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【リメイク連載中】目が覚めたら世界が異世界っぽくなっていた件  作者: 白い彗星
異世界召喚かとテンションが上がった時期が俺にもありました
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目覚めと魔法



 目が覚めたら、目の前にはファンタジー要素満載の犬顔の獣人。くわえて、寝ている間に十年もの時間が経ったと言われて、誰がそれを受け入れることができよう。


 マンガやラノベじゃあるまいし、こんなのはありえない。これは、夢だ。


 現状を、そう結論付ける。これはたちの悪い夢で、いやにリアルな夢なのだと。


 だが、頭に響くズキズキとした痛みが、鼻に残る薬品の匂いが、点滴によりチクチクする腕の痛みが……これは夢ではない、と訴えかけられているよう。



「イサカイさん、いきなりで混乱しているでしょう。休んでください」



 ベッドに身を投げだし、呆然とする達志にかけられるのは、彼を気遣う優しき言葉だ。混乱……それはそうだろう。これで落ち着けというほうが無理だ。


 が、これを素直に受け入れられるほど、今の達志の心は平常にない。それに、その言葉をかけてくれる人物こそが、達志の混乱の一端を担っているのだからその台詞もたいした意味を持たない。


 もしもこれが夢でないとしよう。信じがたいが、これを現実と捉えることで発想を転換させる。別の角度から考えれば、見えてくる答えも変わるかもしれない。



「……まさか、今、はやりの……異世界、召喚、って……やつか?」



 頭を抱えて考える。脳裏に浮かぶのは、この非現実を丸めて解決できる魔法の展開…異世界召喚だ。声がだいぶ楽になってきた、という嬉しい気持ちは今は仕舞っておこう。


 達志の趣味は、読書。何を隠そう、達志の愛読書は専らマンガやラノベだ。ジャンルは様々だが、その中では今や主流となりつつある、異世界召喚物が特にマイブームだった。


 もしや、自分の身にも同じことが起きているのでは?男の子として、そういった展開に憧れたことは一度や二度ではない。


 可能性の呟きは、達志にしか聞こえない。急に黙り込んでしまった患者に不安げな獣人ナースだが、そんなことに気を取られている場合ではない。


 もしもこれが異世界召喚なら、目の前の獣人にも納得がいく……のだが。



「まさかね……」



 考えて、否定する。マンガやラノベじゃあるまいし、現実世界でそんなことはありえない。そんなのはフィクションだけの話だ。バカバカしい、と己の見解を否定する。


 やはりリアルすぎる夢なのでは。起き上がり、頬をつねる。痛い。頬をビンタする。痛い。この行動も、何度繰り返したかわからない。


 度重なる達志の奇行に眉を潜める獣人ナースだが、その様子にも気付かず達志は獣人ナースに言う。至って真剣に。目をまっすぐに見て。



「すみません、俺の頬をぶってください」


「……はい?」



 真面目な表情。それに身構えていた獣人ナースは、突然の依頼に思わず間の抜けた声を出す。起きたばかりの患者に、俺をぶって、などと言われればそれも当然だろう。


 達志の瞳に迷いはない、真剣そのものだ。



「……どうしましょう。目覚めちゃったのかしら……二つの意味で」



 俺をぶって、など、イケない趣味に目覚めてしまったのか。眠りから目覚めたこととMに目覚めたのではと二重の意味を掛け案ずる獣人ナースと、失礼なことを考えられている気がすると眉を潜める達志。


 だがそんなことよりも達志は、すがる。もっと強烈な痛みならば、この夢も覚めるのではないかという思い……いや希望に捕われている。


 だが残念ながら、自分で自分を痛める行為にはどうしても制御がかかってしまう。ましてや今は寝起き。


 看護する立場として、いくら患者の頼みとはいえぶつのは気が引ける。とはいえ必死の懇願、説得にやり込められてしまった獣人ナースは諦め、達志にビンタする。


 が、それは軽い、触れるだけのもの。


 当然そんなものでは納得できない達志。



「こんなんじゃ足りません! もっと! 本気で!」



 やはり目覚めたのではないかと思える達志の言葉に、若干引き気味の獣人ナースであったが、真剣を宿す瞳に、こちらも本気で応えるのが誠意だろうと理解する。患者の願いを、聞き入れるために。



