リミの魔法
なんとなく気まずさを感じてしまった達志だが、それを引きずっていても仕方がない。わかりやすく咳ばらいをして、無理矢理にでも話題を変えさせてもらう。
「と、とにかく……リミへの対応は、敬語とかじゃなくってもオッケーってことね?」
「はい! むしろ特別扱いはしてほしくないので……」
「国王様も周りにはフレンドリーに接しているので、誰にも等しく親しみを向けられています。昨日なんか、近所の公園で子供達と一緒に遊具で遊んでおられました。その娘である姫にも同様、親しく接してくれる方は多いです」
「それはそれでゆるゆる過ぎじゃない!?」
偉い人、とは言っても、周りに親しく接していれば周りからの対応も、話しかけやすい相手に自然と気軽に話してくれるものになってくるだろう。
ならばこそ、娘のリミにも同じく気軽に話しかけてくれるというものだ。それにしても、自由過ぎる国王様だが。
「それも、姫の人柄もあってのこと。……とはいえ、姫は少々抜けているところがありすぎます。気品も足りませんし、節度もなってません。はしたない真似もダメです」
「もー、わかってますよー。いつもいつもそんなこと…」
「ですので姫、先程姫がタツシ殿に言おうとした、ここに泊まるという案はなしです」
「わー! 忘れてたと思ったのに! 掘り返さないでよ!」
セニリアの小言が、リミは嫌いだ。なのでまた小言が始まる……と膨れていたリミだが、続けられたのは全く別の話。先程達志の手を取り、過呼吸に陥った場面のことだ。
唐突なセニリアの発言に一気に顔を赤くしたリミ。それは達志が、聞き取れなかった言葉だ。
「え、リミここに泊まろうとしてたの?」
「わー! せっかくわかってなかったっぽいのに!」
「姫がわかりやすすぎるんです。タツシ殿でなければわかってましたよ」
手をパタパタと動かし、おまけに耳も振り回しているリミは誰の目にも、慌てていることがわかる。さりげなくディスられた気がする達志だが、追及はしないでおく。
常に敬語で話すリミは、おそらく育った環境の影響だろうか。達志の前だけ、というわけでもなさそうだ。
セニリアにも同じように敬語を使っている辺り、身内であろうとこういう話し方なのだろう。焦ったときに素が出てしまっているようだが。
「リミの気遣いは嬉しいけど、そんなことしたら親が心配するでしょ。嫁入り前の娘が男の病室に泊まるだなんて」
「よ、嫁だなんて……両親はタツシ様のこととなれば寛大ですし、お母様にはメールすれば大丈夫です!」
「メール……やっは現代機器残ってるのな」
異世界人が携帯電話を使いこなしている場面を想像して、思わず達志は頬を緩める。現代機器を使う異世界人……何だか新しいなと、そう考える。
現代機器を触り、それに四苦八苦しながらも、時間をかけ使いこなしていくのだ。
魔法という超常的なものが出てきても、ちゃんと科学も残っているのだ。むしろこの二つが混ざり合い、以前よりもっと便利になっているのではないだろうか。
「……そういやさ、リミは魔法、使えるの?」
一旦途切れてしまった会話であったが、今しがた頭を過ぎった魔法、という単語で再び気になることが湧き上がる。話によると、魔法は必ずしも使えるわけではない。
ならば目の前の少女は、果たして魔法を使えるのだろうか。
「はい、使えますよ!」
「何せ姫ですからね」
達志の問いに、意気揚々と答えるリミと、謎の自信を語るセニリア。国を背負う者としての娘という立場だから使えて当然ということなのか、リミという人物が優秀なために使えて当然ということなのか、それはわからないが。
「へぇ! 確か、火、水、風、土の属性の魔法があって、それに光と闇を加えた六属性があるんだよな。リミはどの属性なんだ?それとも、サイコキネシスとか飛行とかがある、六属性に属さない無属性ってやつか?」
「私は、氷属性の魔法を使います」
「早速どれにも当てはまらないカテゴリー出てきたんだけど!」
目の前の少女は何属性の魔法使いか。それを見定めようとして、早速出鼻をくじかれた。セニリアの説明に聞いた六属性とは違うし、無属性とも違うっぽいのだが……
「こ、氷……」
「はい!」
