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【リメイク連載中】目が覚めたら世界が異世界っぽくなっていた件  作者: 白い彗星
異世界召喚かとテンションが上がった時期が俺にもありました
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数日ぶりだけど実際には十年ぶりの登校



 ……久しぶりに腕を通した制服は、サイズは変わっていない。それも当然だ。十年の月日が経ったとはいえ、達志の肉体の成長はあの頃から止まっている。


 制服のサイズが自然に変化するわけもなし、以前とそのままの姿となった。


 寝起きにセニリアの飛行浴を目撃し、先程までさよなとの会話を楽しんでいた達志は、今、制服に身を包んでいる。


 二度寝のタイミングを逃し、なんだかモヤモヤするこの気持ちをどうにかしたいという一心から制服を手に取った次第だ。



「……うん、相変わらずいい男だな。なんつって」



 大きな部屋に置かれた、豪華な姿見。女子でもないのだからいらないなと当初は思ったのだが、こうして自室にあるとそれを活用する習慣が育つ。


 当然ながら、最後に見た自分の制服姿と変わるところはなく、それに満足なような変わり身のない姿に少し残念なような。


 その場でくるくる回ったり、決めポーズをしてみたり。やることがないとはいえ、その行動はちょっと怪しい。その上、今や癖となった独り言をぶつぶつと呟いているのだから怪しさは急上昇だ。


 一人でないと絶対にやれない。



「……お、このにおいは」



 そうこうしているうちに、外から漂ってくるにおいが、部屋の中へと入ってくる。それは瞬く間に達志の鼻をくすぐり、食欲を引き立てる。


 セニリアの作る朝食が、もうじき出来上がる、ということだろう。


 食欲をそそられる香りは、キッチンから離れているこの部屋にも伝わってくる。この香りだけでご飯のおかずとしていけるだろう。


 香りだけなら、リミの料理も充分食欲をそそられるものがあったのだが……



「なんでこうも違うかねえ」



 香りは、どちらも格別なのだ。問題は、その味だ。あの一件以来、味を確認するまでは見た目にも騙されないと達志は誓ったのだ。


 その後食べたセニリアの料理は、文句のつけどころがない美味しさであった。リミがあれなので、私が上手くなるしかなかった、とのことらしい。


 そんなわけで、セニリアの料理は当たりだ。リミを食事係から外し、母と交代制にしたのは正解と言えよう。リミには、悪いが。



「んじゃま、行きますか」



 ポツンと一人しかいない部屋での独り言。当然返ってくる言葉はないものの、そんなことは気にしない。喋りたい欲求、喋欲が止まらないのたから仕方ないだろう。


 人間の三大欲求に、達志の場合もう一つ追加してもいいほどた。


 一人話題の(今となっては懐かしの)歌を口ずさみ、部屋を出てから階段を下りていく。とはいえ、ただの階段ではない。テレビでしか見たことのないような、大きくて長い、そして回転するような階段。


 螺旋階段というやつが、この家にはある。


 達志の部屋は二階に位置している。だが、そもそも家の大きさが一般的なものと段違いなため、素直に二階と呼んでいいものか甚だ疑問だ。


 まあ、あくまでこの家の、二階だ。リミの部屋も同じ階層にあるのだが、やはり家の大きさの問題で、隣に位置するお気軽な距離……にはない。


 そのリミの部屋の扉は閉じられており、おそらくまだ眠っているのだろう。というのも、普段通り学校に行くはずのリミが、復学準備で登校期間でなかった達志よりも遅く起きることがしょっちゅうだからだ。


 どうやら、朝は弱いらしい。その代わり夜は強いようで、達志と夜中まで語り明かしたこともある。


 そして母とセニリアの部屋であるが、両者とも一階に位置している。特に意味はないようだが、キッチンやリビングがある一階の方が、何かと便利とのこと。


 うまい具合に、家事組とそうでない組に別れたわけである。



「きょ、うのご、はんはなぁに、かなっ、と」



 独特なリズムをつけ、階段を下りきるとともにキッチンへと顔を向ける。そこにいるセニリアの、この位置からは背中しか見えないが、ジュウジュウと音を立てて料理を作っているのがわかる。


 ……朝からジュウジュウ、だと……



「セニリアさん」


「おやタツシ殿、来ましたか」



 声をかけると、一瞬その肩が奮え……セニリアは振り返る。そこには先程部屋で話した時の慌てまくりの女性の姿はなく、凛とした顔で料理を作る姿で立っている。


 なるほどこれだけでも絵になる人だ。



「……そのエプロンがあると特に、ね」



 こちらを向いたセニリアを正面から見る形になり、その格好に思わず言葉が漏れる。彼女は、料理用のエプロンを着用しているのだが……


 それは、桃色に彩られた色彩となっている。桃色の中に、水色のハートの模様が散りばめられている。率直に、可愛い系のエプロンと言えよう。


 それを、カッコイイ系のセニリアが着用しているわけで……



「……もう慣れたと思っていましたが……やはり、見られるというのは恥ずかしいものですね。それも、異性の方に」



 少しだけ頬を染めて、セニリアは答える。彼女の言い分は最もだろう。いつからエプロンをしていたのかは定かではないが、昨日今日の話ではない。


 少なくとも達志がここに戻って来てからは、エプロンを着用していた。つまり、達志がいない間、料理の時はいつもエプロンをつけていたのだろう。


 共に暮らしているみなえやリミは、身内や同性ということもあり、長い期間も手伝って羞恥の気持ちはだいぶなくなっていた。


 しかし、そこについ数日前に帰ってきた、身内でも同性でもない人間がいるとなれば話は別だろう。ようやく恥ずかしいのに慣れたのに、再び恥ずかしさ爆発だ。最も、達志にとってはその恥ずかしがる姿こそが眼復であるのだが。



