あの日あの時あのタイミングで
「「「いただきます」」」
「まーす!」
朝の賑やかな日常。今日も今日とで、平和な一日が始まっていく。
「あむっ、あむっ」
「ことりー、口の周り汚さないようにしないとなー?」
誰もが、それを信じて疑うことはなかった。
「じゃ、そろそろ行くとするか」
「そだねー」
美味しい朝飯を食べ終え、時間を確認して立ち上がる。そろそろ、登校しなければいけない。高校生二人は鞄を持ち、ことりはランドセルを背負う。
途中まで、道は一緒だ。本当ならば達志自ら最後まで送りたいところだが、小学生には集団登校があるため、さすがに任せるしかない。
「じゃあ、気を付けてね。いってらっしゃい」
「あぁ」
「もーダメだよお兄ちゃん! いってきまーす!」
「いってきまーす!」
「……い、いってきます」
母親に見送られ、素っ気なく返した達志をことりが叱り、さらには由香も元気よく挨拶したことで、照れ臭くなってしまう。
思春期真っ盛りの高校生としては、このようなやり取りすらむず痒くはあるが……
「……しゃーない、か」
最愛の妹に叱られては、従わないわけにはいかない。
そうして家から出て、通学路を歩いていく……その途中で、二つの人影が、三人を出迎える。
「よ、おはようさん」
「おはよう、由香ちゃん、達志くん、ことりちゃん」
そこにいたのは、幼なじみである茅魅 猛と、五十嵐 さよなの二人だ。二人の家も、近いのだ。
なのでこうして、特に決めたわけではないが集合して登校するのが、日課になっている。
「たけるにーちゃん、さよちゃん、おはよー!」
「おー、相変わらずことりはちっこいなぁ」
まだ幼いことりは、由香以外に猛やさよなにとっても、妹みたいなものだ。
猛は屈み、目線を合わせてからことりの頭に手を置き……わしゃわしゃと、乱暴に撫でていく。
「ちっこくないー! たけるにーちゃんがおっきいだけ! すぐおいついてやる! 髪くずれるー!」
「あっはっは、そうかそうか。まあせいぜいがんば……」
「猛、後でちょっと話がある」
「単なるスキンシップだろ睨むな! この妹バカめ! こんな程度でそんなに目くじら立ててたら、ことりちゃんに彼氏ができたときなんか……」
「誰が相手でもことりはやらん! たとえお前でもな!」
「お父さんか!」
わいわい賑やかな、というかやかましいいつもの一幕。
その後、ことりとは別れ、高校生四人組も学校へ。登校中、くだらないいつも通りの会話をしながら、歩みを進めていく。
学校について、授業を受けて、お昼を食べて、放課後になって……それぞれ部活に入っている猛とさよなとは別れ、由香と帰宅。これが、いつもの日常。
達志はともかく、由香はなにか部活をしないのか……聞いてみたところ、あまり惹かれるものがないのだという。
ただ……部活の助っ人に呼ばれることが、よくある。特に運動部の。こう見えてというか、だからこそというか、由香は運動神経がいい。だから、あちこちから声がかかるのだ。
部活を一つに決めないのは、そんな理由もあるのかもしれない。
だから、この日は達志一人で、帰宅していた。良くあるわけではないが、まあ珍しくないパターン。ただ……少し、いつもた帰り道を変えたのだ。
「ったく、買い物なんて……ま、お釣りは小遣いでくれるってんだから、いっか」
今朝、家を出る前に頼まれていた、お使い。そのために、いつもならまっすぐ帰るところを、この日は道を変え、商店街へと歩みを進める。
面倒はあるが、部活もしてないのだしこれくらいのお使いは仕方ない。達志の中でも、ある程度割りきっているところで……
「……ん?」
ふと、騒がしい会話が聞こえる。そちらに視線を向けると、幼い少女二人と女の人が、なにかを言い合っているようだ。
それくらいなら、なんてことない風景……だが、奇妙なのが、子供がニット帽を被っているのだ。それだけなら奇妙ではないのだが、よりによってこのくそ暑い日に。
その子供は、ちょうどことりと同じくらいの年頃だろう。しかし、暑そうにしている素振りはない。もしや寒がりなのか、ならば頭だけはおかしくないか、と様々な疑問が浮かんでは消える。
だがまあ、気に止めるほどでもない。服装なんてそれぞれの自由だし、だからなんだという程度だ。今も元気に走り出しているし、問題ないだろう。
それよりも、さっさとやるべきことを済ませて……
「……ぇ?」
……気をそらそうとした瞬間、それが出来なくなる。走り出した子供が向かう先は、横断歩道。正確にはその向こう側にあるものなのだろうが、そんなことは今はどうでもいい。
問題は、歩行者信号が赤になっていること。なのに子供は止まる気配がない。見えていないのか……いあの年頃なら、意味がわかってない可能性もある。
しかも、車道ではトラックが走ってきている。当然、止まることはない……ブレーキをかけたとしても、間に合わないだろう。今から保護者らしき女の人に声をかけても、同じこと。
「……っ!」
気づいたときには、体は動いていた。どのタイミングで動き出したのか、自分でもわからない。ただ、ここからなら自分が走った方が早い、と思ったのは確かだ。
このままでは、飛び出した子供にトラックが衝突する……誰が見ても、明らかだ。一番に気づいたのが達志でなければ、達志も周りの人と同じように突っ立っていたかもしれない。
しょせん子供の足だ、追い付くのは容易い。そうして、子供の背に手を伸ばし、とっさに抱き締めて……そして……
ドッ……ゴシャア!
………………達志の体は、トラックに跳ねられた。
頭から、硬い地面へと叩きつけられ……熱い。なにかが、地面を汚していく。赤黒い、なにかが……
「姫!!」
「リミぃ!!」
ざわめく人々の中で、一際大きな声が聞こえる。腕の中のこの少女の、名前だろうか。無事なんだろうか。
それを確かめる、余裕もない。ただ、消え行く意識の中で、腕の中の温もりが消えていないことに、密かに安堵しながら……達志は……
「…………」
意識を、手放した。




