5. 君は〝元神子〟の子供。
「そうか。君は〝元神子〟の子供なのか」
私は、しみじみと呟いてお茶を飲んだ。
手元のカップに視線を落としたまま、ハーディは頷く。飾りボタンが父親の物だと話をしてから、なんだか泣きそうな横顔だ。
気にはなったが、実は私はそれどころじゃなかった。
前に魔女ばあちゃんが言った「誰が知らんエライ奴が訪ねて来る」っていうのが当たった衝撃で、頭がボウッとしていたからだ。
本当に来るとは思ってなかった。
テキトーに聞き流していたという事がバレたら、怒れる魔女ばあちゃんが降臨する。私はガッツリ叱られるのが予想出来た。
もう十年くらい経つ。
発明技師として身を立てようとしていた私は、家中から大反対された。
魔女ばあちゃんと会ったのはその時だ。
未来を見通す占い師として有名だった彼女の元に、共同研究者兼幼馴染みの部屋へ家出していた私は、殆ど攫われるような勢いで連れて行かれた。水晶玉の前に座った魔女ばあちゃんは、痩せた小さな身体なのに圧倒される威厳がある。客とはいえ、騒々しい団体を目線一つで黙らせた威圧感は本物だ。シンとした部屋の中で占いカードを取り出し、切って並べ始めた。彼女が捲るカードの音が、ピシリ、ピシリと耳に当たって痛い。しばらくして音が止むと、魔女ばあちゃんはチラリと両親を見た後、じっと私を観察し鼻を鳴らした。
「アンタが技師? 発明以外何も出来ないヒヨコが何言ってンだい甘ったれんじゃないよ。ふざけんな」
魔女の一撃に絶句した。
それは家を出てから、ずっと目をそらしていた欠点だった。
造った物が売れ始めて経済力は得たが、私には生活力が無い。幼馴染みは万事卒無く熟し近所付き合いをはじめとした社交も円滑だったが、私は如才ない受け答えすら出来なかった。
青ざめた私を見て両親は安堵したように大きく息をつき、付き添った幼馴染みは食って掛かったが、魔女ばあちゃんはピシャリと言った。
「お黙り。開発技術だか温源台だか知らないがね、それだけで生きていこうとするならムダだよ。止めといた方が良い。諦めろとは言えないが、細々とした感謝で満足できるほど人間は無欲じゃない。数年は耐えられても……アンタは死ぬ間際まで絶望する」
今度こそ、沈黙が落ちた。
私は〝先のことはわからない〟と言って反対を押し切ろうとしていたのに実績を残しても死の淵で絶望するなら、これまで以上に反対されるのが目に見える。
落ち込んだ私と茫然とした幼馴染みを尻目に、両親は代金を支払うと立ち上がった。
魔女ばあちゃんは意気揚々と帰って行く客を見送ると、分厚いドアをガチャリと閉めた。ショックから立ち直れない私を「部屋に帰ろう」と言って慰める幼馴染みに視線を定めた魔女ばあちゃんは「他言無用だよ」と宣言すると、体ごと向き直った。
「お聞き。アンタは、発明技師で成功してもドルイドになる」
何を言われたか解らなくて、私と幼馴染みはポカンとした。
ドルイドは<禁足の樹海>に住み古代樹の祭祀を行う神職者の事だ。
昔話にも登場するが、そういえば誰がドルイドか知らないし、どうやって継承されるのかも知らない。
そもそも無信仰の私に、宗教なんて無縁のはずだ。
魔女ばあちゃんはイライラと早口で続けた。
「開発技術とやらで食っていきたいアンタにゃ酷だがね。理由があるんだ。あると便利だがカタチになっていない他人の欲しがっているもの……アタシは〝明日の道具〟と呼んでいるが、ソレが解って作れたのはドルイドだからだ。アンタ小さい頃から耳が良かったろ? 微かな音も拾うから、人どころか動物の機微まで解ったはずだ。そして年々チカラが増して、今では心音から取り繕った相手の感情まで判るようになってるだろ?」
何故それを。
親にも話していない事実を言い当てられて、私と私の秘密を知る幼馴染みは目を見開いた。元々、両親をはじめとした騒がしい人達とは合わなかったが、ここ二・三年で裏表が激しい人とも合わなくなった。
「それがフツーなんだ。ドルイドは植物の声をきく。人の中では暮らせない。数年早いか遅いかの違いだけで、結局は<禁足の樹海>に住んで<神樹>に仕える生活になるんだ。王都に住んでいる今はまだ良い。街ン中だから、金を払えば他人が作った物を食べられる。だが、樹海はそんな所じゃあない。アンタ独りで小麦粉からパンを焼けるかい?」
問われて私は首を横に振った。
パンは買うものだ。作った事は無い。そういった意味では、家出をするまで一度も厨に入った事がなかった。
魔女ばあちゃんは、やれやれと溜め息を吐いた。
「それじゃ、なるべく早く訓練を始めた方が良いね。家事の中でも、料理は修練が要る。美味い食べ物を知っていると、不味い料理は食えたもんじゃないからね。自分が作ったモンは特に。それと誰か知らんエライ奴がドルイドになったアンタを訪ねるから掃除だって手を抜くんじゃないよ。……あと、」
声を潜められたので、私と幼馴染みは身を乗り出した。
魔女ばあちゃんは、真剣な顔で言った。
「アンタ達が作った温源台とやらをアタシにも売っておくれ」
一瞬の間の後、幼馴染みと大笑いした。
笑いのツボに嵌まってしまったのは、これまでの緊張が一掃されたからだ。ただ、長いこと笑い転げてしまい癇癪を起こした魔女ばあちゃんから使い魔の黒鳥を嗾けられ、つい反射で鳥の脚を掴んで捕獲し翼を互い違いに組んでぶら下げてしまった。ぎゃあぎゃあ喚く黒鳥とゲラゲラ笑う幼馴染みと激おこ魔女ばあちゃんのカオスっぷりに私の腹筋が攣った。
今は……、表情筋が召されている。
いくら未来を見通す魔女ばあちゃんでも、生まれていない人物の為人を把握出来るわけがない。「誰か知らん」というのも納得だ。おまけに、子供が来たら親が出てくるのも時間の問題に思えた。
ハッキリ言って胃が痛い。
偉い人ではない「豪い奴」が来るとかどんな状況だ。