やりたくてやっているから
達志がまだ、意識を失う前……五年前の記憶はことりにはぼんやりとしたものだが、それでも覚えていることはある。たとえば、今隣を歩いている由香ねーちゃんは、毎日のようにウチにやって来ていた。
学校がある日は、まだ寝ている達志を起こしに来たり……休みの日は、単純に遊びに来たり。当時のことりは、小さかったゆえにその行動の意味を考えることはなかったが……きっと、達志に会いに来ていたのだろう。
先ほども思ったが、なんとも兄想いの人だ。いじらしい、というのだろうか。
ことりには、そんな風に夢中になれる異性は……
「ことりちゃんは、好きな人いないの?」
そんなことを考えていると、まるで胸中を探り当ててきたかのような質問。さっき達志のことでからかった仕返し、のようなものだろうか。
ことりはまだ、11歳だ。とはいえ、年齢が低ければ恋愛とは無縁……なんてことはない。むしろ低学年ならばその分、クラスの中にかっこいい男子を見つけたりするものだろう。
「いないよ」
だがあいにく、ことりには好きな異性どころか、気になる異性すらもいない。確かに同級生たちは、クラスのあの子がかっこいい、とか言っていたりするのだが……
そう、思えない。だからことりの返答は、恐ろしく即答だった。
「ま、またまたー。ホントはどうなのさー」
「いや、ホントだって」
あまりの即答に、質問した由香の方が動揺してしまう。普通は、こういうのは聞かれた方が動揺し、赤くなったりもじもじしたり、そういうものではないのだろうか。からかいたいのだ。
少なくとも、由香にはそんな経験があった。主にからかわれる方向で。
「そ、そんなぁ」
「なんで由香ねーちゃんががっかりしてるの。……あんまり、そういうのきょうみないんだ。なんでだろ」
別に、恋愛をしたいわけではないが……クラスメートや由香、それにさよなを見ていると、恋愛も悪くないなと思う。人にはいろんなタイプがいるだけあって、恋愛に対する反応もいろんなものがある。
なにせ、こんな明るく何事にも突っ込んじゃうような由香が、恋愛に関することになるとあんなに乙女になるのだ。見ている分には、面白い。
「あ、でも、何度か好きって言われたことはあったかな」
「おっ、そうなの?」
「まあ全部断ったけど。今、恋愛に構っている暇はない、って……じょ、冗談だから、そんな顔しないでよ」
クラスメート、それに別のクラスや、学年の人にも、実は告白されたことがある。だが、そのどれにもときめくことはなかったし……だから、その場で断った。
恋愛に費やす時間なんてない……それを、口にしたとたん由香の表情が暗くなってしまう。そんなものに構う時間がないなんて、それはまるで達志について言及しているようで。
「お兄ちゃんのことは、関係ないよ。お兄ちゃんがあんなことになって、お見舞いにいつも行くから余計な時間は取れない……そんな理由じゃないから、安心して。そんな理由だったら、お兄ちゃんに怒られちゃう」
兄を理由に、恋愛を拒絶しているわけではない。それに、それを免罪符にしてしまえば、兄が起きたときに怒られてしまう。自分のせいで、妹の自由を奪ってしまっている、と。
そんなことは、ない。ことりは、やりたくてやっている。だから安心してと、由香に再び、笑いかけて。




