封印されし力
「なあヘラ、気のせいかな? なんかさっきから俺の彫像ばっか出来上がってる気がするんだけど」
「安心していいぜタツ、気のせいなんかじゃなく着実とタツ型彫像出来上がってるから」
先程からリミの動きを確認していたが、どうにも途中から達志型の氷の彫像ばかりを作っている。
精密に、それでいて時間もかけずに作ってしまう技術は素晴らしいのだが、なんとも恥ずかしい。自分の姿の彫像など、嬉しさと羞恥でどうにかなってしまいそうだ。
「なあタツ、リミたんがああもタツにぞっこんなのって、理由あんだろ?」
「ぞっこんってまだ使われてんだな」
ヘラクレスの疑問は最もであろう。何しろ、達志の事情は簡易ながらクラスメートに伝わっているが、達志とリミの関係は知らないのだ。
客観的に見れば、初めてあったはずの人間にこうも積極的なのはそうはないだろう。それが、無表情無口クイーンであったリミならばなおさらだ。
ぞっこんなどと、そんな言葉が十年後でも使われていたことに突っ込みつつ、達志は一旦口を閉じる。別に達志とリミの関係を隠す必要はない。
むしろ、ヘラクレスのような疑問を消すためにも説明すべきかもしれない。
だがそうなると、達志が眠った原因……事故に遭いそうになったリミを助けるためだということを話さなければならなくなる。
リミ抜きでそれは、達志が勝手に話すわけにはいかないだろう。
そう、考えている時……
「ひゃあー。さすが魔法の腕だけはピカ一ですね」
隣に立つ少女、ルーアの存在により思考は中断される。見れば、感心したようにリミの様子を見ているではないか。今の台詞の「だけ」に若干毒を見たが。
「ピカ一ってまだ使われてんだな。どうしたんだよ、ルーア」
「どうしたって、さっきから人型の、しかも同じ人物の彫像ばかり作られていたら気にもなりますよ」
言って、後ろを指差す。見ると、ルーアだけでない。ほとんどの生徒がリミに注目しているではないか。ということは、それはつまり……
「恥ずい……」
リミが作っているもの、達志型の彫像が、みんなに見られているのだ。当の本人である達志にとってはたまったものではない。顔を赤くして手で覆っている。
「自分の彫像作られて、それを見られるとかどんな羞恥プレイだよ!」
「まあまあ。人型の、それもあそこまで精密なものはなかなか作れるもんじゃない。それを同じ人物、違うポージングで複数体とか、誰にでも出来ることじゃない」
「……へー、そうなん……いや待って。それ俺に対してのなんの慰めにもなってなくない?」
ともかく、リミの魔法技術が他を圧倒しているのはわかった。
既存の火属性と水属性を使えることを知らずいきなりその二つを複合した氷を使っているおバカな頭の持ち主ではあるが、魔法の腕は本物のようだ。
「いやー、いつにも増してすごいねリミちゃんは」
そこへ、もう一つ別の声が。達志もよく知っているものであり、つい先程驚きを味わったばかりだ。
「あ、ゆ……如月、先生」
そこにいたのは、由香……達志の幼なじみであり、この十年の間に教師になった女性だ。つい由香と呼び捨てにしてしまいそうになったのを、達志は慌てて言い直す。
ちなみに達志と由香の関係は周りには伏せているため、クラスメートがいる前でいきなり由香先生と下の名前呼びも難易度が高い。なので、名字で呼ぶことに。
「調子はどうかな? たっ……ごっほん! 勇界くん」
つい、幼なじみを名前で呼びそうになったのは由香も同じらしい。公私をはっきりとと言っていた本人がすでに危ない。わざとらしく咳払いをしてから、一生徒として名前を言い直す。
「どうもこうも、まだ見学の段階……ですよ」
慣れない敬語を、幼なじみに使わないといけないというこの気持ち。何とも複雑な気分だ。
