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砂に向かって飛べ



 ビーチフラッグス……それは走力と反射神経の双方を鍛えるためのスポーツであり、主にライフセービングにてライフセーバーが行うものだ。


 まさかこのような競技が高校の体育祭に組み込まれているとは思わなかったが。


 体育祭種目は数あれど、ビーチフラッグスは達志が経験したことのない競技の一つだ。それゆえに興味があったのと、単なる持久走とかよりも反射神経が大きく勝敗にこの種目ならば勝ち目があると思ったのだ。


 これでも達志、反応神経にはちょっとした自信がある。他選手よりも早くスタートすることができれば、走りで負けていても勝てる可能性は上がるはずだ。



「ふっふ……マルちゃん、特訓の日々は感謝してる。しかーぁし! 特訓の成果今ここで見せるとき……ここで倒させてもらうぜ!」


「なんか知らんがテンション高いなうっとうしい。あとマルちゃん言うな」



 ようやく種目に出られることもあって、達志のテンションは高い。しかも、知り合いがいたことがさらに拍車をかけているらしい。若干周りから不審がられているが、そんなもの気にしない。


 さりげにマルクスも、少し距離をとっているのだがそれにも気づいていない。昼前なのにちょっとハイになっている。



「暑さで頭がイカれたのか……?」


「やるからには全力で勝つぜ!」


「アァ、マアガンバレ」


「すっげー心こもってない言い方!」



 これ以上は付き合わない、と言わんばかりに話を絶ちきり、自チームに戻ってしまうマルクスの背中を見て、達志は少し拗ねる。


 もう少し話をしたかったのだが、行ってしまっては仕方ない。


 今回のビーチフラッグスは五チームがそれぞれ一人ずつ選出し、それを五回繰り返す。つまり五人対決を五セット行うことになる。


 マルクス以外に見知った人物がいないかと、達志は辺りを見渡す。しかしそこには見たことある人はいれど、話をするほどに仲の良い人物は……



「おー、そこにいるのはイサカイくんじゃない! おーい!」



 いないか……と諦めかけていたところへ、達志の名前を呼ぶ声が。それは最近になってよく聞く女子生徒の声であり、弾んだ様子で近づいてくる。


 声のした方向に目を向けてみれば、そこには笑顔を浮かべながら駆け寄ってくる猫顔の獣人……達志及びマルクス所属のテニス部部長であるヤー・カルテアだ。


 彼女もビーチフラッグスに参加するらしい。



「あ、部長。部長も出るんすね」


「もっちろん! この競技、反射神経と脚力の両方を鍛えられていいんだよねー!」



 ある意味達志以上にテンションの高い彼女が言うには、この競技はテニスの練習にもってこいらしい。確かに、ボールを追い打ち返すテニスにおいて、反射神経と足の速さは重要になる。


 もしや、マルクスもその理由でこの競技を選んだのだろうか。達志はまったくそんなこと考えなかったが。



「チームは違うけど、お互いがんばろーねー!」


「ですね。あ、向こうにマルちゃんいましたよ」


「なんと! にゃは、じゃあ挨拶してこなくちゃ」



 軽い雑談の後、ヤーの標的は行ってしまったマルクスへ。部活でもまーくんと呼んでいる辺り、どうやらマルクスは彼女の遊び相手ポジションらしい。主に一方的な。


 お互いの健闘を誓いあった後、この場から離れようとするヤーは……寸前に、なにかを思い出したように振り返り、



「あ、わかってると思うけど、お互い気を付けよーね。妨害ありだからって覚悟決めてても、毎回怪我人出ちゃうらしいから」



 そう言い残し、向こうへと去っていってしまった。妨害や怪我といった不穏な響きに達志は……



「……へ?」



間の抜けた声を漏らしながら、自分の中の記憶を引っ張り出していく。競技の説明をされたあのとき……確かに記憶したはずのルールを片っ端から引っ張り出していく。


 なにか聞き逃せない単語があったため、ちゃんと頭に叩き込んだはずなのだ。


 思考すること数秒、記憶の蓋を開く。魔法ありきの世界での体育祭という一大イベントにわくわくしてて、うっかりルール説明を聞き逃してしまうところだったがそれはなんとか防いでいた。



「えっと確か……普通のビーチフラッグスは他選手への妨害は失格。けどこの競技に関しては妨害あり、ただし魔法は使用禁止のルールだったっけ……」



 記憶が確かなら、このビーチフラッグスは他人への妨害……つまりタックルして体勢を崩すなどの行為が許可されている。


 それでも魔法が禁止されているのは、あくまでも反射神経と脚力重視の競技を競うからであるということか。


 先ほどの借り物競争は……運要素多めの競技だったから良しとしよう。あれは悲しい事件だったよ。



「気を付けろってそういうことか。てか、毎回怪我人出てるんだ」



 それは問題ではないかと思ったが、ここには回復魔法使いもかなりいるしそこまで問題じゃないのか、と思い直す。


 そうこう考えているうちに、入場のアナウンスが響き渡る。その声を聞きながら、また別方向から聞こえるマルクスの慌てたような声とヤーの楽しげな声を聞きながら、入場の足を進めていく。


 ……入場してしまえば、あとはサクサク進んでいくだけだ。ただでさえ、スタートから旗までの距離は20メートルほどしかないのだ。


 しかも五人が一つの旗を取り合うので、五セットとはいえあっという間に終わってしまうだろう。


 ちなみに達志は、四番目のメンバーだ。ビーチフラッグスに関しては、持久力よりも技術力などの方が重要になる。そして実際、チーム内では達志はそこそこに動けたのだ。


 十年寝たきりだったとはいえ、魔法によって体が老けずに保たれていたように……身体機能は衰えても、頭で覚えていたことはそこまで忘れていなかったらしい。


 ゆえに、判断力を伴う反射神経も同じだ。ただ、テニスに関しては体がついていかなかっただけで。


 体もそれなりに動くようになってきたし、階段を上り下りしただけで息切れしていた自分はもういない。充分に戦いに望めるレベルにまで復活したのだ。



「……おぉー、なんか迫力あるな!」



 自分の分析も大事だが、他のメンバーの戦いを見て学ぶのも大事だ。たかがビーチフラッグス……侮るなかれ、なかなかに燃える戦いだ。


 テントの観客とは違い、この位置だとよく見ることが出来るため、その熱の伝わり具合も段違いだ。


 妨害ありき……乱暴なものを予感していたが、それは熱い男同士のぶつかり合いのようなものだ。がたいのいい男と男が肩をぶつけ合い、相手を倒そうと奮闘する。


 しかしそればかりに気をとられていると、他のチームに旗をとられてしまう。スタートダッシュも大切ながら、相手を妨害する、されるを気にかけつつ周りを観察するといった判断力も問われる。



「これは思った以上に奥が深いぞ」



 たった数秒、よくて十数秒の攻防。その短い中に、この熱い戦いが収められている。その光景がこれまで見たどの種目よりも滾らせ、燃え上がらせる。


 自分がいつの間にか立ち上がっているのにも気づかないほどに。


 自分もあそこで戦うのだと、胸を高鳴らせる。若干の緊張を覚え、会場の声がより響いてくる。そして……



「男と男であんな激しくぶつかり合って……うへへへへへぇ……」



 腐ったエルフの、声が聞こえた気がした。

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