終わり良ければすべて良くない……?
「みんなお疲れ様~! かっこよかったよ~!」
体育祭が終了し、ここは教室。教卓に立つのは副担任である由香であり、こういった『笑顔』が苦手なムヴェルに代わり生徒達を労っている。勝ったチーム負けたチーム、各々いるがひとまずはそれぞれの功労を労おう。
それでも一人、浮かない顔をしている人物はいて……
「ほ、ほらたっ……勇界くん元気だして!」
「わざわざ名指ししないでくれない!?」
体育祭後のホームルームが静かに終わるのを待っていたというのに、デリカシーの欠片もない言葉が達志への視線を集める。
由香は、やっちまった……という顔をしているが、もう遅い。本人としては励ますつもりだったのだろ、それは達志もわかってはいるが……名指しして指摘されると余計に恥ずかしい。
「そうだよ! 俺があの時転けなきゃ勝ててたかもしれないんだよ! 大いに反省してますよー!」
ーーーこれが、つい先ほどまでの教室でのやり取り。ちなみにこの時の達志の声は、夕焼けの差していた空にこだました。
「だっははは! しかし面白かったよなぁ、あの転けっぷり!」
「ちょっ、猛くん!」
そしてここにも、そんな達志のガラスのハートを釘で打ち付ける男が一人。
現在共に下校している、幼なじみである猛は、達志のリレー転倒がよほどツボに入ったらしい。ゲラゲラ笑っている。
彼の肩を、同じく幼なじみであるさよながパシパシ叩いているのだが、効果なしだ。
「いやいいさ、俺なんか笑い者にされたって……」
「ったく元気出せっての! なんだ、リレーで転んだくらい! 俺なんかバスケの試合でスリーゴール決めようとしたら先輩の頭にボールぶつけたんだぜ?」
落ち込む達志の背中を、猛の大きな手がバシバシ叩く。痛い。
背中を叩きながら、おそらく達志を励まそうとしてくれているのだろう。しかしその話があまりに突拍子なさすぎて反応に困る。
おそらく達志が眠ってから起こった出来事なのだろうが……どうすればゴールへのシュートがヘディングへのシュートに変わるのか。
「ま、まあ猛くんはこんな風にバカ笑いしてるけど、気にするなってことだから」
達志にもわかっていることだが、一応さよなからのフォローが入る。そう、これは猛なりの励ましなのだ。多分。
「はぁ。母さんもごめんな、せっかく体育祭見に来てくれたのに、最後の最後でカッコ悪いとこを……」
「いいのよ。お母さん、達志が元気に動いてるってこの目で見れただけで、もう……うっ!」
「あ、うん……なんて言えばいいんだ」
達志の一番の後悔は、チームメンバーに迷惑をかけたこと……ではない、実は。母に、自分の姿を見ほしかったのだ。
十年もほったらかしにして、迷惑かけて……だから目覚めた今、せめて息子のカッコいい姿を見てもらいたかったのだ。
それを詫びるが、当の母みなえは……達志が元気に動き回っていた事実に、震えている。その目から涙を流し、セニリアから手渡されたハンカチで涙を拭う。達志の失敗など、達志の健康に比べればどうでもいいようだ。
なんというか、本当に申し訳ない。
「そんなに落ち込むことないと思いますよ。転んだのは確かに事実ですが……それは、それだけ一生懸命だった、ってことじゃないですか」
「うぅ……そう、なのかな」
笑う猛、それを叩くさよな、涙を流すみなえ、それをなだめるセニリア……そして、達志の隣を歩くリミは、柔らかい物腰で己の考えを告げる。
転んではしまったが、それは一生懸命に取り組んだ結果だと。だから、その結末が自分の望まないものでも、恥じる必要はない。
「自信を持っていいと思いますよ!」
「そ、うか……うん、そうだな」
「はい!」
「あ、ちなみに転けた例のシーン、ちゃんと録画済みだから」
「うぉー!!」
