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【リメイク連載中】目が覚めたら世界が異世界っぽくなっていた件  作者: 白い彗星
異世界召喚かとテンションが上がった時期が俺にもありました
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退院して見た景色は大きな樹と大きな家



 ……あれから三日の月日が過ぎた。その間も、達志の下を訪れる人がいない日はなく、そしてリハビリを怠ったこともない。その結果、体の様子は順調に回復していった。


 歩くだけで息切れを起こしていた体力の低下も、今では普通に歩き回れる程度には回復している。


 もちろん達志の努力の結果もあるだろうが、それ以上にやはり、魔法の効果によるものが大きい。


 固まってしまった筋肉を、以前の状態に戻したりとサポートしてくれたりもしたのだ。そして……



「ん、くぁ……ふわぁ」


「何だらしない声とあくびしてんの」



 今、達志は荷物を纏めている最中だ。荷物といっても、入院中の暇つぶしなどで、そこまで大荷物でもないのだが。荷物を持ち、改めて病室を見回す。


 達志にとってはたった数日でも、実際には十年間お世話になった病室。そして、この病院。


 そこと今日、お別れすることになる。さっさと退院してしまいたいとは思っていたが、実際にそうなると中々に感慨深いものがあるというものだ。


 部屋を出る直前、足が自然と踏み止まり……次の瞬間には、部屋に向かってお辞儀をしていた。十年間、共に過ごし見守ってくれた部屋に対して……


 ふと我にかえり、見られていたことに対する恥ずかしさを覚えながらも足早に歩いて行く。



「ほら、忘れ物ない? お腹空いてない? やっぱり荷物持とうか?」


「だー、子供か! んなもん大丈夫だから、一々母さんが心配することじゃないっての」



 病室を後に、歩いている途中、母からの心配の声は止まらない。息子を心配するその姿に、以前なら鬱陶しさを感じていただろうが、今ではありがたくすら思う。恥ずかしいため口には出さないが。


 それにしても、以前から心配性だったのが、相変わらずどころかむしろ悪化している気がする。仕方ないといえば仕方ないのだが。



「ご心配なく。忘れ物というほど持ち物ないし、朝飯食べたばかりだし、荷物だってこれくらい持てる」


「そうですよおばさん、ある意味これもリハビリの一環ですよ」


「でも心配なのは心配なんだから……」


「そうよ? 強がって、そのうち腕折れちゃうんじゃないかとか……」


「怖い想像するな! そうなりそうなくらい辛かったらさすがに言うよ!」



 飛躍したみなえの想像に突っ込んだところで、はっと達志は口を押さえる。ここはまだ病院の中なのだ。あまり騒がしくしてはいけない。



「なに騒いでんだよ達志よぉ」


「うっせ」



 まるでからかうような言葉に、達志は隣を歩く男性を見る。拗ねたような達志の目線にも気にすることなく、男性……茅魅 猛は笑みを浮かべている。


 以前からそうだったが一段と身長が高くなり、達志にとっては見上げないといけない。この場にいるのは、達志の退院に付き添いに来たからだ。


 その反対、達志の隣を歩くみなえの隣を歩く、五十嵐 さよなも同様だ。二人は、ちょうど仕事がなく予定が空いていたたために駆け付けた次第だ。


 猛はともかくとしても、一番病室を訪れていたさよなの仕事の状態が気にはなるが。ちゃんと仕事あんのかな。


 そしてこの場にいない幼なじみ、如月 由香は、どうやら仕事らしい。今日は平日な上に、教師という仕事に携わっているのだから来れないのは当然ともいえる。


 由香としては、無理言って休みを取ってでも来たかったようだが…それは達志が却下した。わざわざ仕事を休んでまで来てくれなくても、それは嬉しいが悪いから。


 それは、学業に身を焦がすリミにも同様だ。予め、学校を休んでまで来なくていいとは言っていたのだが……その際、なにを言い返されるでもなく、「わかりました」と納得していた。