とはいえ、達志と由香、この二人の関係を話すというのはいろいろとめんどくさくなりそうな気がする。ただの生徒と教師の関係ではなく、実は幼なじみであると明言するのはややこしくなりそうだ。
そう考えると、達志とリミの関係も似たようなものはあるかもしれない。生徒同士とはいえ、リミは向こうの世界じゃお嬢様、そしてこっちの世界じゃ学校のアイドル的存在なのだから。
「おや、由香ちゃん先生ではないですか」
「ちゃんはやめなさい。由香先生と呼びなさい」
現れた由香に気付くと、ルーアは気軽に口を開く。先生呼びではあるが、その前にちゃんと付いていることで敬称が台なしだ。不服そうな由香は、訂正を求めるが……
「まあまあ、そう言うなってゆかりん」
「由香先生と呼びなさい!」
同じように気軽に口を開くヘラクレスの絶妙な愛称により、それは叶えられない。その二人の態度から、普段の由香が生徒にどういう印象を持たれているかかわかる。
ナメられている、ということではなく親しまれているのだろう。とはいえ、由香の教師の威厳はどこへいったのだろう。
「一応教師に、愛称で呼ぶとかすげーなヘラ」
「今一応って言わなかった!?」
おっと、口が滑ってしまった。先生なのだがつい、いつものような対応を浴びせてしまった。気をつけなければ。
「おうよ。仲良くなるのに、愛称は大事なことだと俺は思うんだよ。タツも使っていいぜ」
「あはは……遠慮しとく」
確かに、あだ名というのは人との距離感を縮めるのに多いに有効だ。達志も昔、同級生をあだ名で呼ぶことでお互いの距離を縮めたものだ。
だが、ヘラクレスのような呼び方は……リミたんだのルアっちだのゆかりんだの、ヘラクレスのキャラだから許されているようなものだ。達志がそう呼び出したら、キモいだろう。
「あ、タツシ様となんだか楽しそうな話してますね!」
達志の周りに、どんどん人が集まってくる。先程まで達志型彫像を作っていたリミだったが、どうやら楽しげな雰囲気を察してこっちに来たらしい。
凍りついた地面を、スケートのようにすいーすいーと滑ってくる。
「なんの話ですか?」
「リミたんの魔法がすごすきてタツが惚れちまいそうだって話」
「「なっ?」」
話に混ざろうとするリミに説明しようとするが、その前に言葉によって遮られる。驚きの声を上げるのは達志とリミ。
二人とも同じく驚愕を味わいながらも、その様子は全く別々のものだ。
達志はただただ驚愕。リミは、驚愕しながらもその言葉の意味を飲み込んだのか、頬を桜色に染め上げている。頬を両手で押さえて……
「い、今の話本当ですか?」
「えっと……魔法がすごいってのは確かだけど……」
キラキラと輝く瞳から、思わず視線をずらす。どう答えるべきか悩んでいるところに、ひとまず本当に思っていた部分があることは肯定する。
その後すぐに、台詞の半分を訂正しようとする、が。
「そ、そうですかぁ……えへへぇ……」
とても嬉しそう。ふにぁ……と崩れた表情。そんなリミを見て、実は嘘ですなんて言えるものか。これでは、まるで料理の時と同じだ。耳や尻尾の動きが大忙しだ。
「ま、まあいいか……」
自分が惚れてしまいそうだなどと、リミにとって迷惑な話だと思ったが、どうやらその心配はなさそうだ。魔法がすごい、の部分に気をとられているのだろう。
「ふへぇ、私が一番だなんて……」
「いや、そこまでは言ってな……」
「ちょっと待ったぁ!」
思考がどんどん飛躍していき、一人でどこかへ行こうとしていたところへ待ったをかけたのはルーアだ。その言葉に戻ってきたリミを見てから咳払い。
「聞き捨てなりませんねぇ。一番? ……確かにリミの魔法の腕は本物です。超すごいです。頭の出来が残念なことや、魔法技術以外にはポンコツであるとしても、魔法の腕だけはピカ一です、それは認めます」
「お前さ、貶すかべた褒めにするかどっちかにしようぜ」
