いろいろな所から声が聞こえてくる。生徒達の悲鳴や、物が壊される破壊音。絶望的な光景なはずなのに、なぜかそれを感じさせない声が聞こえてくる。
なんの意味があるのか奇声を上げながら触手を相手に殴り合うマルクス、魔法を撃とうとしているのを必死に止められているルーア、何かのスイッチが入ってしまったらしいムヴェル、いやいやと目をつぶりながら振り回すバットが奇跡的に暴走族にヒットしタコ殴りにしている由香、さっきまで一緒にいたのに途端に見失ってしまったらしいリミ……
達志のクラスの人間が、一段と騒がしいのが聞こえてくる。逃げ回るしかできない達志は、ただただ、今の心境を叫ぶのだった。
「なんで俺のクラスはこうも変な奴ばっかなんだぁああ!!」