 自分から言っておいてなんだが、リミのことだから是が非でも来ると言い出しそうだったので、意外ではあったが。



「あ、先生」



 病院の出入り口に着いた時、目の前にはこの十年間お世話をしてくれた、ウルカの姿があった。


 隣には看護士が立っており、彼女は確か達志が目覚めてから初めて目にした異世界人だ。彼女も、達志のことを度々看てくれていたのだのだとその後知ったのだ。



「タツシ君、退院おめでとう」


「先生……ありがとうございました。先生のおかげで、俺……なんてお礼を言っていいか」


「いやいや、キミの努力の結果だよ。それに、退院とはいっても経過報告のために通院はしてもらうから、お礼にしてもまだ早いよ」



 見た目とは裏腹に、親しみやすいドラゴン先生。彼が達志の担当でなければ、今こうして達志はここにこうしていなかったのかもしれない。


 そして隣の看護師にも、同じように告げる。まだここには来るが、ひとまずのお礼を。



「まだこれからもお世話にはなりますが、これまでありがとうございました」



 それぞれの言葉を交わし、病院を後に。見上げる大きな病院は、見た目は十年前に比べ大きさを増したことを除けば、さほど変わりはない。


 ここに十年間、お世話になったのだ。去り際、軽く頭を下げて、外の世界へと歩き出す。目指すは、十年ぶりの我が家だ!



「退院後、初の外の世界!」



 病院の敷地から一歩出て、目覚めてから初めてとなる外の世界。こうして一歩外に出ただけで、いつもとは違う世界を見ているようだ。


 一歩踏み出しただけで、車の通る音や人々の活気ある声。それらが、一気に耳に届く。


 今までと違い騒がしくもあるそれは、達志の耳を襲うが……しかし、それは心地好くもある。歩きながら、深呼吸して、街を見上げる。


 そこにあるのは、見渡す限りの建物、建物、建物、樹、建物……うん?



「……樹?」



 マンションやビル、そういった公共の建物が立ち並ぶ都会。その風景は十年前と多々違う所はあれど、大まかには変わらない……と思っていたのだが、公共の建物に紛れて巨大な樹が立っている。


 どんなマンションやどんなビルよりもとてつもなく、大きな樹が。それは、都会の風景にはひどく不釣り合いで。



「……あれ、何?」


「お、気づいたね。ま、気付くか」



 呟くような達志の声は、しかし隣には聞こえたらしい。この都会の中でも圧倒的な存在感を放つ巨大な樹は、雲に届くのではないかというほどに大きい。



「なら、気付くことはない? 例えば深呼吸してみて」



 と、まるでヒントのようにみなえは人差し指を立ててみせる。先程深呼吸をした際、何かを感じたということはないように思うが……意識して、もう一度深呼吸をすると…



「匂い、というか? うーん……そういえば、何だか空気が澄んでるというか…」



 軽く深呼吸し、眉を潜める。以前、達志が眠る前までは、多く建物が立ち並び車の徘徊する都会ならではの、煙臭く淀んだ空気があった。


 それも、長く暮らしたものとしては大して気になることはなかった。だが今では、それがない。それは田舎に行ったときの感覚を思い出すようで。



「そう。あの樹は、異世界人が越して来てから植えられたものよ。あれは、空気中の淀んだ空気を吸収し、澄んだ空気を排出してくれる樹らしいの」


「なにそれすげえ」



 淀んだ空気を吸収し、澄んだ空気を排出?そんな得しかない現象が、現実にありうるとは! さすがファンタジー!


 それと、十年前に植えられたにしてはあの大きさは、成長早速度が半端じゃなく早いということになる。さすがファンタジー!



