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【リメイク連載中】目が覚めたら世界が異世界っぽくなっていた件  作者: 白い彗星
異世界召喚かとテンションが上がった時期が俺にもありました
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贖罪と偶然と属性と



 十年前に、自分を救ってくれた少年。彼に、ずっとお礼を言いたかった。来る日も来る日も病室を訪れ、彼の目が覚めるのを待ち続けた。


 いつまで経っても、目覚めることのない……植物状態の彼。毎日祈りを捧げた。毎日彼の下に通った。


 ……そして今日、ついに……あの日の感謝を、彼に伝えることができた。自分の命を救ってくれた恩人に。とはいえ、今伝えたのは多大なる想いの想いのほんの一欠けらに過ぎない。


 この十年分の想いを伝えるには、どれほどの時間を尽くせばいいだろうか。どれほど語れば、自分の想いは伝わるだろうか。この感謝の想いを。どうしようもなく高まる、この胸の温かさを。



「そんな、お礼なんて……」


「いえ! どれだけ言っても言い尽くせません! タツシ様は私の、命の恩人なんですから!」



 やはり口早に、ほんのりと赤く染まった頬で達志を見つめる少女、リミ。命の恩人である達志に対して、自身の国の最高医師と設備を整え、達志の治療に当たらせた。


 それを受けても、達志は十年もの時間目覚めることはなかったのだが……


 医療技術も、回復魔法も、眠る達志にできる術を何も持たない。せめてできるのは、国の姫として、国の最高の治療を達志に施すこと。そして祈ることだけであった。


 それが、それだけが、自らが犯した罪のせめてもの贖罪。それしかできない、己の無力さ。


 それはリミにとって、どうしようもない苦痛でしかなかった。自分ができるのは、誰かに託すことだけ。医師に託し、そして天に祈り恩人の吉報を託することしか、できない。


 それがたまらなく嫌で、何もできない自分が嫌になった。そんな日々が十年続き……今日ようやく、目覚めた彼と再会を果たした。これがどれほど嬉しかったか……



「本当に……目覚めて、よかっ……」


「リミ……」



 目に溜まる大粒の涙をぽろぽろこぼし、セニリアから差し出されたハンカチで涙を拭う。十年前に自分が助け、十年分の歳月を経てこうして大きくなり、お見舞いに来てくれた少女が、自分のために泣いている。


