これからのこと
リミとセニリアが達志の病室を訪れて、二人との会話により達志の心細い気持ちもずいぶん紛れていた。
母であるみなえ、幼なじみの由香、猛、さよなとは違い、達志とは全く関わりのなかった人物。
達志の勇敢な行動により救われた少女と彼女の従者との会話は、達志に新鮮な風を送り込んでくれていた。
「いやあ、なんか二人と話してると、由香達とは違った意味で新鮮だわ」
「喜んでくれたなら何よりです」
達志が楽しそうにしているだけで、花の咲くような笑顔を浮かべる少女。その、見る者全てを虜にしてしまうような笑顔は、達志が知る由香……十年前の由香を彷彿とさせる。
大人になった由香も雰囲気は十年前と変わってはいないが、今の由香を少し会った程度しか知らない達志にとっては昔の由香と比べるほかない。
活発で笑顔が似合い、ごまかすのが下手な女の子。それは二人に被るところがあり、もしも二人が会ったら気があうことだろう。
……と、そこまで考えて、そのもしもが実現しているのではないかと思う。
「そういえば……リミと、由香達って知り合ってたり?」
思えば、リミや由香達は十年間もお見舞いに来てくれていたのだ。リミのように毎日でないにしろ、その時間の中で出会いがなかったと考える方が不自然だろう。
……リミが今回のように、面会時間過ぎに訪問していなければ、だが。
「はい! タツシ様の幼なじみのお三方とは、この病室で出会いました。忘れもしません、私とセニリアがお見舞いにこの病室を訪れた時、お三方がいらっしゃって……」
「私も忘れられません。ユカ殿、タケル殿、サヨナ殿……タツシ殿の幼なじみを前に、自身の行いを悔い、大粒の涙を流しながら反省しお三方に謝罪する姿は今でも……」
「ちょ、ちょっと!? 何言ってるの!?」
しみじみと、三人と出会った時のことを思い出すリミ。それに倣うようにセニリアもその時のことを思い出すが、それはリミの恥ずかしい話も同然のものであった。
リミは顔を真っ赤に、セニリアに駆け寄る。
「涙と鼻水で顔を汚し、私のせいで……すびばぜん……と何度も謝る姿は、思わず私ももらい泣きしてしまうほどで……」
「ねえもうやめよ!? その話やめよ!? 泣き真似しなくていいから、掘り起こさなくていいから!」
彼、彼女から幼なじみを奪ってしまったことを悔いていたリミ。それは三人を前にしたことで感情の抑えが決壊し、溢れ出したのだ。
幼なじみに対しこの反応だったということは、達志の母に対してはこれ以上の反応だったのではないかと、想像するには容易い。
「それはその……なんて言えばいいか……」
「タツシ様気を使わないで! ……こほん! と、とにかく! それを気に皆さんとは連絡先を交換して、時々やり取りを……」
「すげーや、着々と異世界交流捗ってる」
達志の事故を気に、知り合った人達。事故がいいことだとは言えないけれど、こうして人の輪が広がっていくというのは胸の奥が温かくなる。
それが自分が原因となれば、事故にあったかいがあるというものだ。無論、本気で思いはしないが。
三人とは、今は良好な関係を続けているのだろう。耳や尻尾が揺れ動いており、それは嬉しさの感情を表しているというのはすでにわかっている。
「姫にとっては、この世界に来てからの初めてのお友達ですから」
「ちょ、余計なこと言わなくても……それに、お友達なんてそんな、皆さんにとって大切な人を奪った私なんかが……」
「そうですか? お三方はもう……というより、あの頃からも怒ってはいないと思いますが。それに、彼らは初めから姫に友好的だったじゃないですか」
達志の知らない、彼女達の中での話。リミは責任を重く受け止めてしまう気質らしいが、セニリアの言うように、三人共それくらいのことは気にしていないだろう。
「そうだぞ。あいつらがそれくらいで怒ることないって」
「そう……でしょうか」
「タツシ殿がそう言っているのです、そうなのです。ですからお友達でないなどと言っては、せっかくのこの世界での初めてのお友達が……いや、サエジェドーラでも、お友達いましたっけ?」
「いい、いましたよ! いますよ! セニリアも知ってるでしょ!?」
センチメンタルになりかけたリミを、ほとんど強引に連れ戻してくる。「冗談はさておき……」と告げているが、リミはサエジェドーラでは姫という立場。
そんな立場の人間に、気軽に友達ができるだろうか?
