歓迎会と盛り盛り中二
「……と、いうわけで! イサカイ・タツシ君の転入、基復学を願いまして、かんぱーい!」
手に飲み物が入ったグラスを天に掲げ、口上を述べてから乾杯の一言。直後に、呼応するかのように周りもグラスを掲げ、「かんぱーい!」とクラス中から声が上がる。
その歓迎を受けている人物……勇界 達志本人は、その気持ちをありがたく思いながらもただただ困惑していた。なぜ、こうなったのだろう。
「ささ、タツシ君! ぐぐぐいーっと! さあさあ! あ、その前に何か一言!」
「お、おう」
口上を述べた人物に急かされ、若干引き気味の達志。今のやり取りのせいで周りからの視線を一心に受ける達志は、緊張を誤魔化すために咳払いを一つして……
「え、えー……ほ、本日はお日柄もよく、足下の悪い中……」
「だー、もうかったい! 校長先生か! 本日は晴れ! はいよし! じゃあかんぱーい!」
達志が何を話すか整理している中で、勝手に話が進んでいく。達志自身、お日柄もよく足下の悪い、などどんな口上を述べているのか自分に突っ込みたくなったが、簡略化され過ぎなのも問題だ。
とはいえ、二度目の乾杯コールにより、今度こそみんながグラスの中の液体を飲み始める。話したいのか話させたいのか、飲ませたいのか飲みたいのかはっきりしてほしいものだ。
それに思うところはあったが、ひとまずこの場は流れに任せよう。周りに従い、達志もグラスの中の液体を体内に補給する。
それは、紫の色をした液体。場の雰囲気や、細い持ち手があるグラスからワインと勘違いしそうだが、れっきとしたぶどうジュースである。
「イエー! タツシ君も、イエー!」
「い、イエー」
周りの連中と次々グラス同士を合わせ、達志の所にやって来たのは先程口上を述べた人物だ。達志にも同じようにグラスを傾け、周りに倣うように軽くグラスをぶつける。
キン、とガラス同士がぶつかる音が響く。
入っているのは同じくジュースなはずだが、本当は酒なのではないかと思えるほどにテンションが高い。酒に酔ったのではなく、場に酔ったのだろうか。
「しかしまさか復学早々歓迎会があるとは……驚いたよ」
クラスメート達と多少なりとも会話をすることに成功した達志は、周りから少し離れた席へと座る。
ジュースを飲み、持ち寄られたお菓子をつまみながら呟く。達志自身、まさかこういった催しがあるとは思わなかったため、今もまだ困惑気味だ。
「せっかくのタツシ様復学祝いです、むしろ当然です」
と、隣に座るウサ耳少女、リミがうんうんと頷く。ジュースをちびちび飲み、手に持ったスティック系のお菓子を食べる姿はまさに小動物そのものだ。
お菓子をカリカリカリ……と両手に持ちながら食べるリミを横目に、その言い分には達志も苦笑いだ。
達志の自己紹介が済み、ホームルームも滞りなく終わった後。達志の復学祝いとして、歓迎会が開かれたのだ。それも、授業の時間を使って、だ。
ホームルーム後の一時限目を丸々、達志の歓迎会にあてがっている。達志にとっては予想もしていなかったことだ。
「まあ嬉しくないことはないんだけどさ。当然ってほどでも……」
「やっほっほー、お二人さん飲んでますかー?」
そこへ、クラスメートらとグラス乾杯を一通り終えたのか、先程口上を述べた人物が近づいて来る。その人物を視線に入れ、達志はまたも苦笑い。
「飲んでますかって……そっちは飲み過ぎじゃない?」
「なぁに、これくらい飲んでるうちに入りませんよぅ」
台詞だけだと、飲み屋のそれに聞こえなくもないやり取り。両手にグラスを持ち、その中には半分以上の飲み物が入っている。ちなみに二つはそれぞれ違う飲み物だ。
その人物は、達志の隣……リミとは反対側に座る。自然と隣に座る人物に達志は動揺を隠せない。
さっきまで絶賛緊張中だったクラスメート相手、それも見知らぬ女子というのもあるだろう。
その少女は達志と同じ黒髪を揺らし、短めに切り揃えた髪型は見た目にもサラサラしている。そこに一本、ぴょこんとアホ毛が生えており、それが彼女の特徴の一つだろう。
高校生というには幼く見えるほどに小柄で、細身の体は良くも悪くもスレンダーだ。
藍色の瞳がこちらを覗き込み、その美しさに思わず息が詰まる。アホ毛以外にも身体的に特徴のある彼女だが、実はそれは些細な問題に過ぎない。彼女の一番の特徴、それは……
「えっと……カラナさん、だっけ」
