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水着を求めて



「…………来てしまった」



 この町で、一番大きなデパート……全八階にも及ぶその建物の六階に位置するフロア……そこにある水着売り場の前に、一人の女性の姿があった。


 スラッとしたジーンズを履き、白いシンプルなTシャツに薄い水色のカーディガンを羽織る女性。肩にかけるタイプのバックを手に、目の前に並ぶ女性ものの水着をにらみつけるのは……



「こ、ここがあの、水着売り場……うわぁ、若い子ばっかだ。私、場違いなんじゃあ……」



 店内を歩く、数人の女子グループ、目のやり場に困りつつ歩く初々しいカップル……なんともキラキラしたその光景に女性……如月 由香は、まるで眩しいものを見たように目を細めている。


 せっかく水着売り場に来たのだが、すでに及び腰。何せ店内に流れているのは、溢れんばかりの若々しいオーラだ。由香には眩しすぎる。


 ざっと見ても10代、20代前半といった人達ばかりが水着を選んでいる。しかも、由香のように一人で来ている女性など……いない。



「や、やっぱり帰ろうかな……いやいや、せっかくここまで来たんだし……」



 同じ女……なのに、そこに足を踏み入れるには躊躇してしまうほどの壁が、そこにはある。しかし、ここで帰ってしまってはなんのためにここまで来たのか……その意味が、無駄になってしまう。


 そもそもの話、だ。由香がなぜこのようなところにいるのか。それは、時間を数日前まで遡る……


 ……体育祭の日、由香は同行していなかった、達志達の帰り道のことだ。リミにより、達志に海への計画が成されていることが伝えられた。そしてその返答は、達志も行くというものだった。


 この一連の流れを、さよなによって伝えられた由香は……飛んで喜んだ。文字通り、その場で。まだ学校に残っていたために、おかげで数名の同僚に変な目で見られてしまった。


 そんな経緯があり、由香は今日、水着を買いに来るという考えに至ったわけだ。なので、ここでおいそれと帰るわけにはいかない。ここに来たのは、新しい水着を新調する、という意味だけではなく……



「はぁ、こんなことなら、ちゃんとした水着買っておくんだったよ……」



 そもそも、水着を持っていない。いや、厳密には持ってはいるが……それは、学校指定のもの。さすがに海に行くのに、学校指定はないだろう。達志だっているのだ、どうせなら普段見せない姿を見せたい。


 ……水着を持っていないその理由。達志が眠りについてしまって以降、一度も海やプールに来たことがないからだ。達志がいないのに、そんなところに行って自分達だけ楽しむというのは……どうしても、気が引けた。


 もちろん、猛やさよなと全く遊ばなかったというわけではないが。それでも、今回のように海へ、なんてイベントは自然と消えていった。


 だからこそ、久しぶりであるし……達志に見せても別に変じゃないために、ちゃんとしたものを……



「……って、なんで私、たっくんに見せることばっか考えてるの。別に、たっくんのために着るわけじゃなくて、着れる水着を買いに来ただけであって……」



 水着を選ぶ……それは海に行くにあたっての必須行程であり、由香にとってはただ、現在の自分が着れる水着を買いに来ただけ。他意はない。


 もちろん女性だから、かわいいものを着たいに越したことはない。だが、さすがに十年前までのような若々しいものは着れない。



「そう、私は、ちゃんと着れてそれなりにかわいいものを探しに来ただけ……そう、ただそれだけ……」



 自分で心の整理をつけ、そしてこの入りにくい聖域に足を踏み入れる覚悟を整える由香であったが……ちなみに、水着売り場の前で一人突っ立ってぶつぶつ言っている彼女はそれなりの注目を集めていた。


 もうぐだぐだやる前に店内に入れよ、と突っ込みたくなる光景で。



「ふぅーっ……よし、行く……」


「あれ、由香ちゃん?」


「ぞぉおおお!?」



 ようやく決意を固め、いざ店内に脚を踏み入れる……直前、予想もしていなかった出来事が。声を、かけられたのだ。なんの前触れもなかっため、由香は派手に驚き……



「……象?」



 ……話しかけたその相手が奇声を上げたため、声をかけた人物は怪訝な表情を浮かべつつも少し怯えてすらいる。


 その、今由香に話しかけてきた人物の正体は……



「ささ、さよなっちゃん!?」


「う、うん……何その反応」



 暗めの前にロングスカートに、ジッパーで締めた薄めのパーカーを着用した女性、幼なじみである五十嵐 さよながそこにいた。彼女は、目を点にして由香の奇声&奇行を見つめている。