「だがしかぁし! 一番というのは聞き捨てなりませんねぇ、えぇ!」
熱く語り、ビシッとリミを指差すルーア。その瞳には闘争の炎が灯っており、まるで「一番は私だ」と言っているかのようだ。
「んじゃあルーアも魔法はすごいんだ? ふーん」
「もちろん! ……って、信じてませんね!」
そりゃあ、強大な力だの混沌だの封じているだのと中二全開の少女にそんなことを言われても素直に響いてこない。
「いいでしょう! そこまで疑うなら我が封印されし力、見せてあげましょう!」
怪しく笑い、力を解放すると宣言。すると気のせいか、周りの生徒がざわつきだしたような……
だがそんなことはお構い無しに自らの眼帯に手をかける。リミや由香からストップの声がかかるが気にしない。一体、何をそんなに慌てて……
「ふふ、見るがいい! 見せてやろう、我が真の力! ……封印されし力、我が望みに応えたまえ! すべてを焼き尽くす漆黒の炎となりて今、我が力を解放せん! えぇと……"ファイアー・ボム"!」
「お前今名前考えたろ!」
若干引くぐらいにテンションの高いルーアは、眼帯を外し今思いついたであろう名前を叫ぶ。せっかくノッてきたのにちょっと残念だが。そんな気持ちになりつつ達志は言葉を失う。
なぜなら眼帯の下………露になった左目が赤く輝いたからだ。だがそれは一瞬。次の瞬間には、正面にある十を超える達志型彫像が爆発に巻き込まれ、粉々になっていた。
「私の作ったタツシ様型彫像がぁあああ!」
大規模の爆発は彫像を粉々に焼き払うだけに飽き足らず、威力を死なせないまま爆風を広げていく。それは当然、離れた所にいた達志達にも襲い掛かってきて……
「うぉおおお!?」
このままじゃあの漆黒の炎に巻き込まれる。そう思った瞬間、リミが氷の防壁を展開。
直撃は避けるものの熱気までは防げず、しかも炎の威力が高すぎるのか徐々に氷の防壁にひびが入っていき、溶けてもいる。
「ぬぅうううう……せいや!」
だがリミは諦めない。爆発の中心点を睨みつけ、そこを氷のドームで幾重にも覆う。そのおかげで爆発の威力は抑えられるが、代わりにリミにかかる負担は桁違いだ。
氷のドームが壊れないよう力を込め、爆発の力が死ぬまで待つ。数秒か、数分か。どれほどか忘れてしまう時間が過ぎ、やっとのことで漆黒の炎はおさまる。
リミがほっと一息ついたとき、周りから歓声が上がる。
「お、ぉぉ……死ぬかと思った……サンキューリミ」
腰を抜かした達志は、それでもリミにお礼を告げる。それだけで、リミは他の誰にお礼を言われるより嬉しくなるのだ。
さて……突然の魔法の、段違いの規模に驚き続けている場合ではない。いろいろと言いたいことはある。だがまずは、この事態を引き起こした張本人を問い詰めるのが先だ。
と、いうことで……
「ぐえっ!」
「何やってんのお前ぇ!?」
逃げようとしていたルーアの首根っこを引っ張り、肩を掴んで逃がさない。当のルーアはというと、気まずそうに視線をそらしていたが……
「た、タツが言ったんですよ!? 私の魔法を見たいと!」
「言ってねえよ! 確かにそんな空気は出してたかもしれないけど、見たいとは断固として言ってねえよ! それに……思わねえじゃん! ルーアの魔法にこんな威力があるとか!」
ルーアの魔法の威力について、疑いを持っていたのは確かだ。だがこんな威力があるなど、誤算もいいところだ。
「っていうか、何その眼帯! 中二設定キャラが付けてる眼帯って言ったら単なるファッションってのがお決まりだろ!? 何マジで力封印しちゃってんの!?」
「知りませんよそんなこと! タツが勝手に思っていただけでしょう!」
あわや大惨事の爆発、それを防ぎみんなから賛美を浴びせられ騒がれるリミの後ろで、別の騒ぎを起こしている二人がいた。
そんな様子を見ながら、ヘラクレスと由香はため息を漏らすのであった。




