周りの温かさが身に染みました
……暗闇が、世界を支配している。何も見えない、何も聞こえない、暗闇の中に自分が沈んでいるのがわかる。
もしかしたらこのまま、暗闇の中に閉じ込められてしまうのではないか……そんな感覚にさえ陥る。
水の中にあったような意識が、だんだんはっきりしてくるのがわかる。水の中から浮き上がったような、そんな感覚。暗闇の原因……それは瞼を閉じているからだ。
意識がはっきりしてきたのは、眠っている意識が覚醒してきたからだ。
瞼を開けるのが怖い。目に映す世界が……どうなっているのか確認するのが、怖い。こんな感覚、今まで人生十七年生きてきた中で初めてのことだ。
それほどまでに、たった今目覚めた人物……勇界 達志の心臓は張り裂けそうだった。
彼は、交通事故にあい、以降十年間を眠りの中で過ごした。本人からしてみれば、寝て起きただけの、意識のなかったが故の一瞬の世界。
しかし現実に目覚めてみれば、世界は十年もの時間が経っていたではないか。
不安……それが、達志の心を蝕んだ。それでも平常でいられたのは、病室を訪れた母や幼なじみ、そしてあの女の子のおかげだ。
達志を心配し、責任を感じ……そういった感情を抱えていた彼女らと話し、達志自身気が楽になったのは事実だ。
だが、どうしても取り除けない不安がある。それは、再び眠りについたとき……また知らぬ内に、何年もの時間が経っているのではないかというものだ。
現実として自身の身にふりかかったために、そういった心配事に敏感になるのは当然だ。
だから、昨夜……達志にとっての昨夜、お見舞いに訪れたウサ耳女の子、リミとの会話を終えた達志は、就寝時になってもなかなか寝付けないでいた。
十年間も眠っていたのだ、そのことも関係はしているのだろう。
だが、目覚めてから度々訪れる見舞い客と話し、屋上へと体を動かし、また話し続ける。それは、達志自身にも気付かないうちに疲労として体に蓄積されていたらしい。
ベッドで横になっているうちに、いつの間にか眠っていた。
そして現在……意識が覚醒し、瞼を開ければ正解が明らかになる状況。このまま一生寝ないわけにはいかないのだ。
眠ることに神経を尖らせ続けていても仕方がないと、眠りについた達志は、不安を胸に抱きながらも、いつまでもこうしていられないとついに瞼を開く。
「ん……」
寝起きだからか重たい瞼が開くにつれ、暗闇に光が差し込んでくる。ゆっくりと瞼を開いていき、視界にぼんやりと白い天井を映す。
知らない景色……ではない。ここは病院だ。この薬品のにおいも、間違いない。
視界がクリアになっていき、顔を動かす。寝起きのだるさはあるが、昨日のものに比べればそれは比べるまでもなく楽で、体を起こしていく。見た限り、昨日と比べて変化はない。
辺りを見回す。壁にかかっているカレンダーの日付は、達志が起きた次の日……つまり、母さんや由香、リミ達と話したのは昨日、そして今日、いや今がその翌日であるということだ。
もちろん、カレンダーの日付だけで完全に信用はできない。テレビをつけて、日付を確認。
魔法による天気予報が行われている画面の端に映る日付は、カレンダーのものと同じ。
月も日も、そして年も……達志にとっての昨日は、正真正銘の昨日だということがわかり安堵のため息を漏らす。
「また何年も眠った……なんてことはなかったか。よかったぁ……」
心底、安堵してため息を漏らす。頬を引っ張る。痛い。夢ではない。カレンダーとテレビを再確認。見間違いはない。
まさか二つが二つとも間違った情報を示しているとは思えないし、テレビには達志が昨日見た人物が確かに出ている。見知らぬ人物、ではなく。
眠りについたとき、再び長い時間を眠ってしまったらどうしよう……その心配は、無事に晴らすことができた。それに関して、心の底から安堵のため息が漏れたのは必然だ。