「そんな恥ずかしがらなくても、似合ってると思いますよ?」



 本人が思うほど、変というわけではないのだ。もっと、堂々としていればいいのに。……とは、簡単にはいかないのだろう。


 ちなみにこのエプロン、深く追及したわけではないが、おおよその見当はつく。セニリアは、今現在の反応からなし。母も、可愛いものは好きだがさすがに年齢を考えるとなし。


 となると、残る見当者……このエプロンの購入者、もしくは選んだのは、リミだろう。それなのに、選んだ本人が料理出来ずエプロン着用の機会がないのはなんとも不運な。


 無論、見せたいからとリミがエプロンや着用したことはある。感想を求められ困ったが、似合ってると返したのは覚えている。


 あっさりしていたなとは思うが、まあ本当のことなので。逆に、母がこれを着たときの衝撃は忘れられない。リミの料理を食べたときといい勝負かもしれない。



「ところで……朝飯はなんですか?」



 このまま恥ずかしがるセニリアを見ているのも一興だが、漂う香りに、早く食べたいと主張するお腹がうるさくていけない。なので、話題をそちらへと移すことにする。



「えぇ、今日は特に頑張りました。カツ丼です」


「重くね!?」



 返ってきたのは、朝から食べるにしては胃にダイレクトアタックを噛ましてきそうなものだ。耳に届くジュウジュウという音の正体はこれか、と、揚げ物を油にて揚げている調理場に目を移して。



「タツシ殿の十年ぶりの登校ですので……勝負に勝つ、という意味合いを込めて」


「その風潮まだ残ってるんだ!」



 カツで勝つなど、ベターな洒落がまだ使われていたことに驚きつつ、朝から胃にきそうなそれを見つめる。もうほとんど完成のようで、油から揚げてご飯に盛りつけている。


 一つだけ器の大きなものがあるのは、男の子プラス景気付けにいっとけと言わんばかりの、達志への気遣いだろう。



「十年ぶりの登校、ね。」



 現実として、十年眠っていた達志は、他の視点から見れば十年ぶりの登校ということになる。しかし達志本人の視点では、十年も眠っていたため、数日ぶりという自覚しかないのだ。



「ではすみません、大変申し上げにくいのですが、姫とお母上を起こしてきてもらえませんか?」



 言葉通り、言いづらそうな表情でセニリアは告げる。起こしてきてなど、そんなに畏まる必要はないというのに。というか、達志に対してももっと砕けてもいいのに。


 それが、セニリアの性分なのかもしれないが。



「もちろん、承りました!」



 その後達志はリミの部屋へ。案の定眠ったままのリミを起こす際、近づいた際にいきなり抱きしめられたかと思えば締め上げられ、ようやく抜け出したかと思えば今度は腹にニ発。


 その寝相の悪さに悪戦苦闘しつつ、起こすことに成功。


 続いて母だが、どうやらすでに起きていたらしく、達志とセニリアの絡みが面白かったのでそのままにしていたとのこと。こうして、リビングには四人が揃い……



「いっただっきまーす!」



 景気のいい声が響き渡り、目の前のカツ丼を食す。朝からこんな重いもの、胃が受け付けないかと思ったが、そんなことはなかった。むしろすいすい口の中に入っていくのだ。



「うんめぇー!」



 ただ食べ切るだけでなくおかわりまでして、達志は食事を終える。


 その間セニリアは自分の作った料理を美味しそうに食べ切ってくれた達志に満足げに、リミは豪快な食事を行う達志にうっとりと、みなえはよく食べる息子に微笑ましげな表情を、それぞれが浮かべていた。


 ……食事を終え、あれだけの量にも関わらず腹八分目をキープ出来た達志は、休憩がてらテレビをつける。相変わらず馬鹿でかいテレビで、まるで映画を見ているようだ。


 暫しそれを堪能し、時計を見るといい頃合いの時間になっているのを確認。



「そろそろ、かな」


「はい、タツシ様!」



 登校するにはそろそろだろう。嬉しそうなリミは、達志と一緒に登校出来るというのを今か今かと心待ちにしているようだ。耳が忙しなく動いている。


 十年……達志にとって、事故の原因となった少女と。リミにとって、命を救ってくれた恩人と。


 交わるはずのない時間が交差し、二人は一緒に登校し、一緒の学校に通い、一緒の学年になる。本来ありえなかった時間が、今ここにあるのだ。


 母とセニリアが、お見送りのために玄関まで来てくれている。登校だけで大袈裟だな、と苦笑いしたくなるくらいだ。



「気をつけてね。緊張しないようしっかりね。ハンカチ持った? ティッシュ持った? お弁当は?」


「小学生か! ……だーいじょうぶだって。確かに不安がないわけじゃないけど……大半は今朝、気遣い上手のお世話焼きのおかげで解消出来たし、リミも一緒だからさ」



 今朝の、さよなとの電話を思い出し、隣に立つリミの存在を頼りに。……達志は、扉へ手をかける。


 そして、ドアノブを回し……扉を開いて、外へと一歩踏み出すと同時……首だけで振り返って、笑顔を浮かべる。



「いってきます!」



 その表情に、不安はなく……期待に満ちた笑顔で。

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