4. 小ボウルに盛った緑黄色野菜のサラダ。
小ボウルに盛った緑黄色野菜のサラダに、ハーブオイルのドレッシングを添える。
酸味が強いシトラスジュースは隠し味程度に抑えた。
魔女ばあちゃんは酸っぱいもの好きだが、友人の何人かは苦手だ。子供のハーディも苦手かも知れない。砂糖を足そうかとも思ったが、野菜の甘味とのバランスが崩れそうで止めた。配合をミスったドレッシングで甘塩っぱいサラダを作ったのは、強烈な思い出だ。
今でも虚ろな目になる。
そんな私の自信作が、パン屋の隠居爺さん直伝のパンだ。
改良した乳酪筒と温源台の物々交換で手に入れた口外法度のレシピは小麦のパンで、焼きたてはピチピチ音がする。割ると湯気がホワンと立つが、皮が固いためブレッドクランブも出やすい。
食前の作法を終えたハーディはポーク・ビーンズの皿の上でパンを千切った。
香ばしく仕上がった表皮から剥離したブレッドクランブが、残らずスープ皿の中に落ちてクルトンの様に料理を飾る。ハーディは一欠片分だけ手に持つと、残りは自分のパン皿に置いた。キレイに型抜きされたバターを少し塗って、ゆっくり噛んで飲み込んでからスプーンを手に取りポーク・ビーンズを掬う。
口に運ぶ姿勢に力は入っておらず、リラックスして食事を堪能しているのを感じさせた。
私は向かい合わせの席に座ったまま、チーズ皿と水の入ったグラスをハーディの側に押しやって、ふと疑問を抱いた。
(十にもならない、お腹を空かせた男の子の食べ方ってこんなんか?)
内心で首を捻る。私がチビの頃は、もっとガツガツ食べていたと思うんだがなぁ。
果物籠からリンゴを取った。
ナイフでスルスル皮を剥きサクサク切る。芯を取って皮と共にザルに分け、すぐ側の窓辺に並べた。実を、より食べ易い大きさにカットして小皿に盛り、私とハーディの真ん中に置いた。
昼は食べないけれど何となく。
座ったら手仕事をしてしまうのが習慣で。あと、好きなんだよリンゴ。香りに癒される。あ。実が変色する前に塩か蜂蜜かけるか。
卓上ラックから塩の壷と蜂蜜の瓶を選びスプーンを取って、私を見るハーディと目があった。
「なにかな?」
「いえ、あの」
何かを言いかけて口を噤んで、俯いた子供の表情は硬い。
チュニックの下の飾りボタンが剥き出しになって、それに気付いたハーディはハッとなって隠した。
一瞬の事だったが、確りと目に焼き付いた。
美しい黒銀色のまま燻して留めた彫金の見事さにも、意匠化された武具と動植物のエンブレムにも見覚えがあった。私は友人の一人が加工しているのを間近で見ていた。
王家の紋章だ。
ひやり、と冷えた心地になった。
……そうだ。
混乱したとはいえ迷子やお使いの第一印象だけで紹介状を持たない人間を招き入れるなど、何をボケッとしていたのか。小さい男の子といっても、この樹海を越えてやって来たハーディは、ただの子供じゃない。
私の個人的な繋がりならともかく、国が監視しているこの場所を訪れる事が出来る役人は一握りしかおらず、しかも、そういった彼等でさえ国府の許可がないと私の家まで辿り着けない。
許可の証は、神殿が発行する護符だ。
コレがないと羅針盤が使えない樹海で遭難し、最悪行き倒れて死ぬ。護符も持たずに立ち入って無事でいられるのは、王族だけだ。
だが、今の王家に未成年者は居ない。
表向きは。
私は、とりあえず尋ねてみる事にした。
「ひょっとして君は……」
ビクリと肩を竦ませて、ハーディは私を見た。
新緑色の瞳が揺れている。
年相応の幼さを見てしまって、私は溜め息が出そうになった。怯えに似た表情に気付かないフリをしてスプーンを持ったまま首を傾げた。
「……君は、リンゴの酸化予防には塩か蜂蜜でなくてレモン汁派かい?」
「え?」
面白いくらい、ハーディが固まった。
うん。
解っててやった。
悪気は無いよ? 君は先ず、ごはんを食べちゃいなさい。饑い時に食事の手を止めるのはダメだし、何しにココに来たのか訊くぐらい、後回しで良いんだから。