恥じなくていい、自信を持っていい……リミの言葉により、せっかくいい気分で終わらせることができそうだったのに、突然猛から放たれた言葉に再びうなだれる。
見せつけてくるスマホの画面には、確かに達志が転んだ一連のシーンが録画されていた。
「もー、猛くん!」
「せっかくタツシ様が立ち直ってくれたのに!」
「いやぁ、悪い悪い。けどこれ、ぷふっ……一生いじれるしよ……」
さよなとリミの二人による抗議も、猛には通じない。この男はこういう奴だよ……と達志は半ば諦めるものの、これが猛のフォルダに残ってしまうのかと思うと歯痒くもある。
いっそリミの手でスマホを凍らせてしまおうか、とも考えるがさすがにひどすぎる。リミも、猛が達志の幼なじみだからかあまり強硬な手段には出ないようだ。
そんなやり取りに、達志は内心ではほっと一安心だ。猛は確かにいじってくるが、それも達志を元気付けようとして……とは先ほども思ったが、やはり動画だけは後で消してもらおう。
「絶対消さないけどな。ま、それはともかくとして、明日から頑張らねーとなー」
まるで心の中を覗かれたかのように、動画を消さないと念押ししてきた。同時に、何やら気になる言葉も続いていたので、達志は気にかかった。
「ん、明日から頑張るって……もしかして、今日の休みのために仕事詰め込みすぎなのか?」
「んや、今日の休みの分はすでに帳尻合わせてるよ。そうじゃなくて、海の……」
「あー!!!」
もし仕事を詰め込みすぎているなら、それは自分のせいだろう。そう考えた達志であったが、猛は首を横に振る。どのみち、今日より前でかなり詰め込んでいたようだが。
それは違う……と告げる猛がまたも気になる一言を発したところで、今度はリミが大声をあげる。なんなのだいったい。
「な、なに? どした?」
「す、すみません、タツシ様に伝えるのをすっかり忘れてました。……あ、あのですねタツシ様!」
伝え忘れていたことがある……達志への報告をすっかり忘れてしまっていたリミは、その場に立ち止まり、達志を見やる。自然、達志も立ち止まり見返す形に。
「あのですね、もうすぐ学校は夏休みに入るんです。そうしたら、ここにいるメンバーです海に行きませんか!?」
伝え忘れていたこと……それは、夏休みに計画していた、海へのお出かけについてであった。
「ここにいる、メンバーで?」
「はい!」
なるほど、身内の参加というわけだ。ここにいるのは、達志、リミ、猛、さよな、みなえ、セニリア……
「あれ、由香は?」
ふと、思う。ここにいないメンバーのことを。そう、由香は教員、達志達生徒が帰った後も、やることがあるので学校に残っている。
「えっ、あっ、も、もちろんユカさんも! すみません、私うっかり……」
一瞬、由香だけハブられたのではと恐ろしい考えが浮かんだが、どうやらその心配はないようだ。達志へ海への計画を伝えるのを先んじすぎて、てっきり由香もいるものだ、と思っていたらしい。
まあ、このメンバーであれば自然と由香も混ざっていそうな光景ではある。
「海か、いいね。あぁ、だから猛は、仕事頑張るって?」
「そうそう。一日空けてもらうために、また明日から頑張んないと」
そうだ、猛はもう社会人……夏休みになれば学校に行かなくていい達志達と違い、そもそも夏休みというもの自体がないにも等しい。
今日だって、この日のために猛は頑張ってくれたのだ。
「で、みんなの意見は……」
「もちろんオーケーです!」
自営業であるさよなは自分で都合がつけられるが、みなえや教師である由香も、海への計画に反対はないようだ。後は、達志の意見のみ。
ならば、答えはもう一つしかない。
「なら、行こう海! みんなで!」
行かない意見など、あるはずもない。夏の思い出、その一つをここにいるみんなで刻むのだ!




