きっと大丈夫
「おばさん!」
その日の、夜のこと。できればずっと息子の傍にいてあげたかったみなえであったが、大掛かりな手術ゆえ、また体力面の心配から自宅への帰宅を進言された。
その勇界家を、訪ねる者があった。それは達志の幼馴染である女の子、如月 由香だ。さらにその後ろには、同じく幼馴染である茅魅 猛と五十嵐 さよなの姿もあった。
「みんな……」
「あの、お母さんからたっくんが、事故にって……でも、おばさんいなくて……!」
言いたいことが整理できていないのであろう、由香の台詞は要領を得ない。だが言いたいことは、わかった。
猛とさよなは部活が、由香は部活の助っ人があったのだろう。そして部活を終え帰ってみれば、幼馴染が事故に遭ったと連絡を受けた。予め、みなえが由香らの親に連絡していたためだ。
それを聞いた三人は、勇界家に向かった。しかしみなえは病院に行っていたため留守……なので、みなえが帰ってくるまで待っていたのだ。
「落ち着けって由香」
「落ち着けないよ! だってたっくんが、たっくんが……!」
「由香、一番つらいのはおばさんなんだから……」
目の前で繰り広げられるのは、三者三葉ながらみんな達志の心配をしているということだ。
確かに、一番つらいのは母親であるみなえかもしれない……だがこの三人だって、かけがえのない存在だ。達志と幼馴染で、学校へ行くも休日も大抵一緒だ。もう、いつから知り合ったのか覚えてないほどに。
もしかしたら、達志と一緒に過ごした時間は母親であるみなえより長いかもしれない。時間が長いとか短いとか、誰が一番つらいとかそんなことではない。
「あの、勇界さん」
「! 如月さん」
そこへ、三人とは別の声。声をかけて割って入るべきか悩んでいたのか、複雑そうな表情を浮かべる由香の母がいた。
そして、その背後には……
「おかーさん!」
「ことり!」
隠れるようにしてこちらを伺っていた娘が、飛び出してくる。飛び出すタイミングを計っていたのだろう。みなえは、達志が事故に遭った報告を受けすぐに病院に向かったため、ことりを見てくれるよう由香の母に頼んでいたのだ。
家に帰って誰もいなければ、ことりを悲しませることになる。
……それに、病院で一夜を過ごす覚悟もあったのだから。
「おかーさん、おにーちゃんは? げんきだよね!?」
「ことり……」
ことりには、事態の重さを話してはいない。ただ、ちょっとした事故に遭ってしまい病院に運ばれたとだけ、由香の母は説明した。というか、まだ誰にも、何がどうなっているのかを話してはいない。みなえだって、事の大きさを明確にしったのはさっきなのだ。
だが、幼くても家族ゆえの第六感か、あるいは幼いからこそか……由香達の様子を見て、なによりこの場に兄がいない現実に、なにかを感じ取ったのだ。
「いい? ことり……これからとても大切なことを話すわ。由香ちゃん達も……聞いていって」
目線を合わせるようにしゃがみこみ、みなえはことりに語りかける。さらに、同じく由香達にも聞いてくれと、それぞれに視線を向ける。
それから、みんなを家に招き入れ……病院で言われた達志の身に起こったことを説明する。病院に運ばれた理由は車に撥ねられたから、そうなるに至ってのは見ず知らずの女の子を助けたから、車の運転手は逃げてしまったこと。
……その後十年、その運転手の行方がまったく掴めないとは、この時の誰も思いもしない。
「それで、達志は……」
意識を失い、入院している。命すら危険な状態なのだ。
「そんな……それじゃあ、たっくんは……」
由香は、いや由香だけでなく猛もさよなも、青ざめている。
だが、中でも一番泣きそうなのは……
「うぅ、おにいちゃん……」
この中で一番幼い、ことりだ。難しい話はわからないが、とにかく車に撥ねられたせいでにゅうんしている……それは伝わったようだ。そのことりの頭を、みなえはゆっくり撫でる。
「それで……達志は、大丈夫、なんですか?」
猛が、問いかける。母親であるみなえが戻ってきた以上、最悪の事態は考えにくいが……確認しておかなければ、ならないことだ。
「えぇ。今は落ち着いてるわ……それは安心して」
本当は、もっと複雑な問題になっている。助けた女の子はこことは異なる世界の人物で、達志はその世界の医療で治療することになった。しかし、ただでさえ困惑している子供らに今いっぺんに話すのは酷だろう。
それに、みなえにも少し整理する時間がほしい。だから、「詳しいことは後日話す」と告げ、ひとまずみんなには帰ってもらった。
由香は特にまだ話を聞きたそうではあったが、由香母に諭され受け入れた。みなえを休ませねばとの、判断だろう。
そして……みんなが帰った後、家にはみなえとことりだけが残った。
「おかあさん……」
「大丈夫……きっと、大丈夫だから」
心配に顔を歪めることりを安心させるため、必死に慰めるその言葉は……まるで、みなえ自身に言い聞かせているかのようでも、あった。




