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どうしたらいいかわからない



 倒れそうになった由香をとっさに助けようとした達志だが、一緒に倒れ込んでしまった。結果だけを要約すると、こういうことだ。


 だが、今の状況だけ見れば……由香が達志を押し倒し、迫っている絵にしか見えない。それも水着姿で。


 そして、この現場を目撃したのが……リミに見られてしまった。なんでリミがここに、一人でナンパとかされなかったのか……そんな心配は、彼方に飛んで行ってしまった。


 いくらリミが、そういう知識に疎いとはいえ、直接こんな現場を見てしまえばなにを思うかわからない。だから、早急に誤解を解くことが必要だ。


 そう、本来のリミなら……事情を説明すれば、冷静に理解してくれれば、わかってくれたはずだ。だが、今のリミは冷静ではない。なぜなら……つい先ほどのこと、『子供の作り方』を由香にレクチャーされたわけで。


 そして、この絵はまさに由香が達志に対して迫っている絵そのものなわけで。



「あ、あああ由香ちゃん? 違う、違うからね? くっ……」



 一足先にそれに気付いた由香がリミの誤解を解くために話しかけるが、説得力の欠片もない。現に由香は達志を押し倒し、その柔らかな身体を惜しげもなく押し当てているのだから。なんとか退きたい由香だが、脚をひねってしまったらしくうまく立ち上がれない。


 達志も、なんとか誤解を解くために声をかけるものの、リミは無反応だ。ただ静かに、倒れた二人を見ている。だがこのままでは、教師が生徒を押し倒し淫行に及ぼうとしたあらぬ噂が流れてしまいかねない。


 リミがそんな噂を流すとは思わないが、人の噂とはどこでどう真実と変わるかわからない。リミが誰かに話さないにしても、だからといって誤解させたままでいいはずがない。


 だから、こうして必死に呼びかけるわけだが……



「あ、あのリミ……」


「すみません、お邪魔しました……」



 それだけを言い残し、リミはその場から去ってしまう。あまりにあっさりした幕引きに、残された達志も由香も唖然とするのだが……



「ぜ、絶対誤解されたよな……」


「かも、ね……」



 正直、見られたのが猛やさよななら、かわかわれはするだろうがわかってくれるだろう。赤の他人だったとしたら、ここまで必死になる必要もない。


 だが、今のリミは……確実に、誤解を抱いてしまっている。それを早急に解かなければならないというのは、達志も由香も感じていた。なので、早く追いかけたいのだが……



「ちょ、由香!?」


「ご、ごめん……ちょっとだけ、待ってて」



 足をひねってしまった由香は、なかなか達志の上から退くことができない。そのため、由香自身の回復魔法で足をひねった痛みを回復させなければいけない。


 時間にしてほんの数秒……しかし達志にとって、たかが数秒がとんでもない拷問だ。由香の女性らしく発達した身体は、思春期真っ盛りの青少年には毒過ぎる。いや、青少年でなくても、男ならみんなやばい。


 その数秒で達志の中の男が大噴火してしまわないよう無心になり、ただ時間が過ぎるのを待つ。煩悩退散煩悩退散。こんなときはあれだ、体育祭の時の、トサカゴリラとナルシストによる最悪芸術品を思い浮かべろ。ほら、あまりの吐き気に逆に落ち着いてきた。


 由香が退いてくれると、急いで達志も立ち上がる。リミを追いかけなければならないが、由香はなぜかその場から動こうとしない。退いた状態から、その場に座り込んでしまった。



「どうした由香? まさか、足痛むのか?」



 魔法で回復したとはいえ、その痛みは完全に消し去れていないのかもしれない。


 そんな心配をする達志に、由香はほのかに赤くなった顔を向けると首を振る。



「だ、大丈夫、だから。なんでも、ない」


「そうは見えないけど……」


「追いかけるから。だから、先にリミちゃんを追いかけて」



 正直に言えば、由香をここに一人にしておくのは気が引ける。いくら達志より十年成長したとはいえ、やはり幼なじみで頼りない女の子だ。


 だが、由香の目は達志がここに残ることを拒んでいる。それに……



「ほら、携帯もあるからさ。一人になるのを気にしてるんだろうけど、変なことが起きそうならこれで助けを呼ぶから」


「……わかった。なるべく、早く移動しろよ」



 由香は携帯電話を見せ、それにより心配いらないことを伝える。釈然としないが、達志はそれでひとまず安心としたのか、空き家を出る。見えなくなるまで、由香を気にする素振りを見せながら。


 達志が見えなくなったのを確認してから、由香はその場に座り直し……膝を抱えるようにして、額を膝に押し付ける。



「……っはぁ……ダメだよ、あんな……ドキドキ、しちゃうに決まってんじゃん……」



 触れた男の子の……達志の、体温。まだ子供っぽさを残していながらも、ちゃんと男らしさを伝える胸元。目覚めてから体を鍛え始めたらしい体は若干の頼もしさを感じた。なにか間違いがあれば、簡単にキスできそうな距離にあった達志の顔。お互いに吐息が掛かるほどに近かった。


 達志の心臓は、バクバクだっただろう。それが由香にバレなかったのは……由香も同じく、心臓バクバクだったからだ。そして、それはお互いの体が離れ、達志がいなくなった今も。



「うぅ…………私、どうしたらいいの……」



 自分は教師で、相手は生徒。だから男女のそんなこと、あってはならない。でも自分達は本来同じ時間を歩むはずだった幼なじみ。だから男女のそんなこと、あったっていいじゃないか。


 最近由香は、自分の気持ちがわからない。いけないと気持ちはわかっている。今高校時代を生きている達志には、自分なんかよりもっとふさわしい人がいると。


 でも、あんなに触れ合ったら……やっぱり気持ちを封じ込めることなんてできない。あのまま達志と二人きりなら、あの放課後の教室の時のように、なにを口走ってしまうかわからない。


 なにより、こんな顔……達志に、見せられない。



「…………き…だよ。……好き、だよぉ……たっくん……」



 彼女の消え入りそうな言葉は、誰にも聞こえることなく。潮風にさらわれ、空の彼方へ消えていく。


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