「うんうん、体の調子もいいし、寝起きにしちゃ上出来くらいに爽やかだな」
元々寝起きがよくない方であったが、今起きた時点で、自分でも驚くほどに寝起きが清々しい。それは眠りに眠ったせいなのかはわからないが、この際どうでもいいだろう。
寝起きが清々しく、体の調子も悪いどころか良好だ。これで筋肉の動きを元通り近くにさえ持っていければ、退院も同然だろう。
歩くだけで、階段を登るだけで息切れを起こしてしまう始末だ。これは、リハビリに相当な時間がかかってしまうことが予想されるが……
「……ま、地道に頑張るか」
一日が、始まる-
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その日、担当医であるウルカにお願いして、リハビリのために体を動かした。しかし、やはりと言うべきか病院内を歩くだけですぐに疲れ、息切れを起こす。
まるで長距離マラソンやわ走った後のように汗が流れ、たった数十歩がとてつもなく長く感じる。
体の衰え……仕方がないことであり、むしろこの程度で済んでいることに感謝だ。十年動かすことのなかった体は本来なら筋肉が固まり、歩くどころか体を動かすことさえできなかっただろう。
そうならずに済んでいるのは、周りの協力のおかげだ。
達志を治療していた回復魔法……それは少なからず、筋肉が固まっていくのを防いでくれていたらしい。
何より、お見舞いに訪れた母が、その度に腕や足など、体をマッサージしてくれていたようなのだ。マッサージにより、筋肉はほぐれていき、そのおかげであるところが大きい。
空いた時間はリハビリに費やし、お見舞いに訪れてくれた人と会話を弾ませる。予告通りやって来てくれたリミや、時間を見つけては母や幼なじみのメンバー。
その中でも訪れる頻度が一番少なかったのは由香だが、それも教師という職業についているのだから仕方のないことだろう。
むしろ、せっかくの休日を使って来てくれるだけでもありがたい。
「ホントはずっとついててあげたいんだけど、そうもいかないのよねぇ……けど、いれる限りはいるからね」
「はぁ……時間が足りないよぉ……平日は来れないし、休日もきりきり舞いだよぉ……」
「忙しい時は忙しいけど、仕事かない時はホントないからな……不安定だけど、まあ慣れりゃ楽だよ」
「私は、自営業だから……時間を作りやすい、かな」
「むむぅ……平日は学校終わりにしか来れないのが、学生の不便なところです」
……と、達志の下へ訪れてくれたみんなと話を弾ませる。
このメンバーの中では、仕事に時間を縛られている母みなえよりも、自営業でデザイナーをやっているさよなの方が勝手が利くようで、達志が目覚めてから一番病室を訪れていたのはさよなであろう。
みなえは、息子が目覚めたことで多少仕事先で融通が利くようになったし、リミはやはり毎日足繁く通ってくれる。
それでも、自由に時間が使える分さよなの方が、訪れる頻度も滞在する時間も長かった。リミと初めて話したあの日以来、面会時間を過ぎての面会はリミであっても禁止されたからだ。
達志が退屈しないようにと、足を向けてくれるさよな。かといってずっと居座るわけではなく、達志の様子を察して帰ったりと、気遣いにぬかりがない。
その点、感謝しかない。それは無論、他のメンバーにもであるが……特にさよなは昔から人一倍、慈愛にあふれた人物であった。
周りの人達の温かさに包まれて……そして周りに甘えるだけでなく、自分で自分を追い込み、一刻も早く体の調子を元に戻すために、リハビリを続ける。
早く退院して、みんなを安心するために。
そんな生活が、一週間を過ぎた頃……病室を訪れたウルカによって、達志の努力の結果が、身を結んだことを伝えられた。
「うん、順調……いや、予想以上に成果が出てるね。驚いた……頑張ったね、イサカイ君。この分なら、後二、三日もすれば退院できるよ」




