二人の少女のお話
「えっと、はいどうぞ。私が言うのも変だけど、座って」
「は、はい」
その場に立ち尽くしていた少女リミ。彼女に、椅子に座るようにと、病室に備え付けてあった椅子を引っ張ってくる。彼女が腰掛けたのを確認してから、由香も椅子に腰を下ろす。
さて、思わぬ形での出会いになってしまった。みなえから話は聞いていたが、実際にリミと会うのは由香は初めてだ。
話によると、事故に遭いそうになっていたリミを庇った達志が、代わりに車に撥ねられてしまった……こういうことらしい。だが、そう単純に終わらないのがこの話だ。
リミ……リミ・ディ・ヴァタクシアという少女は、この世界とは別の存在、つまり異世界の住人だというのだ。なんの冗談だと笑い飛ばしたくなるが、そうもいかない……あのみなえの悲痛な表情を見ては。なにより、本人を目の前にしては。
(……本物、だよね)
その少女は、ぱっと見普通の人間とは言い難い容姿をしている。何せ、その頭にはウサギの耳らしき白い耳が生えているのだ。先ほどちらっと見えたが、お尻部分には尻尾も生えていた。
白い肌、白い髪の色、赤い瞳……耳や尻尾だけではなく、見た目がまさにウサギだった。あれは、作り物ではなさそうだ。もふもふしたい。
現に、今耳はしゅんと垂れてしまっている。それでも、かすかに動いてはいるのだ。
「……」
「……」
二人の間に、気まずい空気が流れる。いくら相手が子供とはいえ、この瞬間が初対面で、その上達志の事故に責任を感じているのだ。おいそれと、なにを話しかけるべきだろうか。
そうして、若干の気まずさを感じていた由香だが……突然、リミがその場で立ち上がる。いきなりの行動に由香は肩を跳ねさせる中、リミはその場に土下座をして……
「っと、なにしてるの!?」
いきなりの土下座に、困惑を隠しきれない。それも、自分よりはるかに年下の女の子にだ。由香も立ち上がり、土下座をやめさせようとしゃがみこんで……
「ごめんなさい! 私のせいで、こんなことに……」
と、額を由香に擦りつけんとするばかりの行動と、涙声に、由香はようやく合点がいった。とはいっても、みなえからどういう子か聞いてはいたが、聞いていた以上に責任を感じているらしい。
達志がこうなったのは自分のせいだからと、何度も何度も謝られた。だから責任感の強すぎる子なのだと、みなえは苦笑いしながら語っていた。
「顔、上げて? なんとも思ってない……わけじゃないけど、おばさんはもう許したんでしょ? だったら……」
私から言うことはない……と、由香は続けられなかった。そりゃ、言いたいことはあるし、責任の全てをこの子にぶつけるのが正しいことではないとはわかっている。
けれど、自分が悪いのだと、こんなに一心に謝られては、自分の中でも気持ちが抑えきれなくなりそうで。
「ですが……ユカ様は、タツシ様の、幼なじみ、なのに……わた、私が……」
「様、って……」
異世界の人間だという、この少女。彼女にも、幼なじみがどういった意味を持っているかはわかっているようだ。
そして、一般的な幼なじみの定義はともかくとして、由香にとっての達志はそれこそ、家族のような存在だ。今回、事故に遭ったと聞いて心臓が止まるんじゃないかと思ったし、加害者をぶん殴ってやろうとも思っていた。
だが、実際には達志を撥ねたトラックを運転していたという運転手は捕まっておらず、そこにいたのは達志が助けたというこの少女のみだ。本来、怒りをぶつけるべき相手は、あれから不思議と捕まっていない。
このご時世、人がたくさん見ている中で人を撥ねるなんて事故を起こしておいて、逃げ切れるものだろうか。しかし由香にとって、それよりも達志が早く目覚めてくれることしか頭にない。
「もう、謝らないで。キミ……リミちゃんだって、言ってみれば被害者なんだから。そんな風に、なにもかも抱え込んじゃダメ」
「でも……」
「おばさんに謝って、許してもらったんなら……もう、こんなことする必要ないからね。申し訳ないって思うなら、ちゃんと聞いてね。……ちょっと、ジュース買ってくるね」
土下座をするリミを立たせ、口早に話す。あぁ、果たして今、自分はうまく笑えているだろうか。
なるべく平静を保ちつつ、病室を出る。ジュース、とはただの口実だ。もしあのまま居たら、自分がどんな顔をしてしまうかわからなかったから。
「う、くっ……ひっく……」
病室の中に聞こえてしまわないように、声を押し殺す。
目から我慢していた涙が、流れ出す。動かなくなってしまった幼なじみ、それを自分のだと背負い込む少女の痛々しい姿……それを、見ていられなくて。