「申し訳ありません、タツシ殿。私の説明不足でした」
困惑する達志に、自信満々に答えるリミ。二人の様子を見て、自身の説明不足を呪うセニリアは、ペコリと頭を下げる。その意味がわからなくて、達志は疑問をぶつける。
「え、説明不足って、もしかして氷属性を付け加え忘れてたとか、そんなパターンですか?」
「いえ、姫は確かに氷の魔法を使いますが、氷属性というものはありません」
「えっ、じゃあ私の魔法って一体……」
「姫。姫は魔法技術以外ポンコツなんですから、少し黙っててください」
「!?」
リミとセニリアの間で、微妙に認識のズレがある。だがそれよりも、セニリアが姫と慕うリミのことをポンコツ呼ばわりしたことに驚いた。慕っているのかいないのか、どっちだろう。
だがそれは本気の罵倒ではない。リミも、ショックを受けて入るが本気で落ち込んではいない……と思う。
わかりやすく文字通り沈んでいるが、それもオーバーリアクションで本気ではないのだと思いたい。
それは、まるで日頃から繰り返しているやり取りのようにあっさりとしていて。ここにきて、二人の関係性が再確認できた気がする。
こんな軽口が叩けるのも、二人の信頼の深さあってのものだろう。
「えぇ、氷の魔法に関係しているのは、詰まるところ火と水です。姫の魔法についてですが……姫は、火と水、二つの属性を使うことができるのです」
「えっ!?」
氷…その正体は、火と水、二つの属性にあるのだとセニリアは語る。リミはその二つの属性を使うことができるのだと。そして、それを聞いて驚く達志……ではなく、驚くのはリミ。
その反応からすると、自分が火と水の魔法を使えると知らなかったのだろう。
「火と水……この二つの魔法を兼ね合わたものです。火の魔法によって気温を変化させ、水の魔法を固形化。その結果、二つの魔法が組み合わさり氷の魔法が使えるようになるわけです」
「へぇ……なんか勝手に思ってたけど、一人一属性ってわけじゃないんですね」
「はい。人によっては二種類の属性、三種類の属性、と複数使えます。ですので、火と水を組み合わせる姫のように、複数の属性を組み合わせ新たな魔法を作り出すことが可能なわけです。
とはいえ、簡単なものではありませんが」
それぞれの属性を組み合わせ、新たな魔法を作り出す。まるで理科の実験のようだが、実際には大して異なるものでもないだろう。そして、それをリミは知らずのうちにやっていたというわけだ。
「し、知らなかった……私、火と水の魔法使えたんだ……」
「本来なら、そこ止まりです。しかし姫は、幼少の頃より魔法技術の才能だけは群を抜いていました。火と水という単純な魔法ではなく、それらを組み合わせ氷の魔法という、複雑で新たな魔法を開拓したのです」
どうやらリミは、魔法技術の才能は他を圧倒しているらしい。そしてそれは、無意識に新たな物事への取り組みとなり、結果として新しいものを見つけた。
ただし応用ができて基礎ができてないという、視野が広がったような狭くなったようないまいちよくわからない結果であったが。
「と、というか、知ってたなら教えてよ!」
「これくらい、ご自分で気付かれるかと……」
「うぐっ……」
どうやらセニリアは、基本リミに仕える従者としてな立場を理解はしているが、その上で度々毒を吐くことがあるようだ。
「……とにかく、私は火と水の魔法も使えるんですね!」
「姫、くれぐれも場所を弁えてくださいね」
「わ、わかってます! 病院では、回復魔法及び復元魔法以外の魔法は原則使用禁止。念を押されなくても、それくらいわかってます」
腕を組み、膨れるリミはセニリアを睨みつけるが、ジト目であることからもあまり迫力がない。しかも、尻尾や耳は嬉しそうにパタパタ動いているのだ。
おそらくは、新しい魔法(厳密には使えたけど知らなかっただけだが)を使えるとわかったことにより、浮かれているのだろう。
嬉しがっている様子が隠しきれておらず、そんなところに彼女の素直さが見える。セニリアもそれに気づいているのか、達志も共にクスクスと笑みをこぼしていた。
その二人の様子を、リミは訳がわからない、と言わんばかりに眉を寄せ見つめているのだった。




