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【リメイク連載中】目が覚めたら世界が異世界っぽくなっていた件  作者: 白い彗星
異世界召喚かとテンションが上がった時期が俺にもありました
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朝早くの出来事



 ……達志が自宅に戻ってきてから、数日が過ぎた。


 リミとセニリアとは一つ屋根の下ではあるものの、これといったラッキースケベやドキドキイベントが起きることもなく、日々平和に過ごしていた。


 リミの料理を食べてから、それからは達志もリミが料理をしないようにうまく説得した。それはもう必死に。


 それでいて、必死にの理由がばれないようにうまく取り繕って。リミは不満そうではあったが、他でもない達志からの言葉には渋々ながらも従った。


 よって、それからはそれまで同様、みなえとセニリアの交代制となったわけだ。


 家のことはみなえとセニリアに任せ、達志は来る学校への登校への準備を進めていた。



「……んー!」



 目覚め、世界に驚き、退院し、帰宅し、我が家の姿に驚いて……正直まだこの世界の日常…俺にとっての非日常に慣れることは出来ていない。


 しかし舌の根も渇かぬ内に、次なるビッグイベントがやってきた。それは、休学扱いとなっていた学校への登校だ。


 十年も眠り続けていたが、リミ……というより、泣きわめくリミを見かねた父親の計らいにより学校には『退学』ではなく『休学』扱いとして届け出が出されていたようだ。


 思えば、まだリミの父親にはお礼に行っていない。行こうにも、リミが気にしなくていい、とやんわり断っているのだが……さすがに、その言葉に甘え続けるわけにもいかないだろう。


 近いうちにリミの両親に挨拶に行くことを誓いつつ、登校日であるこの日がやってきた。現在達志は、最後のチェックをするためにベッドから起きたところだ。


 この数日で、すっかり朝早起きの習慣がついてしまった。カーテンを開けると、そこから差し込む朝日が眩しい。


 さて、最後のチェックを終え、学校に行くための心の準備を整えなければ。そう思い、窓を開けて外の景色を眺めた時だった。



「……」



 ……翼を羽ばたかせ、空を飛んでいるセニリアを見つけたのは。彼女は一通り飛んだ後、近くの家の屋根に降り立つ。そういえば彼女はハーピィだと言っていたことを思い出しつつ、目の前の光景に言葉を失う。


 まだこちらには気付いていないのだろう、無防備にあくびをしたり背筋をのばしたら伸ばしたりしている。元々腕だった場所からは腕の代わりに翼が生えており、おそらくは腕が翼に変化したのだろう。


