ビバ、復学!
「復学……」
再度、その言葉を繰り返す。これからのこと……退院した後のことを考えていた達志に、一つの道標へ示すかのような言葉をくれたのが、リミだった。
「それって、どういう……?」
「どういうも何も……そのままの意味ですよ?」
まだ言葉の意味をかみ砕けていない達志に、リミはさも当然であるかのように小首を傾げる。さっきリミは、聞いていませんか、といった。
うん、聞いていない。だからこそこのような反応になっているわけで。説明の一つでも欲しいところではあるが……
「姫、タツシ殿が困惑しておられます」
「わ、わ! ご、ごめんなさい!」
セニリアの指摘により、ようやく達志が事態を把握していないことを理解したのか、リミは顔を真っ赤に謝罪する。
赤面症なのだろうか、というくらいに、この時間の中で数え切れないほど顔を赤らめている。
「えっと、説明してもらえる?」
「は、はい!」
とりあえず落ち着いたらしいリミに、達志は優しく問い掛ける。まだ熱の引かないリミであったが、こほんと一つ咳ばらい。頭の中で纏めた情報を、口に出す。
「えぇ、と、ですね。十年前、事故にあったタツシ様は意識不明に陥りました。その際に、タツシ様が通っていた学校……今では私が通っている学校でもありますが、そこで休学扱いとなっていたんです」
達志が通っていた学校と同じ制服を着る少女が語る言葉は、なるほど納得できるものであった。
事故にあった生徒を休学扱い。もちろん達志自身は休学届けなど出してはいないが、そこは母であるみなえが出してくれたのだろう。もしくは、学校の処置か。
そこに疑問の余地はない。ないのだ。問題は、その後のことで……
「休学扱いって……十年も?」
「はい、十年も、です」
休学扱いに疑問はない。ならばその期間が問題であり、突っ込みたいのはそこだ。確かに達志は、十年間もの間意識不明であった。
だからといって、その期間ずっと休学扱いが成立するのかどうか。
「なんだって、そんな扱い……原因は事故とはいえ、十年も時間が経ってまだ休学効力存続中? 普通、そんなに経ったら退学処分とか……いや、普通がどうか知らないけどさ」
休学届けに無期限の効力があるのか。その真偽を達志の中で出せない以上答えを出せそうもないが、それにしたって納得がいかない。
もしや、母が休学扱いを存続してくれるよう、頭を下げたのだろうか。だが、一生徒の母親の言葉でもこんなに期間を設けてくれるとは……
「あ、それは……不慮の事故なので学校としても寛大な措置を……」
「自分のせいだと泣きわめく姫を見かねたお父様……当時の国王様が、学校に頼み込んだのです。その時の姫の泣きながらも必死に懇願する姿は、今思い出しても胸がいっぱいになる想いで……」
「ちょっ、ばらさないでよ!」
不慮の事故に対する寛大な措置……そう説明したリミの言葉を、あっさりと切り捨てるセニリア。
それはリミにとっては恥ずかしい過去でもあり、間違っていないしああして後悔もないと自信を持って言えるとはいえ、それを、しかも本人にばらされるというのは恥ずかしさが半端じゃない。
「……そっか」
そこには、またリミのおかげがあったのだ。確かに事故の原因は間接的にリミかもしれない。自分が十年間も眠ってしまった原因は間接的にリミかもしれない。
しかし、それを含めてもリミの行いは、達志にとっては感謝するべきものであった。
達志のための行為を、必死になってやってくれた少女。それは達志の胸に、ポカポカと温かい気持ちを生まれさせる。
「ありがとな、リミ」
「ふぇ、えぇ……」
セニリアに物申していたリミだったが、達志からのお礼に物申しを中断して赤面。しなしなとしおれるように耳が下がったかと思えば、今度はパタパタと動いている。
感情が豊かなことこの上ない。
……それにしても、だ。こんな大事なこと、なぜ母は教えてくれなかったのか。
……忘れてたんだろうな、と即座に思う。あの時は再会の喜びで、些細なことは頭から吹っ飛んでしまっていたのだろう。母の性格からしても。
……全然些細なことではないが。
「とにかく……俺は、退院したらまた学校に行ける、ってことでいいんだよな?」
「はい! その通りです!」
と、これまで以上に耳が激しく動いている。それだけ、達志と一緒に学校に通えることが嬉しいのだが、残念ながら達志にはそれは伝わっていない。
それを見抜いているのは、セニリアだけだ。見抜く、とはいっても、わかりやすすぎるのだが。
「ですから、その……これからは、毎日一緒に学校に通えるといいますか……」
俯き、手を結びもじもじと脚を動かしている。その奥底にある気持ちにき気づかないまま、達志は頷いて応える。
毎日ということは、どちらかがどちらかを迎えに行かなければいけないな、とも思う。それも、学生らしくていいではないか。
あの頃は由香が迎えに来てくれていたが、その由香はもう社会人だ。
目の前の少女と一緒に登校する光景を思い浮かべ、自然頬が緩む。その未来のためにも、一刻も早くここから退院しなくては。
「ってことは……俺は、事故で休学扱いになった二年から再出発ってことか」
「はい! あ、私も二年です!」
はいはい、と目の前にいるにも関わらず元気に手を挙げるリミに、思わず笑みが溢れる。ということはつまり、リミと同じクラスになる可能性もあるということだ。
「同じクラスになれりゃ一番だな。そん時はよろしく。って、気が早いか。まだ退院の日取りも決まってないのに」
「こちらこそよろしくお願い致します。……ふふ、それもそうですね」
退院の日程が決まって、帰宅し色々準備して、それから復学……ふむ、中々にハードではないか。ただの復学ではなく、十年もの歳月を経てならなおのこと。
教師はともかくとして、もう、達志の知っている同級生も先輩も後輩もいない。復学とはいっても、実質新しく学校生活を始めることとなんら代わりはない。
……だが、目の前の少女が一緒にいる。それだけで、達志の心の負担も減るものだ。
「……それではお二人とも。お話のキリもいいようですので……」
と、そこでセニリアが言葉を紡ぐ。見ると、既に深夜0時になろうかという時間ではないか。
こんなに時間が経っていたのにも驚いたし、何よりよくもこんな時間まで面会が許されたものだ。許可を取っているとはいえ。
「そうだな。二人とも、こんな時間まで付き合ってくれて、ありがとう」
さすがに、これ以上引き留めることはできない。リミはああ言っていたが、やはり両親も心配するだろうし。
「いえ、そんなこと。私達だって、楽しかったですし」
やはり顔を赤く染めながら、パタパタと手を振る。しかしその様子がどこか残念そうなのは、気のせいではないのだろう。
心の底から達志との会話を楽しんでくれた少女は、ここから去ることを残念に思っている。
「そんな顔しないでって。これからはこうして話せるんだから」
「……はい!」
正直、眠った時に再び、十年とはいかず眠ってしまう、という心配がないわけではない。だが、不思議と予感があった。
明日も、明後日も明々後日も……これからは、普通の生活を送ることができると。
「では、寂しいですが……明日も、来ますので」
「はは。無理はしないでね。でも、期待してる」
明日も来る、というリミの言葉に、達志は無理はしなくていいと口では言うが、実際には期待している。
約四時間の間会話をしていた相手、その相手とはこの時間でずいぶんと親睦を深めることができた。
その言葉に、一瞬きょとんと呆気に取られたような表情になるリミだが、すぐにその意味がわかったのか、顔を若干赤く染めながらも、
「はい!」
と、花の咲いたような笑顔で応えたのだった。