「……わかりました」


「じゃ、思いっきりたのぶべら!」



 よし来い、と気合いを入れる。……その覚悟を決める直前、頬を物凄い衝撃に襲われ、頭が壁に減り込んだ。



「あぁ! 申し訳ありません!」



 自分の行いに、看護師は青ざめる。何せ、患者が壁にめり込んだのだ。いくら頼まれたとはいえ、これはやり過ぎだろう。


 すぐに達志の頭を引き抜くが、その頭からは当然ながら血が流れていた。達志の意識は既に朦朧だ。



「まあ、何てこと! 今治療します!」



 青ざめていた顔は、しかし次の瞬間には、看護師としての表情に戻る。患者を前に、私が慌ててどうする、と。慌てている隙などない。


 目の前に傷ついた患者がいるなら、看護師としての己の責務を果たせ。……傷つけたのも己だが。


 ベッドに達志を寝かせ、血が流れている頭に手をかざす。目を閉じ、意識を集中。するとその手には、淡く輝く桃色の光が纏い……達志の頭を包み込んでいく。


 温かな、そして優しい感覚。痛みが治まっていき、次第に痛みは過去のものになる。


 朦朧としていた意識が覚醒した頃には……先程まであった頭の痛みがなくなっていることに、達志は気付いた。


 触ると少しズキッと頭が痛むのだが、それでも壁に頭を突っ込んだとは思えない状態だ。壁に頭を突っ込む前と、ほとんど変わらない状態。



「あ、あれ?」


「こっちも」



 困惑する達志を尻目に、獣人ナースは次に、達志の頭がめり込んだ壁に手をかざす。すると先程と同じような光……今度はオレンジ色だが。


 それが壁を包み込んでいき……驚くべきことに、みるみる壁が傷つく前の元の状態に戻っていくではないか。



「……え、と……それ、は……」



 目の前の光景が信じられない。達志の頭が突っ込んだおかげで崩壊してしまった壁は、すっかり元通りになっている。目の前で何が起きたのか信じられない。


 達志はまるでロボットのような動きで首を動かし……獣人ナースに聞いた。



「あ、イサカイさんは初めて見たんでしたね。えっと、これは魔法、と呼ばれる力です。今イサカイさんにかけたのは回復魔法。そして壁にかけたのは復元魔法です」



 返ってきたのは、魔法、というファンタジーな言葉だった。それはまさに、マンガやラノベにある異世界に存在している力そのものではないか。


 今見たのが夢や幻覚でない限り、魔法と言った力が本物なのは間違いない。実際に傷が治ったのだ、壁が直ったのだ。疑いようもない、達志自身が証人なのだから。


 壁に衝突したおかげで完全に覚醒した頭で、今の魔法について考える。あんなひどい傷が治り、壁も直っている。そして彼女はこれを、回復魔法、復元魔法と言った。


 その言葉の意味合いからして、回復魔法は人体の傷を治す魔法、復元魔法は物体の損傷を直す魔法、で差し支えないだろう。どちらも文字通りの意味だ。


 魔法だなんて、やはりこれは夢か。だが皮肉にも、今の壁への激突で景色が変わらないということは、これは夢ではなく、現実の景色ということ。


 あれだけの痛みがあって夢から覚めないことはないだろう。


 疑いようのない魔法という超常の力。そして目の前には獣人。くわえて、これは夢ではない。これだけ証拠が揃えば、必然と答えが浮かんでくる。


 まさかこれは本当に、異世界召喚? それとも死後の世界?


 期待感溢れる想像、物騒な想像……あらゆる可能性が浮かぶ中、ただ一つ、確かなことがある。魔法なんて、獣人なんて…そんなファンタジー要素溢れるものは、現代社会には存在しない。


 つまりここは……



「ここ、日本じゃないだろ」



 日本……いや地球ではないどこかだ。俺の知っている現実と、そもそもの世界観が違う……と、達志は静かに思いを馳せた。そしてただ、乾いた笑みをこぼすのだった。

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