 それは由香とはまた、別の感傷を与えられる。


 こうして心配してくれ、手厚い治療を受けることができた。だがそれは、達志にとっては助けたのが相手がたまたまお姫様だったという話。


 そうでなければこんな設備と技術の治療は受けられず、こうして無事ではいられなかっただろう。最悪、死んでいた可能性だってある。



「はは、俺はこうして元気だよ。……それにしても、凄いよな。十年も眠ってたのに体は健康体だし、こうしてちゃんと動く。すげえよな」



 言って改めて、達志は自分の体を見る。十年もの時間を眠っていれば、体はやつれ、筋肉は固まり体を動かせないほどではないだろうか。


 もちろん、それは想像の中でしかないし実際にはわからないのだが。


 それがどうだ。多少肌は白くなり、体にだるさは残っていたが……体の調子は以前と深く変わりはない。


 世界が変わる前、十年前の世界での最新設備や技術で最高の看護を受けていても、ここまで以前通りとまではいかなかったであろう。


 それが、魔法ファンタジーとなったこの世界では、この結果だ。全く、すごい、としか言いようがない。



「我が国最先端の技術、最高位の医師……国の全てを賭けて、タツシ様を看病させていただきました!」


「医師……それって、回復魔法とやらを使う?」


「はい! 回復魔法に特化した専門家達です!」



 国の最高技術と医師。特に医師は、回復魔法に特化した者達を選出し、まさに選りすぐりのメンバーで達志の治療に挑んだ。


 完全体制で挑む姿勢には、リミの自身に対する責任の重さが感じられる。


 それほどの環境で治療を受け、達志の体はすぐに良くなって……という事態にはならなかった。最高の治療を受けて尚十年も眠り続けていたという達志。


 それは本当に、ただの事故が原因なのかと疑いたくなる程だ。よほど打ち所が悪かったのか。



「……しかしその影響でしょうか……。タツシ様の肉体は、十年前から成長が止まってしまったのです」



 それは、ウルカへの質問に対してもはっきりとした答えはわからなかった現実。嘘のようでも、事実として達志の体は十年前から変化していない。


 些細な変化こそあれど、根本的には十年前の……十七歳のまま、年を取っていない。これは、何度も鏡で確認したこと。


 はっきりとした原因はわからない。が、おそらくは魔法治療の影響が、体の成長が止まっていたことに繋がっているのだろう。


 それこそが、十年の時を経ても達志の姿が変わってない理由。加えて眠り続けていたわけだから、当然精神年齢も十年前の時のまま。


 それはつまり……



「……すみません。タツシ様の命を救うためとはいえ……こんなことになってしまって……」



 暗い表情を浮かべるリミは俯き、震える手でスカートを握る。その表情には、今にも泣き出してしまいそうな申し訳なさが溢れ出ている。


 恩人を救うつもりが、さらなる苦しみを与えてしまったかもしれない……その事実に。


 ……そう、肉体も精神も十年前のまま。ということは……達志は一人だけ、世界に置いていかれた……ということになる。十年間の時間を置いていかれ、たった一人、十年前のまま。


 本来ならば年を取り、由香や猛、さよな同様成人し、眠っていたとはいえ同じだけの歳月を過ごしていたはずだ。


 それがどうだ。同い年の幼なじみ達は自分を置いて成長し、母は年を重ね……達志だけが、世界に置いていかれた。本来過ごしたはずの時間は達志を置いていったのだ。


 ……とはいえ、そのことでリミを責めるつもりはない。リミの厚意がなければ無くなっていた命だ。それに比べれば、体の成長くらい安いものだ。


 そう思えるからこそ、達志にそこまでの悲観はないのだ。


 だがリミは、それに負い目を感じている。自らの罪の贖罪のために行った達志への治療……それにより、リミは新たな罪を重ねることとなってしまった。


 それは今度こそどうしようもない、『十年分の時間』という決して取り戻すことのできないものだ。


 同年代の友人達と歩くはずだった人生を奪ってしまったのだ。今となっては、十年分の差ができてしまった彼らはもう同じ道を歩くことはできまい。


 それは、謝っても許してもらえることはないだろう。リミは、どんな罰も罵倒も受ける覚悟でいた。


 そんなリミに、達志は今抱いている、己の想いを吐露して……



「……顔を上げてよ。リミのおかげで助かった命なんだから、俺が感謝こそすれど、リミがそんな顔することない」


「ですが……」



 達志の中に、リミを責めようなどという気持ちは一切ない。むしろ彼女のおかげで拾った命だ。自分が感謝することはあっても、リミが謝罪をする必要はないのだ。


 そう、彼女が責任を感じることなど何もない。


 誰が悪いとか、そういうことではないのだ。誰にもどこにも、責任はない。確かに信号無視で飛び出したのはリミなので、その点は反省しなければいけないが……


 それを反省してほしいのであって、謝ってほしいと達志は思わない。そう、これは、単なる偶然の組み合わせなのだから。


 たまたま赤信号で飛び出した女の子がいて。

 たまたまその場に居合わせた少年が女の子を助けて。

 たまたま女の子が異世界のお姫様で。

 たまたまその国の最先端治療を受けられることになって。

 たまたま目覚めたのが十年後で。

 たまたまその間に世界が異世界っぽいファンタジーになってて……



「……って、そんな偶然重なるわけねえよ」



 思い返せば、それは偶然の重なりではあるものの、後半から明らかにおかしい現象が並んでいる。一つ一つはよくある偶然……と言いたいが、言えない。


 そんなありえない現象が重なり、現在に至る。叫びたくなる思いを押し殺し、嘆息と共に呟くに留める。



「まああれだ。俺は気にしてないどころかリミに感謝してるし、リミは俺に負い目を感じる必要はない。つーわけで、この話は終わり。はい、オーケー?」


「……は、はい……」



 まだ納得のいってないらしいリミだが、口早に話題を終わらせる。このままだとおそらく話は平行線だろう。


 リミのようなタイプには、少しくらい積極的にいったほうがいいのかもしれない。俺は気にしてない、だからお前も気にするな、と。


 こう言っておけば、もうリミから言い出すことはないだろう。あとは、リミの中で整理してもらうことに期待しよう。ここで話題を終わらせる、のはキリが悪いので、話題を切り替えることにしよう。