 いつから見られていたのだろう。一人ぶつぶつ言っていたところから、見られていたのだろうか。



「さよなちゃん……えっと、どうしてここに……」


「どうしてって、買い物だけど……」



 もっともである。視線を動かして確認すると、肩にはショルダーバッグをかけており、その中には何やら買い物袋が入っている。



「そ、そっかぁ。じゃ、私はここで……」


「待ちなさい」



 さよなと出会ったことは誤算だ。お互い、ショッピングによく利用する場所なので会わないことはないが……まさか、水着売り場でエンカウントするとは思わなかった。


 なので、今日は出直そう。先ほど固まったはずの覚悟を早くも砕き、踵を返したところで……肩を、掴まれる。もちろんさよなに。


 振り向き顔を確認すると、笑っている。さよなは、笑っている。その笑顔が、なんだか怖い。



「水着、選ぶんでしょ?」


「さ、さよなちゃん……?」


「選ぶんでしょ?」


「い、いやぁ、も、もう買ったし……」


「買い物袋も何もないし、そのかけ鞄の中にも入ってないよね。今から選ぶところだったんだよね」



 笑顔だ、ものすごい笑顔だ。だが、なんだか威圧感がすごい。


 さよなは、女性だ。その上デザイナーだ。なので、由香が水着を選びにきた……なんておいしいシチュエーション見逃すはず

がないのだ。むしろ由香の水着を選ぶつもりなのだ。



「いやいや、いいって! ほら、家の中探せば、昔の水着が出てくるかもしれないし……」


「何年前の水着着るつもりよ! そもそも水着だって、最後に買ったのは達志くんがあんなことになる前でしょうが! あんた三十歳手前で学生時代の水着着るつもり!?」


「さ、さよなちゃん? なんか口調が変わってるんですけど……」



 由香の手をとり、ぐいぐい距離を詰めてくる。普段おとなしいからかはわからないが、何かに集中したときは人が変わったように積極的になる。


 由香は知らないが、以前体育祭の件で達志のリストバンド、猛のハッピを製作する際のそれと同じだ。



「いや、実は去年買ったやつが……」


「うそ! 由香ちゃんあれ以来水着買ってないでしょ! 私わかってるんだからね!」


「な、なんでそんなこと……」


「わかるよ! 私も……猛くんだって、そうなんだもん。幼なじみなめんな」



 達志が眠ってしまって以来、水着を買っていない……それは由香だけでなく、さよなや猛も同じことだったのだ。だからこそ、由香が嘘をついていることもわかる。幼なじみなのだから。



「うっ……で、でもぉ……」


「観念しなって。だいたい、どうしてそんなに嫌がるの」


「嫌ってわけじゃ……ないよ。そりゃ、私だってかわいい水着買いたいけど……」



 別に、水着を選んでもらうのが嫌なわけではないのだ。自分で選ぶよりも、さよなならばセンスもいいに決まってる。


 反射的に帰ろうとしてしまったが、ここでさよなに会えたことは運が良かったのではないだろうか。



「なら私が見立ててあげる! 大丈夫、男子高校生なんてちょろいから、由香ちゃんならちょっと際どい水着着て誘惑すればすぐに落とせるって!」


「なんてこと言ってるの!?」



 テンションが上がってからか、口調が変どころかとんでもないことまで言い出すさよな。ちょろいだの誘惑だの、こんなことを言う子ではなかったのに。



「だ、だいたい私は、別にたっくんを誘惑なんて……」


「あっれぇー? 私は男子高校生としか言ってないのに、誰が達志くんなんて言ったのかなぁ?」


「~~~! もー!!」



 まさかさよなにからかわれる日が来るとは……月日の流れとは怖いものである。



「ふふ、由香ちゃんかーわいい。じゃ、このまま水着選びに行こー!」


「え、ちょっ……」



 すっかりテンションの上がったさよなに手首を掴まれ、そのまま由香は……引きずられるように、さよなに水着売り場の店内へと引っ張られていく。

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