期待と不安と予想外
「……でけえ」
目の前に広がる光景に、思わず達志は声を漏らす。制服に身を包んだ達志の目の先にある建物は、以前達志が通っていた学校。
なんだか懐かしい通学路を通り、リミと共に歩き、ここへとたどり着いた次第だ。
そうしてたどり着いた校門前で、達志は立ち止まっていた。それもそのはず、達志の知る校舎とは、大きさが全然違うのだ。以前の大きさの、倍は以上あるのではないだろうか。
それに、光景を通る生徒の数も以前より増えているように感じる。その中には人間以外の生き物も当然ながらおり、みんながここに通っているのだ。
「ここ、ホントに俺の通ってた学校だよな……?」
「はい、そうですよ?」
達志やリミが着ている制服と同じものを着た生徒達が、続々と校門の向こう側へ。表に書いてある学校名も達志の知るもので、ここが達志の通っていた学校であることを疑う余地はない。
「まあ、俺ん家がああなってた時点で心の準備はできてたけど……」
達志自身、自宅があんな変貌を遂げていたからこそ、あまり驚かずにいられるのだ。自宅でさえああなのだから、他にも変わっている場所は多いだろう。
それも、複数の人数が通う学校なら。
「うし……行くか」
今日からここに通うのだと、再認識。軽く深呼吸をして、一歩先に待つリミと共に、校門を潜る。
「……なんか、見られてない?」
いざ決意を固めたはいいが……なんだか、視線を感じる。正確には、学校に近くなってきた辺りから感じてはいたのだが……学校につき、校門を潜ってからはより詳細に視線を感じる。
「タツシ様のイケメンぶりに、みな見惚れているのでは?」
「イケメンとかまだ使われてるんだ……そうなら嬉しくないこともないけど、どうもそういう感じじゃない」
十年経っても死語化していない単語を聞き、本当にそうであれは悪い気はしないと苦笑い。
だが達志自身イケメンでないことなどわかっているし、仮にそうだとしても周りからの視線はそういった対象に対するものではない。
「十年ぶりに登校する人間が珍しくて……ってわけじゃないだろうし」
達志が、というか十年ぶりに登校する人間がいることなど、教師以外は誰も知らない。故にこの視線は、もっと別のことなのだと。
「気のせいなのでは? タツシ様、久しぶりの大勢の人を前に緊張なさっているとか」
あくまで達志の気のせいではないかと告げるリミは、耳にかかった髪の毛をかきあげる仕草をする。すると、周りから「ほぅ……」と吐息が漏れるではないか。
そこで、ようやく気づく。この視線は達志ではなく……リミに向けられているものだと。視線を集めているのはリミで、隣にいた達志がそれを錯覚していただけだ。
つまり、リミはこの学校ではアイドル的な存在なのだろうか? 確かに外見はため息が漏れるほどの美少女だ。
もしかしたら、向けられる視線の中には隣にいる達志に対する嫉妬のようなものも含まれているかもしれない。
「知らぬが仏ってやつだな」
視線の意味に気づいた瞬間、居心地が悪くなる。自分に向けられる嫉妬の視線など、百害あって一理なしだ。
「どうしました?」
しかも、リミは視線の意味どころか、視線にすら気づいていない。これでは本人に直接言うわけにもいかないだろう。
「なんでもないよ。行こう」
とりあえず、早くこの視線から逃れたい。そのために足早に、玄関先へと向かう。ただし、達志がまず向かうのは職員室だ。転入生ということで、ひとまずは職員室に行くよう言われている。
転入する際に用意された上履きに履き替え、リミの案内で職員室に。学校の構造も、やはり変わっており広くなっている。
「ではタツシ様……名残惜しいですが、ここでお別れです。ですが、終わったら迎えに行きますから!」
一緒のクラスになれるとは限らない。もちろん一緒のクラスになれれば言うことなしだが、そうでない場合でも、迎えに行くことを約束。
達志にとっても、リミがいなくなってしまうこと、一緒のクラスになれないことは手痛いが、これに関してはどうしようもない。去っていくリミを見送り、達志は職員室へと入室する。
「失礼しまーす」
戸を開けるとそこには、やはり達志の知らない空間が広がっていた。まず思ったのは、広っ!だ。中にいた教員達は入ってきた人物を見、それに少々緊張する。
元々大勢の視線を受けるのに不慣れな達志にとって、今の時間は居心地のいいものではない。その時間を打ち破るように、声が響いた。
「お、キミが勇界 達志君だね?」
入ってきた人物、達志を呼ぶその声の主は、奥から歩いてくる。近くはない距離からよく自分の名前がわかったなという疑問は、目がいいのだろうかという答えで納得しておく。
……しかし、その答えは、別の答えにより塗りつぶされる。
「私がキミのクラスの副担任だよ」
「なっ……ぁ……」
なぜなら、達志の目の前に立つのは、達志にとって全く予想外であり、そして達志にとってとても身近な人物だったのだから。
「如月 由香です、よろしく」
……教師になったという、幼なじみである女性が、笑顔を浮かべて立っていた。
「ゆ、ゆかむぐ!」
予想外の人物の登場に驚くが、その達志の頬に両手を添えられる。いや、添えられるどころの強さではなかった。
「よ、ろ、し、く、ね」
有無を言わさず、笑顔を向けてくる由香に、達志はただ黙って頷くしかなかった。




