好奇心と恐怖
リミが頭の中を整理しているのを横目に、達志は今の説明の中での疑問点を聞く。
「そういや、空気中に漂う"生命の力"だっけ。って言ってましたけど、それってどういう?」
「その名の通り、と言ってしまえばそれだけなのですが……人が生きるために不可欠な酸素は、空気中に漂ってますよね? "生命の力"は言うなれば、第二の酸素、というべきでしょうか。
なくても生命の危機に瀕することはないですが、ないと魔力が使えません」
酸素と同じく、空気中に存在しているもの。それが魔力源となるものだ。それはつまり、魔法を使う世界にはあって当然のもの。
"生命の力"、とは、すなわちリミ達の暮らしていた世界には、あって当たり前のものなのだ。
「その第二の酸素は、一般的に"マナ"と呼ばれています。マナは魔力の源であり、生命の危機には関与しないとは言いましたが、魔法使用者にとっては生命線も同義です」
「"マナ"ね、なるほどなるほど」
魔力源である"マナ"。その呼ばれ方は、あまり知識に詳しくない達志であっても馴染みのある単語である。
ラノベやマンガを愛読していた達志にとっては珍しくもなんともない単語であり、むしろ本当にそんな呼び方するんだ、と少々の驚きと感激を感じたくらいである。
「えっと……なら、この世界じゃどうなんだ? 俺を治療してくれてたのが魔法なら、この世界ってばもしかして元からマナが充満してたけど、誰も魔法適正なかったってパターンですか?」
「あ、待って。まだ頭の整理が……」
「いえ、残念ながらこちらの世界ではマナの存在は認識できませんでした。ですので、こちらの世界に引っ越ししてくる際、マナの源となる"あるもの"を持ってきたんです」
サエジェドーラには当たり前のように存在していたマナも、この世界には存在していなかった。それでも、達志を魔法で徴してくれていたのだから、そこに矛盾が生まれる。
それに対して、マナの源……つまりはマナを発生させる何かを持ってきたのだという。ちなみに隣のリミが涙目になっているのは二人ともお構いなしだ。
「魔法の源であるマナの源であるあるもの……何だかややっこしいな。んで、それって一体?」
「説明が難しいのですが……タツシ殿が退院した時に、その疑問も晴れるかと」
マナの源であるものの存在を聞こうとしたが、説明が難しいと省かれてしまった。ただ、達志が退院した時にわかるとは一体全体どういう意味であろうか。
ラノベやマンガを読んでいると常々、「後でわかる」や意味深な言葉、物事話す時に横やりが入ってその説明が先延ばしになる展開に達志は悶々としている。
それが物語を盛り上げるための戦略だとわかっていても、いっそのことここで吐いちまえよ、と思ったりもする。それでも面白いから読むのはやめられないのだが。
「まあそれも物語を楽しむ醍醐味だしな。説明が難しいなら、まあ目で見て確かめてみます」
それに、退院した時にわかるのならばそう遠くはないはずだ。多分。
「すみません、私の説明が至らないばかりに……」
「いいですって、むしろ楽しみが増えました。んで、次の質問にいきたいんですが……」
「ですがタツシ殿、お体のお加減はよろしいのですか?時間も経ってますし、あまり無理をなさるのは……」
湧き上がる好奇心を抑えられない達志だが、一旦ストップがかかる。それは達志の体を気遣うものであり、時刻は二十一時過ぎ。リミ達がこの病室を訪れて、すでに二時間の時間が経っている。
「無理って言っても、こうして話を聞いてるだけですし。しかもベッドに寝転がったまま。それにもし時間を気にしてるんなら、質問攻めの俺が言うのもあれですけどセニリアさん達こそ、後でウルカ先生に怒られたりしません?」
セニリアたちが達志のことを心配するように、その逆で達志もセニリア達の心配をしている。思い返せば、リミは面会時間が過ぎているのを無理言って来たと言っていた。
しかも達志は病み上がり(扱い)だ。もっとも、セニリア達を引き止めている形になっている達志が言えたものではないが。
「その点に関してはご心配なく。タツシ殿の許可がある限りはいてもいいと言われましたので」
「それなら安心。俺のことも気にしないで……いや、実を言うとあんま一人になりたくないんですよね。十年も寝てたんだから眠くもないし、このまま一人で夜を明かすのは心細くて。
いや、眠るとかそれ以前に……次眠った時、また眠り続けたらどうしようって」
達志の心の奥に眠る、恐怖心。目の前のファンタジー満載の出来事に好奇心を全面に出し、恐怖心を抑えつけていた。しかしそれは、ちょっとしたことで崩れてしまう。
十年眠っていたという事実は、少なからず達志に恐怖という感情を与えている。次に眠ったとき、また眠り続けてしまうのではないか……と。
