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【リメイク連載中】目が覚めたら世界が異世界っぽくなっていた件  作者: 白い彗星
異世界召喚かとテンションが上がった時期が俺にもありました
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運命の食事会



「じゃ、俺そろそろ帰るわ。急な仕事が入ってな」


「わ、私も……」



 ごく自然に、この場を去ろうとする、リミの発言があった途端の不自然な言葉と行動。その矛盾に目を光らせ、二人の肩を掴んだのは達志だ。彼はその顔ににっこりと笑みを浮かべ……



「まあまあ二人とも、連れないこと言うなってー」


「は、放せ達志、俺は……」


「そ、そうですよタツシ様。残念ですが、お仕事なら……」



 二人を逃がすまいと肩を掴む達志の手は、正直な話振り払おうと思えば簡単に振り払える。


 体力が戻ったとはいえ、それは日常生活を自分の力である程度送れるようになっただけのこと。今肩を掴んでいる手の握力なんか、およそ高校男子のそれとは思えない。


 無論、達志がただ手を置いているだけなら別だが、笑顔を浮かべながらも眉を潜めているその姿は、手に力を入れているのだろうことは予想できる。


 それでこの力なのだ。そしてそんな彼の手を振り払えるほど、二人は非情な人間ではないわけで……


 だが、二人の言うことが真実ならばこの足止めは全くの無意味、どころか邪魔だ。それを信じているリミは、耳を垂れさせながらも仕方ないと訴えかけているのだが……


 達志は、そんなことはお構いなしとばかりに、二人の耳に顔を近づけていき……



「急な仕事って、嘘だろ」


「っ……」


「タイミングが不自然すぎるし……何より、俺が二人の嘘を見抜けないと思ったか?」



 リミが料理を作ると言ってからのその言葉。それに何より、幼なじみである二人の嘘を見抜けない達志ではない。昔から、妙なところで勘のいい奴だと言われていたのだ。


 嘘を突き通す……という選択肢は無駄と判断したのか、二人は観念したようにため息を漏らす。



「リミ、二人とも仕事なくなったって」


「ほ、ホントですか!? じゃ、人数作りますね! 腕がなります!」



 聞いた瞬間、垂れていた耳がピンと立ち上がる。頬を赤く染め、手を握るその姿は見ていて癒される。


 予定通り五人分……リミを入れ六人分の食事を作るために、彼女はリビングへと駆けていく。その背中に、「まっ……」と声をかけたみなえの声を達志は聞き逃さなかった。


 待って、と言いかけたのか。


 そして、リミがいなくなった広間。声をかけたみなえや、帰ろうとしていた猛、さよな……それどころか、従者の立場であるはずのセニリアまでも顔を青くしている。


 その面々を見て……二人が急遽帰ろうとした理由が、確実性を増していくのを感じる。


 そして、その理由を確かめるために達志は……



「……そんな、まずいの?」



 聞いた、本人を前にしては言えないことを。料理を作ると言った直後の行動があれなら、可能性は一つだ。それに対して返ってくるのは、暫しの沈黙。


 これは無言の肯定というやつか……そう、思っていたところへ、目の前の猛が口を開く。



「……あぁ、正直、かなり……って次元じゃないレベルで」



 それは、この場に本人がいなくとも言いづらいことを言う者の顔をしていた。しぶしぶ、という風でも、苦虫を潰したように顔を歪ませて、というのとも違う。


 半ば諦めが入った、表情で。



「……マジでか」



 猛の表現が大袈裟でないのは、この場の誰も否定しないことから明らかだ。猛、さよなは元より、先程声をかけかけたみなえ、そして無表情ながら青ざめた表情のセニリア。


 なんとも珍妙な光景であった。



「猛はともかく、母さんやさよながフォローもしないとは相当だな」


「おい」



 基本、みなえとさよなは気遣いの出来る女というやつだ。その二人が揃いも揃ってフォローすらしないとは、単にまずいだけでなくフォローしようもないまずさなのか。



「セニリアさん?」


「……以前言ったことがありましたよね。姫は魔法技術以外ポンコツだと」



 リミの一番身近な存在に視線を向ける。それに対し告げるのは、以前達志に話したこと。……それは、リミか己の魔法を、氷属性だと勘違いしていた時だ。


 あの時は辛辣は言い回しだなと思ったのだが……それはどうやら、大袈裟でもなんでもないらしい。それは三人の様子が物語っている。



「それ、頭だけじゃなくて料理ってカテゴリーも含まれてたのね」


「あれで、ホント嬉しそうに料理するんだから、面と向かってまずいなんて言えねえよ」



 物おじしない性格であるさしもの猛も、面と向かっての発言は躊躇されるようだ。嬉しそうに料理、とは、実際に見なくても目に浮かんでくるようだ。


 さっきだって、帰ろうとした二人に自分の料理を食べてもらえるとわかっただけであの反応だ。今頃鼻唄でも歌いながら作っていることだろう。



「でもさ、そんなに……まずいってんなら、今誰か見てなくていいのか? 何か変なことしそうになったらアドバイスとか……」


「この十年、それを試さなかったと思う?」


「……ですよね」



 達志でも思いついたことを、みなえが……それも、十年もの間実行しなかったとは到底思えない。それでもみんなの反応がこれということは……そういうことなのだろう。



