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39. 怒りを司る。

怒りを司る感情精霊が、魔女ばあちゃんの周囲をビュンビュン飛び回っている。


 その数、百ちょっと。


 船で木の精達が『魔女ばあちゃん怒ってるー』と教えてくれたのも納得だ。

どの怒り精も活発で、高速で擦れ違うたびに青白い光がバチッだのパチンだのと弾ける。ゴロゴロ鳴る帯電やボッと音を立てて発火する現象に移行しないのが不思議なくらいだ。


ちなみに感情精霊が内界で雷や炎や氷へ変化し実体化すれば、たちまちの内に大気中の魔素と反応して落雷嵐や炎竜巻、猛吹雪となり大災害になる。


 内界住民が感情の波を嫌う理由だ。

樹海ではあまり感情を司る精霊は見かけないが、人間が棲む外界では頻繁に遭遇する。王都で暮らしていたチビの頃の私は、噴水広場の水飛沫(みずしぶき)みたいにポンポン発生しては弾けて(きら)めく感情精霊達を(お星さま。真昼の)と窓から何とはなしに眺めていた。

ドルイドになった今は(外界は魔素が(とぼ)しくて良かった)と遠い目になっている。


 その精霊を纏う魔女ばあちゃんがボケッと突っ立っている私に気付いた。

目が合うと彼女の片眉が、くぃ、と上がって(ひぃ)と震えあがる。魔女ばあちゃんは仁王立ちからスタスタ来てジロリと私を睨んだ。


「アンタこんな所で何やってんだい?」

(後片付けの一環に従事しています?)


甲板の時と言葉は同じなのに、静かな声調(トーン)の今の方が怖い。身長差で随分下から見上げられているのに、眼力の重圧で地面に押し潰されそうだ。

初めてプレッシャーを浴びた苗木は背中から落っこちそうになり、肩へ攀じ登って私の後ろ首に張り付いた。できるだけ魔女ばあちゃんのプレッシャーに触れないように、肩車されたチビっ子のように両枝で頭をキュッと挟んで首を締めないよう両肩に突っ張った根っ子でバランスをとっている。道の端で震え上がっているトレント達のところまで逃げればいいのに、縮こまっている様子がいじらしい。

ただ恐怖でプルプルしているので、くすぐったい。


「木の精から聞いたよ? アンタこの道を来る大人(タヌキ)相手に外界交渉――外交するんだって?」


 何に怒っているのか解らないけれど、とりあえずコクンと頷いた。

それだけで魔女ばあちゃんの感情に少しだけ理性がさしたのか、ビュンビュン動く怒り精の数が減る。

私はホッとした。

前に一度、不可抗力で約束を破ってしまい魔女ばあちゃんから注意された時、ゴニョゴニョと原因を述べたてたら「お黙り!」と叱られたからだ。その時は、ドン! と小規模な落雷が発生し、まだ長かった私の髪で縄跳びをして遊んでいた住民達までピャッと整列して皆で並んで説教をうけた。

小さな雷が焦がしたウチの床を見るたびに、樹海にズドンと落ちて森林火災になる特大の雷でなくて良かったと今でも思う。


 私の頭が動いたので慌てた苗木が頭頂部にもバサリと枝を乗せる。被さった葉っぱが顔にかかるが、隙間から見える魔女ばあちゃんの鋭い眼光から逃れられるわけではない。しかも小刻みにプルプルする枝の葉っぱが擦れて音がする。

耳に近くて気になった。


そんなふうに怯えている苗木に魔女ばあちゃんはチラリと目をやると、やれやれと息を吐いた。怒り精が、ふ、と速度をゆるめパッチンバッチン弾けていた光がなくなった。


「……持て成してくれた樹海から相談されたからね。アタシも手を貸すよ……」


思いがけない提案に「え」と目を見開いた。驚いた私に気付かない魔女ばあちゃんはトレントの上で縛られているミイラを見て尋ねる。


「アレらが間の悪い外界の連中だね? 服の弁償と保護だったか……なら交渉の〝勝ち・負け・引き分け〟は決めたかい? それから連中の郷里が交渉結果を守るかどうか、監視する手段はどうするつもりだい? ……あと、」


声を潜められたので、私はちょっと(かが)んだ。夜の暗さと葉っぱの隙間という視界の悪さをものともしないで、私を(しか)と見据えて魔女ばあちゃんは言った。


「アンタ誰が来ても喋れンのかい?」


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