「こほん。それよかリミ……さっきからちょいちょい回復魔法とか聞くんだけど、やっぱ他にも種類ってあったりすんの? 復元魔法、ってのも一回見たんだけど」


「あ、はい! おっしゃる通り、魔法には様々な種類……属性があります。えっと、確か……」



 達志からの質問に、息巻いて答えようとするリミ。身振り手振りで伝えようとするのだが、その手が止まる。どうやら、どう説明したらいいかがわからなくなってしまったらしい。


 美しく整った眉を寄せ考え込み、ついには涙目にすらなりつつセニリアへと振り返る。



「せ、セニリアぁ……」


「……承知しました。では達志様、私から説明させていただきます」



 考えがまとまらないからと、どうやらあまり頭がよろしくないらしいリミ。そんなリミに成り代わり、セニリアは魔法についての説明を引き継ぐ。


 スーツという姿も相まってそれは、まるで教師のようだ。自然と、姿勢が伸びてしまう。



「……まず魔法というものについての説明を簡単に。魔法とは、空気中に漂う"生命の力"をエネルギーとし、魔力として体内に取り込み、発動させることが出来ます。

 前提として、魔法を扱える者と扱えない者にも分かれます。ここまではいいですか?」


「はい、先生!」



 病室という教室で、今魔法による授業が行われている。その錯覚に、思わずセニリアを先生呼びしてしまった。一瞬面食らった表情を浮かべたセニリアだが、悪くないと思ったのか指摘はしない。


 なぜか悔しそうなリミの表情が、目に入った。



「人には魔力を体内貯蔵できる場所があるようで、体内貯蔵可能な魔力には人によってそれぞれ差があります。貯蔵していた魔力が尽きれば、しばらく魔法は使えません」


「空気中に漂ってるのに、魔力が尽きることってあんの?」


「そうですね……例えば、全力疾走した後は疲れで走れませんよね?しかし、しばらく休めばまだ走れる。魔力=体力、こう考えてもらえるとわかりやすいかと」


「なるほどー」


「なんで姫が納得してるんですか……」



 セニリアによる魔法講義の生徒は、いつの間にかリミという生徒を一人追加していた。ベッドに座る達志の隣に椅子を持ってきて、座っている次第だ。



「魔法にはそれぞれ、火、水、土、風の四属性があり、これが基準となります。ただし他にも確認されている属性があり、それは光と闇の属性です。

 ……この二つを加えた六属性が今までに確認されている魔法の属性です」



 魔法の属性……一つ口に出す度一本指を立てていき、グーの状態から始まった手の平は、五の時点で折り返したために六つの属性を言い終えた頃には、親指を折り四本の指が立っている状態になっていた。



「……ん、でもそれだと、回復や復元って……」


「えぇ。先の六属性に属さないもの……それらは、無属性と分類されます。種類は多様で、例えば飛行、例えば透過、例えばサイコキネシス……中でも回復魔法と復元魔法は希少とされています。

 ……とはいえこれに関しては未だ不明確な点が多く、回復魔法と復元魔法は光属性ではないか、との声も上がっています」


「なぁるほど。……つまり火属性使いだと、炎を扱うド派手な演出が売りだが言っちまえば火しか出せない。無属性だとド派手な演出はできない代わりに、やれることの引き出しの多さが売りってことか」


「ご理解が早いようで。さすがです」



 一つの属性に特化した魔法。レパートリーが多く多種多様な魔法。聞いただけでは達志にはどちらが良いものなのかはわからない。


 だがそれはきっと、そういう問題ではないのだ。どちらにも、それぞれの良いところがある。


 誉められ、少しだけいい気分。



「我が国では、希少とされていら回復魔法、復元魔法を扱える者を医師としてスカウトしているのです。

 初めは小さな力も、鍛えれば大きな力に……それは、どの属性にも言えることです。立派に、人を救えるだけの力を手にした者達。

 その中でも選りすぐりの医師達が、今日までタツシ様の治療に勤めてきたのです」



 それは、達志の治療をこの十年間続けてくれた医師達。ウルカを始め、いずれそれぞれの医師達にも、改めてお礼を言わねばなるまい。魔法による講義を聞きながら、達志は改めて心に誓うのであった。


 その決意の一方で、隣で頭から煙を出しているリミ。てっきり勉強できる系お姫様かと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。


 というか、達志でさえ理解できた内容にすらついていけてないようだ。そんなリミを達志は、ただただ見ないふりをすることしかできなかった。

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