「加えて言うなら、姫が料理出来る年頃になってから、私が指導はしたんですが……」


「それが、どうして……」


「わからない! わからないのよ! レシピは間違えてない! 変なものを入れないように一瞬も見逃してない! それなのに、あの子上達しないのよ……!」



 膝から崩れ落ち、おいおいと手で顔を覆っている姿はまるで泣き崩れてしまったかのよう。泣き崩れた母の姿に、大袈裟だとは言えない。


 己の力及ばず上達しないというのは、自身に責任を感じるところでもあるのだろう。


 レシピは間違えていないし、変なものも入れてない。なのにまずい。……これはもう、一種の魔法なのではないかと思うほどだ。



「これまでは、私とセニリアさんで交代制にしてきたけど……」


「タツシ殿に食べさせるから自分が作ると言って聞かなそうですね」


「あれ、俺の責任になってる?」



 リミの料理の腕前を知ってからというもの、これまではみなえとセニリアの交代制で食事を作ってきた。


 しかし達志に喜んでもらいたいと奮闘する彼女は、これから食事制に割り込んで来る可能性は大だ。


 それを思うと、これからの楽しいはずの食事風景が地獄に変わる。この短時間で何度目かになるかわからないため息が漏れ、空気が淀んでいく。


 ……それにしても、無表情ながらセニリアが一番、この中で危機を感じているように見える。



「なんかセニリアさん……すげー嫌そうっすね」



 嫌そう、とは直球過ぎたが、他に言葉が見つからなかったのでしょうがない。達志の問い掛けに、従者ながらにリミには辛辣なセニリアはどう反応するか……見守ろうとして……



「えぇ、嫌ですよ!」



 ……見守る覚悟を決める前に、めちゃくちゃ意志のこもった言葉を吐かれた。これまで冷静女なイメージの彼女がこうも取り乱すとは……



「姫が料理を作れるようになってから……私は、いつもその料理を食べさせられてきました。その度にまずくてまずくて……でも、その度に笑みを浮かべながら聞いてくる天使のような姫に、まずいなんて言えるはずもない。

 まずいのに美味しいと言うしかないんですよ! するとどうですか! 次々次々と毎日のように料理を出してきて。あの天使のような悪魔が……くそまずいあの料理を……」


「わ、わかった。わかりましたから、くそまずいとか言わないで」



 まずいまずいと連呼するどころか、挙げ句くそまずいと言い出したセニリアを慌てて止める。誰か止めるまで止まりそうになかった。


 吐き出すものを吐き出したからか、その頬は赤く染まっており、肩で息をしている。少し涙目になっているとことか、どれだけ嫌なんだ。


 その姿は妙にそそるのだが、理由が理由だけに複雑だ。



「……失礼、少し取り乱しました」


「少しどころじゃないと思いますけど」


「まあ、この人がこうなるくらいアレってことだ」



 ここまできても誰もフォローにすら入らないのが凄い。正直、最初は怖いもの見たさがあったのだが、ここまで言われるとその気持ちも引いてくる。


 しかし、今料理を作っているリミを置いて逃げることなど出来るはずもない。



「料理出来ないアニメヒロインとかテンプレだけど、完璧に見える彼女にこんな欠点がってところにギャップ萌え感じるじゃん?」


「アレを食べてまだそんなこと言えるなら俺はお前を尊敬するわ」



 少しでも気を紛らわせようとしたが、ダメらしい。そんなのはフィクションの世界だけなのか、それともそれはギャップと呼ぶにはマイナス過ぎるということなのか。


 ……リミの料理をついにアレ呼ばわりしたことから、おそらく後者だろう。



「くそ、せっかく逃げられると思ったのに……」


「お前、それ本人聞いたら泣くぞ」


「こんなことなら、初めのうちにまずいって言っときゃ……無理だな」


「無理ね」


「あの天使の前にはそんな残酷なこと言えません」


「セニリアさんはリミを嫌いなの好きなのどっちなの?」



 正直に言うことも本人のためだと思うが、それすら出来なかったということだ。リミが可愛いというのは認めるが……セニリアくらいはしっかりしてほしい。


 それとも、辛辣であるが実は駄々甘なのであろうか。



 達志以外が知っているリミの料理の内容に、必死に想像力を働かせるが、所詮は想像。現実はどんなものかわかったもんじゃない。……と、そこへ漂ってくるのは……



「……お?な んかいい匂いじゃん」



 肉が焼ける、ほのかに塩の香りが利いた、なんともいい匂いだ。


 他にもいろいろと混ざっているが……香りは互いの邪魔をするどころか、それぞれが自身の、そしてそれぞれの持ち味を引き出している。



「なんだ、美味そうじゃん。脅かしやがっ……」



 この香りで、まずいわけがない。ひどく脅かしてくれたものだ。これは物申さなければいけないと、みんなの顔を見た時だった。言葉が、途切れる。なぜなら……



「…………」



 みんながみんな、表情が暗いまま。それどころか、さらに青くなっているようにも思える。まるで、「ついに来てしまった……」とでも言っているかのように。


 このいい香りが部屋を満たしても、尚。そして……



「みなさーん! 食事の用意出来ましたよー!」



 ……運命の食事会が、幕を開ける。

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