 大人らしく美しい妖艶な雰囲気を放っていたセニリアは、ハーピィの姿となっても雰囲気が変わることはない。むしろ、妖艶さが増したようにすら感じる。


 照らされる翼はまるで光でも散りばめられているのではないかというほどに輝いており、一枚の絵画のようにすら思える。


 思わず見惚れていた達志。しかしそれは、セニリアが達志の視線に気付いたかのような仕種でこちらを見て……二人の視線が交錯したことで、終わりを迎える。



「……」


「……」



 鳥のさえずりが、消えたかのように音が遮断され……二人の間を沈黙が走る。


 暫しの沈黙の後……達志は窓をそっと閉め、まるで何も見なかったかのように振り向き、さあチェックを開始しようと……



「ちょっと待ってください! せつ、説明させてください!」



 窓へと縋り付くように飛びついてきたセニリアの必死な声によって、達志は窓からセニリアを招き入れることになった。


 その時の、いつもはクールな彼女の表情と声色は忘れることはないだろう。



「……」


「……」



 ……一人で過ごすにはあまりに広すぎる部屋。それも、数日経てば当初よりは気にならなくなった。……とはいえ、やはりまだ慣れることはできない。


 それは、人数が二人に増えたところで同じことだ。



「……あの、誰にも言いませんよ?」



 無言の時間が経過してから、五分。この沈黙の時間についに耐え切れなくなった達志は、口を開く。


 余程恥ずかしかったのか、セニリアは終始無言でうつむいているため、形勢を変えるには達志の方から行動を起こす以外にない。



「ほ、本当ですか?」



 今まで俯いていたセニリアは、達志の言葉を聞くやその顔を上げ、こちらを見つめている。言い触らされないかが心配だったのだろう。どれほど見られたくない光景だったのか。



「良かった……実は、毎朝ああやって飛行浴をするのが日課で。姫も知らないことなんですが……誰かに知られるというのは、何だか恥ずかしくて」



 見られてしまったからか、安心した途端に語り出す切り替えの早さには驚きだ。先程まであんなに恥ずかしがっていたというのに。


 飛行浴……というのは、字面的に日光浴の飛行バージョンのようなものだろうか。それを恥ずかしいと感じるのは、ハーピィという種族だからかセニリアの個人的な感覚からか。



「そんなに恥ずかしがることないでしょうに。飛行浴中のセニリアさん、綺麗でしたよ」


「それは、どうも。しかし、そう思ってくださるのとこれとは別の話なので」



 意識して言ったわけではさない達志に、意識して捉えることもないセニリア。


 それからセニリアは、改めて達志に口止めを念押ししてから、部屋を去っていく。今日はセニリアが朝ごはんを作る番なのだ。



「あの人、意外と可愛い部分もあるんだな」



 今までクールキャラだった、しかも年上の女性の、ああいった面を見るというのは、達志としては非常に好ましい。


 ギャップ萌えというものは、ラノベ愛読者の達志にとって、現実に見ることができるというのはとても貴重だ。



「さて、朝からいいもん見れたし、準備も完了したし、心置きなく二度寝を……」



 セニリアのギャップを見届け、登校の準備の確認を完了し、朝ごはんができるまで二度寝に浸るとしよう。時間など関係なく、二度寝というのはいいものだ。


 何がいいって、とにかくいいものだ。二度寝をしたことのある人間なら、二度寝の良さがわからないはずはないだろう。十年眠っていた達志でさえそうなのだ。


 見るからに高級だとわかるベッドに戻り、そのふかふか具合を確かめる。まるで雲の上で寝ているかのようだ。実際に雲の上で寝た経験などないのだが。


 さて、感触を確かめたところで、再びベッドに横になり、二度寝の安眠としゃれ込んで……



 プルルルル……♪



 達志のスマホから、着信を告げる音が鳴り響く。それを無視……することは、達志にはできない。


 せっかくの安眠を妨害されたことに対する物言いたさはあるが……仕方がない。着信音を鳴り響かせているスマホを、手に取る。


 藍色のカラーをした、最新機種。しかしその最新機種というのも、十年前の話だ。


 十年前、最新機種のスマホを買った達志だが……それは、十年という時を経て、最新から『古い』ものへとなっていた。というか、携帯からスマホへと変化したように、今はまた新たな機種が存在しているのだろうか。



「さてさて、相手は……っと」



 浮かんだ疑問を、スマホから鳴り響く音に集中することで外へと弾く。気にはならなくもないが、それは今考えることでもないだろう。後々、機会があれば、覚えていれば誰かに聞こう。



「機械の種類を聞く機会……ぷふっ」



 ……十年眠っていたためだろうか。十年分の喋り足りなさを補うかのように、達志には独り言の機会がかなり増えた。傍から見れば少し危ない人だが、そんなことは達志の知ったところではない。