「やだなぁ、気軽にルーアって呼び捨てでいいですよぉ。それかあだ名でも全然。ルーちゃんとかルアルアとか。そういえばさっきライムからは、タツって呼ばれてましたね。私もそう呼んでいいですか?」
「ぐいぐい来るな」
目の前の少女、ルーア・カラナは達志に、気兼ねなく話すように告げる。呼び名も呼び捨てやあだ名でも構わないことを告げ、さらには距離感を詰めてくる。
先程のスライムといい、このクラスはこういった集まりなのだろうか。
「別に構わないけど。じゃあ、ルーア。一ついいか?」
「何でしょう?」
「えっと……その、眼帯って?」
距離感を詰めてくるのはひとまず置いておいて、達志は気になっていたことを思い切って問い掛ける。問い掛けた内容こそが、ルーアの身体的特徴を聞いて一番に出てくるものだろう。
右目は藍色だが、左目はその瞳を見ることが出来ない。なぜならば、左目は黒い眼帯によって隠されているからだ。
「これ……ですか?」
「あ、話したくないならいいんだ。怪我とか病気とか、無理に聞くつもりはないから」
自らが付けている眼帯のことに触れられ、ルーアは一瞬ぽかんとする。左手でその眼帯に触れ、右目を閉じ何かを考えるような仕草。だがそれも束の間、微かな笑い声が出てきて……
「く、くっくっく……やはり気になりますか。どうしてもと言うなら、教えてあげましょう」
「いや、別にどうしてもってわけじゃ……」
何やら熱が入り始めたルーアの態度に危ないものを感じた達志は話を中断させようとする。が、それを聞き入れるはずのないルーアが、閉じた右目をカッと見開き……
「そう! この眼帯は、我が強大過ぎる力を封じるためのマジックアイテム! この眼帯を外した時、世界は混沌に陥るであろう。故に! 私はこの眼帯にて力を封じているのだ!」
「お、おう……」
急激なテンションの変わりようを見て、達志は確信した。これはあれだ中二病だ。せっかく座ったのに立ち上がり高らかに宣言している。
にも関わらず、クラスメートは誰も見向きもしない。つまり、オープン中二病ということだ。
ちなみに、最初に口上を述べていたことから察しがつくかもしれないが、ルーアは学級委員長というやつだ。中二病=内向的なイメージが達志の中に勝手にあったため、これには少し驚きだ。
そして、本人の感情の高ぶりに呼応するかのようにアホ毛がピコピコ動いている。どういう原理なのだろうか。
「ロリっ子委員長中二アホ毛か……属性詰まってんなぁ」
「ロリ言うな! あと誰が中二だ! 高校生だ私は!」
……ついでに頭の悪いも付け加えておこう。
「ま、今回は無礼講ということで見逃してあげます」
「そらどうも」
「ふふ……その様子だと、ずいぶん気が楽になったんじゃないですか?」
こちらの思惑を見透かすようなその表情に、思わず達志は胸を高鳴らせる。こちらの顔を覗き込んでくる上、距離も近いのだから仕方ないだろう。
その距離感とは別に、ルーアの言葉は達志の心に深く染み込んでいく。
「……確かに、な」
初めてのクラスで、見たことのない人達に囲まれて、緊張していた達志。しかし、それはこの歓迎会によりずいぶんと気が楽になっていた。
こうしてルーアと話せているのが、その証拠だ。他のクラスメートとはまだあまり話せていないが、この気持ちを持ち続ければ話も難しくはない……と思う。
「ごっほん!」
……と、背後から大きな咳ばらい。ルーアの方向に体を向けていたため、背後ということは……達志の隣に座る、リミが咳ばらいの主だとわかる。達志はゆっくりと振り向いて……
「リミ? どうしたの?」
「別に、何でもないです。ルーアさんとやけに顔が近いなとか、タツシ様が鼻の下を伸ばしてるなとか思ってませんから」
見るからに不機嫌なリミにその理由を問い掛けるが、返ってくるのは意味のわからないように見えてわかりやすいものだった。
要は、達志とルーアの距離が近いのが不機嫌の理由なのだ。だが、それでリミが不機嫌になる理由が達志にはわからない。
「べ、別に鼻の下伸ばしたりは……」
「それはズバリ、私のサキュバスとしての魅力がそうさせているのでしょう!」
「……はい?」
自覚なくとも、美少女に詰め寄られればそうなってしまうのかもしれない。無自覚の中でそうなっていたのかと、自らの顔を触る達志に投げ掛けられたのは、意外過ぎる言葉だった。
その台詞を告げた少女は、びしっ、と達志に指を突き付けていて……
「……ちょっと待て、今……俺の聞き違いじゃなければ、ルーア……サキュバスって言った?」