次起きたとき、また周りの環境が、大きく変わっていたらどうしよう……と。
「た、タツシ様!」
「は、はいっ?」
心なしかしんみりしてしまった病室に、響くのは今の今まで頭から煙を出していたリミだ。その大きな声と真剣な眼差し、思わず達志も姿勢を正してしまう。
そして達志の手を取り、目の前の彼の瞳をまっすぐに見つめ……
「も、もし宜しければ……わ、私が今日、こ、ここに、と、とま……とま、っま……こ、ここ……ここに……」
勢いに任せて何かを言おうとしたのだが、次第に顔が真っ赤になっていく。雪のように白い肌はわかりやすく赤く染まっていき、ウサギの耳も若干赤くなっている。
それに、過呼吸を起こしたように必要以上に呼吸を行っている。
「り、リミ?」
「……っ! きゃあああ! す、すす、すみません!!」
声をかけられたことによりようやく少しだけ冷静になったリミだか、その目は次に自分が掴んでいるもの……すなわち、自分が目の前の少年の手を握っていることに気づく。
それを理解した途端、悲鳴とともに手を離し、ひたすらに謝っている。
「い、いや、そんな謝らなくても……」
平謝りを受けて達志は、呆気にとられるしかない。何がどうしてこうなっているのか……そんなに自分の手を握ったのが嫌だったのだろうかなど、そんな考えまで出てくる。
そしてセニリアはというと、頭を抱えて小さくため息をついている。
「姫、タツシ殿がお困りです」
「はっ!」
「全く……そんな取り乱すなど、姫としての自覚というものが……」
「……私もう姫じゃないですし」
セニリアの呆れたような言葉にリミは我を取り戻すが、続いて聞こえるのはセニリアからのグチグチした言葉だ。これは長くなりそうだと早々に打ち切るリミだが、それに反応するのは達志だ。
「え、リミって姫じゃないの?」
「基本的に、サエジェドーラという国でのお姫様なので、移住を移した先ではもうそんな肩書き意味ないんですが……」
「形式上は、です。この世界では、そういった敬称での呼び方は過去の話だと聞きました。ならばこの世界のやり方に倣っていくのが我々の方針です。
もっとも、姫の扱いどうこうが変わるわけではありません。私が姫とお呼びしているのも、私にとって姫は姫だからです」
姫、殿、などの呼び方は、昔の時代の話だ。そんな偉い人の言い方も、現代では例えば大統領とか社長。
そういった呼び方が今風だ。ならばこそ、彼女らは彼女らで、この世界のやり方に倣おうとしているのだ。
「呼び方はともかくとして、扱いが変わらないなら、リミが偉い人の娘って認識も変わらないんだ?」
「えぇ。姫の父君、つまり国王様は、この世界の大統領と同等扱いとされています」
「めちゃくちゃすげーな!」
やはり目の前の少女は、とんでもない人物なのだ。それはそうだ、いくら頭が悪くても、一国を治める人物の娘なのだから。
本人が名前で呼んでくれというし、親しげだからこちらもそれに合わせてしまっていたが……
「やっぱり俺、『わしの娘に馴れ馴れしいんじゃワレ』って感じで消されるんじゃ……。今からでも敬語に直したほうがいいかな?」
「タツシ様が何に悩んでいるかはわかりませんが……大丈夫です、今のままでお願いします。私からお願いしていることですし、それにみんなからも親しくしてもらっているので」
「みんな?」
頭を抱えてしまった達志だが、気にせず今まで通りの話し方でとお願いするリミ。それを聞いて、昔の極道かよ……と密かに思うセニリア。
そしてリミが言った中に、気になる単語が出てきたのだ。みんな、とは誰のことか知らないが、みんなというほどの複数人がリミにこんなにも親しげなのだろうか。
「あ、それはみんなというのはですね……」
「姫は、学校の級友と親しくしているのです」
リミは指を一本立て、彼女からの視線を受けたセニリアが説明を省く、学校の級友……と仲良くしている。なるほど、それなら納得だ。学校の……
「えっ! リミ学校通ってんの!?」
「は、はい……十七ですし……」
当然といえば当然の答えが返ってくる。リミの年齢ならば学校へ行っていて当然だ。第一、今リミが着ているのは達志の学校の制服ではないか。
今見ているのになぜ驚愕してしまったのか。それは、お偉いさんの娘だから学校へ行ってないんじゃないかという、達志の勝手な想像によるものだった。
「タツシ殿、姫の服をなんだと思ってたんですか? やはりまだ、体の調子が戻ってないのでは?」
セニリアは、リミが制服を着ているのを見てそれでも驚いた達志に驚いているらしい。お前今制服見てたんじゃないのかよ、と言われているようで、思わず視線をそらしてしまう達志であった。