 偶然できた洒落に勝手に笑っているという、他人には見せられない姿だ。



「っと、着信相手は……さよな?」



 着信が鳴り続けているため、独り笑いも程ほどにスマホの画面に表示された名前を確認する。


 そこには、幼なじみである五十嵐 さよなであることを証明する『さよな』の名前が表示されていた。


 予想していなかった人物の名前に、達志は首を傾げるが、着信が切れてしまわないうちに画面をタッチ、電話に出る。



「もしもし?」


『あ、もしもし、達志くん?』



 電話口に聞こえる、聞き慣れた声。それは確かにさよなであることを表しており、思えば目覚めてから初めてもらう電話に若干緊張しつつ達志は応える。



『ごめんね、こんな朝早くに』


「いいけど……どしたの?」



 こんな朝早くに電話があったことにも驚きだが、その相手がさよなであることにも驚きだ。まるで、登校前のこの時を狙っていたかのようなタイミングで……



「……もしかして、学校のこと?」


『あ、そうなの。十年ぶりの登校だし、緊張とかしてないかなって……』


「過保護か!」



 返ってきた反応に、思わず電話口に突っ込んでしまう。なんの用かと思えば、まさか達志が緊張してるんじゃないかとの心配によるものだったとは……


 面倒見のいい性格をしているさよならしいといえばそれまでだが、それにしたって面倒見良すぎだろう。まさか朝早くから、登校への心配をされるとは思わなかった、電話口から。



「大丈夫だって。確かに多少緊張しないことがないでもないこともないこともないかもだけど」


『……ホントに大丈夫?』



 実際、十年経った学校に通うとなると言い様のない不安がある。なにせ、十年という月日も経つと、自分が知っている同級生、先輩や後輩は当然ながらいない。


 教師は残っているかもしれないが……果たして覚えていてくれるだろうか。


 その上、この十年で世界は大きく変わっているのだ。聞くところによると、異世界人である獣人なども数多く通っているとのこと。自分の知る世界とは、大きく異なっている。


 ……その気持ちを察してくれたのだろうか。電話の向こうにいる女性は、ホントに気遣いのできる幼なじみだ。だが、ここで素直に弱味を見せるというのも、なんだか恥ずかしい。だから……



「大丈夫だって。俺のことより……お前こそ、自分のこと考えろって」


『……私?』


「猛に好きって言ってないだろ」



 ……だから、話題を切り替えた。照れ臭い気持ちが伝わらないために。


 ドンッ、ガラガラガッシャン! と、一体何が起きたのかというほどに大きな音が聞こえる。達志の発言は、どうやらさよなには効果抜群中の抜群だったらしい。



『なっ、なな……』


「二人の様子見りゃわかるって。付き合ってるどころか、二人の間には何の変化もないってのが」


『な、何言って……』


「え、だってさよな、猛のこと好きじゃん?」



 ……再び、激しい音。好きだと言い当てられただけで、動揺しすぎではないだろうか。あのさよなが、こうも取り乱すのも珍しい。見えないけど。



「……あー、もしかしてさよな、バレてないと思ってた?」



 それならば、さよなの態度もまあ納得だ。自分が想いを寄せている相手がいることを、その相手が知られているということも、当人からすればそれは驚きだろう。


 さよなは当然、自分が好きな人がいるということも、それが誰かというのも伝えていない。


 うまく隠してきた自信もある。好意を向けられる猛はもちろん、由香も気づいてはいないだろう。三人の中で、気づいたのは達志だけで……



『……達志くんって、ホント自分のこと以外には鋭いよね』



 おそらく、電話の向こうにいるさよなは、今頃赤面していることだろう。こんな反応が見れるなら、以前家に来た時にでもに言えば良かった。直接見れないのが惜しい。



「自分のこと以外……?」


『なんでもないよ。とにかく私はその……タイミングを見計らってるの』


「十年も?」


『……』



 暫しの沈黙。その後、どちらからともなく笑い出して……



「いや、悪い悪い。からかうつもりじゃなかったんだけど」


『……まったく、もう。私の話は今はいーの』


「まあそう言うなっての。お互い、頑張ろうってことでさ」



 予想以上のさよなの慌てっぷりを楽しんだが、それを無理矢理にいい話で締めようとする。電話口から嘆息が聞こえる。その相手に、先程ごまかしてしまった想いを伝えようと決意して……



「……わざわざありがとな、さよな」


『……うん。じゃ、まあ……お互い頑張ろうってことで』



 それぞれ、お互いの気持ちを交換して……電話を切った頃には、達志の中にあった緊張感はさほど大きくはなくなっていた。結局は、さよなの気遣いに助けられたということか。


 二度寝の気持ちもすっかりなくなってしまい、さよなとの会話で心に落ち着きが生まれて……達志は、一足早く、十年前と変わらぬ制服に腕を通していく。

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