「そうですとも! 我が名はルーア・カラナ! 強大なる力を封印されし、可憐なるサキュバス美少女!」
「今自分で可憐とか美少女って言わなかった?」
またもテンションがおかしくなってしまったルーアを見つめながら、達志はただただ思っていた。……俺の想像していたサキュバスと、違う。
「いや、でもサキュバスってこう、あれだよ……こんな貧相な体じゃなくて、もっとこう……由香やセリニアさんがサキュバスって言われた方がまだ……」
「何かぶつぶつ言っていますが、とても失礼なことを言われているのはびしびし感じてきます」
「タツシ様、残念ながらこの貧相ロリがサキュバスなのは事実です」
「誰が貧相ロリですか! 物凄い毒吐かれた!」
もしや達志に対して嘯いているのではと思っていたが、クラスメートで達志よりも遥かに付き合いの長いリミが言うのだから間違いないだろう。
よもやリミまで嘘をつく必要はあるまい。
「ロリっ子委員長中二アホ毛サキュバス……ロリのサキュバスとか委員長中二病とかアホ毛生物とかやっぱ盛りすぎだろ」
「キャラ設定が盛り盛りで目立とうとしてるんですよ」
「口悪すぎでしょ! タツは気が楽になったとはいえ容赦ないし、リミに至っては何ですか設定って! そもそも設定言うならリミの設定だって全然違いますからね!」
「設定設定言うなよ!」
二人からの容赦ない評価に、ルーアは困惑気味だ。特に、リミからそのような評価を貰うとは思っていなかったのだろう。
リミはというと、達志と仲良くしているのがもやもやするので言動が刺々しくなってしまったのだが。
「というか……今の言い方だと、普段のリミってこんなキャラじゃないの?」
「えぇ! こんな容赦ないどころか、普段は無口クールなオーラを醸し出し、群れることを好まぬ一匹狼……いえ、一匹兎ですから!」
うまいこと言ったと思っているのか、台詞の後にどや顔を決めているのが腹が立つ。が、敢えてそのことには触れないこととする。
それよりも達志が気になったのは、普段のリミのキャラだ。
達志の前では天真爛漫な活発な少女なので、無口クールだなどととてもそんなイメージとは結び付かない。とはいえこれも、嘘をつく必要はないので真実ということだろいうことだろう。
ちらと、リミに視線を向ける。その視線に気付いたリミは、ポッと顔を染めて……
「た、確かにあまり誰かと話すことはありませんが……」
「それがこうも話上戸になすとは。これは場の雰囲気が原因だけではないと見ました。加えて、先程からの私に対しての反応から察するに……は! もしやリミは、タツのことがす……」
「わー! な、何言ってるんですかあ!」
リミ……と達志をちらちらと見つめながら、何やら確信めいたものを得たルーアは手を叩き、自らの推理を披露しようとする。
が、それを先読みしたリミは真っ赤になり慌てふためく。そして、その口を塞ごうと……
「……あ」
「あー……」
しまった、とリミが声を漏らした時にはもう遅い。目を閉じ手をわたわたと動かしていたリミが見たものは……全身氷漬けになっているルーアだった。
何が起きたかと唖然となる達志だが、依然リミが氷属性の魔法を得意としているのを思い出した。正しくは、火属性と水属性の魔法の複合であり、氷属性など存在しないのだが。
それを思い出し、これはリミの仕業であると思い至る。となると、何故いきなりルーアを氷漬けにしたのかその理由がわからない。
当のリミはというと、自分が何をしてしまったのかを理解していないのかさらに慌てている。どうやらリミにとっても無意識らしいが……
「無意識で氷漬けとか怖すぎだろ……」
本人が無意識でやってしまったことの結果が氷漬けというのは、笑えない。
「リミ、何でルーアを……」
「! し、知りません!」
無意識でも、リミがこうした事態を引き起こしたのには理由があるのだろう。その理由を問いかけるが、リミは答えない。とはいえ、その反応から心当たりがあるのは確かだ。
無理に問い詰めることはしたくないが……さすがにおとがめなしというわけにもいかないだろう。
周りにはこの騒ぎがバレているのかいないのかわからないが、誰かに注意されるよりもこの場にいる達志が注意すべきだろう。
だがそれよりもまず、氷の彫像となってしまった少女の救出が先だ。魔法を使った本人であれば、魔法をキャンセルも出来るはずだ。
そう考え、リミに声を掛けようとした。それと同時に……
「……何やってんだお前ら」
達志のものではない、男のものの声が聞こえたのだ。