……これ以上考えててはいけない気がした達志は、頭を振って思考を中断する。リミに友達がいたかどうかの議論は、これ以上考えてもいろんな意味で傷つく気がする。
「あはは、二人って本当に仲良いのな。ところで話変わるけど……いまさらでいきなりだけど、セニリアさんって、純粋な人間? それとも、リミみたいなケモッ娘?」
「ホント話変わりましたね!」
新しい話題を探していた達志の目に映ったのは、リミの感情に従うかのように揺れ動くウサギの耳と尻尾だ。
ザ、秘書なセニリアは見た目は人間であるが、もしかしたら耳や尻尾を隠しているのかもしれない。それか、純粋な人間か……
今までの会話で話題にならなかったのがいまさらながら不思議で敵わないが、話題一新のためにもいい機会だろう。質問を受けたセニリアは、一度咳ばらいをして……
「私は……ハーピィです」
「はー……ぴぃ……」
自らの種族を、語る。見ただけでは人間と違わない姿。しかしその実態は、ハーピィという種族なのだという。聞き覚えのある単語を噛み締めた達志は、己の頭の中に眠るハーピィのイメージを引っ張り出してくる。
「ハーピィっていうと……見た目は人っぽいけど、腕に鳥の翼が生えてる、足が鳥のそれ、っていうやつですか?」
「えぇ、その認識で問題ありません。よくご存知ですね?」
「そりゃまあ、ケモッ娘やハーピィやエルフなんてのは、異世界ものじゃ王道パターンですから。脳内シミュレーションはバッチリなわけですよ」
実際に口で言われただけでは判断しようがない。しかし、ここでセニリアが嘘をつく必要もないだろう。できる秘書系従者に、ハーピィという属性が追加された瞬間である。
「なんでしたら、飛びましょうか?」
「……いや、大丈夫です」
言葉だけでは信用に欠けると判断したのか、実際に飛んで見せようかと、窓を指すセニリア。それはつまり、そこの窓から外に出て、飛ぶということだろう。
その光景を思い浮かべ、あまりにシュールな絵面が出てきたために達志は苦笑い。
「いや、大丈夫です。それよか、ハーピィって飛べるんなら、飛ぶ魔法いらずでなんかお得な感じですね」
今のセニリアの台詞からもわかるように、ハーピィとは飛べる種族。それは、飛行魔法なしで飛ぶことができるということだ。
ハーピィ以外にも、種族には種族ごとにそれぞれアドバンテージがあるのかもしれない。
「えぇ。この能力で、姫の護衛もより広い視野で果たすことができます。……だというのに、私はあの時……」
飛べるということは、探し人や何かの偵察の際、非常に役立つ。この能力を使い今までリミの護衛として十二分以上に能力を発揮してきたのだろうが、それは十年前には叶わなかった。
リミを見失ってしまった責任を感じ、声が沈んでいく。仕える者に似るというのか、どうやらセニリアも責任を重く受け止めてしまうようだ。
「いやまあ、ほら、世界が違うから飛べるわけもないですし……」
魔法が一般的に知られていない違う世界で、人間が空を飛べば注目の的になることは間違いない。そのためそれは仕方のないことだと、フォローに入る。
また話題を変えなければ……と再び苦笑い。
「えっと……そうだ。セニリアさん、魔法は使えるんですかね?」
「……え、えぇ。風属性を」
新しい話題により、なんとかセニリアを引っ張り戻すことができた。彼女から返ってきた答えを纏めると、ハーピィプラス風属性。それはなんとも、似合いすぎる組み合わせであった。
「ほほぉ、なるほど。なんか、似合ってますね」
「ありがとう、ございます……」
腕を組み、納得を示す達志に、セニリアも落ち着きを取り戻したのか小さく深呼吸。そんな二人の様子を見てか、またも笑顔を浮かべるリミは弾ませるように声を漏らす。
「二人とも、仲良くなったみたいですね!」
「仲良く……なのかな? ……うん、そうだな。仲良くだ」
「……あ、でも……あんまり仲良くなられても、困る……」
仲良くの定義が曖昧ではあるが、少なくとも初めの時よりも打ち解けられたのは事実だ。
微妙に感慨深いなとうんうんうなずいていた達志の耳には、その後呟かれたリミの言葉は届かなかった。
「さってと……あー、退院したら何しよ」
「唐突に話変わりますね。……その切り替えの早さも素敵ですけど」
「いやまあ、ぽっと頭に浮かんだもんでさ。俺、十年も寝てたわけだし、退院した後ってどう暮らしていけばいいもんか……」
脈略ない話題の転換に、リミは落ち着いた様子でそれを受け止める。その後呟かれた言葉は、やはり達志の耳には届かない。
リミが何かを呟いたのかも気付かないまま、なるべく明るく話すのだが……実際、不安なのは事実だ。
十年も眠っていた人間が、十年後の世界で……しかも大きく変わってしまった世界で、どう暮らしていけばいいのか。
「あれ、もしかしてタツシ様……聞いていませんか?」
「ん? 聞いて、って?」
「はい。復学の話、ですよ」
「……ふく……がく?」
それは達志にとって、想像すらしていなかった言葉であり……そして、新たな道を示すための言葉、道標でもあった。