「それに、あの樹は大気中に魔力を出しているらしい。魔樹(まき)って呼ばれてるらしい」


「魔力……あぁ……」



 猛からの補足を受け、それを飲み込むと達志は納得。以前病室でリミ達と話していた際、セニリアが言っていたのだ。魔力の源であるマナの源となる"あるもの"を持ってきた、と。


 退院したらわかると言っていたが、なるほどあれならすぐに目に付く。


 他にも、街中を見回すと様々な変化が起こっていることに気付く。人以外の生物が歩いているのはもう慣れたと思っていたが、やはり病院という限られた人間がいる場所とは違う。


 街中を歩き回る光景はまさしく桁違いだ。


 スーツを着こなし歩くサラリーマン風の獣人。車と同じく道路を滑走するトカゲのような生き物。渋滞に巻き込まれるのを避けるため飛んで移動している鳥人。車に乗っている馬。走れよ。


 ……と、どれもこの世のものとは思えない光景だった。だがこれが現実であるということは、病院ですでに確認済み。


 とはいえ、こうして目の前に広がる光景は、目を疑いたくなるレベルだ。



「さ、もう着くわよ」



 周り景色に気を取られていたが、そのうちにだいぶ歩いていたらしい。それでも疲れないのは、リハビリの成果だろうか。達志も、もちろん覚えている。


 あの角を曲がれば、そこには我が家が……



「さ、着いたわよ!」


「……これは……」



 角を曲がり、見上げる先にあるのは、懐かしき我が家……ではなく、豪邸とも見間違う程の大きな家。というか屋敷とも呼べる。というか屋敷だ。


 間違いではないかと思うが、引越しでもしない限り十何年と住んだ家の場所を間違うはずがない。


 達志にとっては一ヶ月にも満たない前の記憶だし、何よりみなえがここが家だと言っているのだ。



「驚いた? 達志があんなことになって、せめてものお詫びだって……家のリフォーム代の費用、リミちゃんが全面的に出してくれたのよ」


「発想が突飛すぎるだろ! リフォームの域越えてんだけど!」


「費用はリミちゃんが負担してくれて、家の改築を猛君が、家のデザインをさよなちゃんが考えてくれたの」


「思わぬ繋がりすぎる!」



 そこで家のリフォームに行き着くリミもリミだが……受け入れるみなえもみなえだ。それに猛とさよな、この二人も。


 思い起こせば、今猛は大工、さよなはデザイナーをしていると言っていた。


 だがしかし、それがまさか双方ともが自分の家に関わっているとは思わなかった。二人に視線を向けると、照れたように笑っている。嘘ではないらしい。


 信じられないが、ここが変わった我が家に違いはないようだ。とはいえ、リフォームというよりもはや別物の家に近づく。玄関先に立ち、目の前の門を見る。


 門があること自体、考えられないが……もう、突っ込みどころがありすぎてどこから処理していたらいいかわからない。


 みなえは、なんでもないように門を開き家の敷地内へ。なので達志も、それに続く。庭まであるではないか、もう原型を留めてない。玄関先にて、扉を先に開けるようにと促され……



「……た、ただいまー……」



 懐かしくあるようなないような。そんな複雑な思いのまま帰還。素直にただいまと言えないが……だが家の中の香りは、達志の知っているそれと同じものであった。


 それを感じただけで、懐かしさも蘇る。そして……



「お帰りなさいませ!」


「うん、ただい……は?」



 ようやく戻ってきたという気持ちを言葉に。しかしそれに対し、当たり前のように返ってくる返事。返ってくるはずのない返事に、さらっと流そうとしていた達志は思い留まる。


 母は、斜め後ろに立っている。というか、お帰りなさい『ませ』などは言わないだろう。それはつまり、達志とみなえ、猛、さよな以外の誰かが家にいるということで……


 目線を前に。そこには、白髪を揺らし頭からウサギの耳を伸ばす、赤い瞳の少女が……ここにいるはずのない少女が、目の前で正座して待っていた。



「り、リミ!?」


「はい、タツシ様!」

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