31. 石の古精たちは。
その石の古精たちは閑地の彼方此方にピョンピョン移動し、落下の衝撃でボコボコになった広場の補修を始めた。前脚や後ろ脚を使って、穿たれた土を寄せて均すと上に乗って脚でダンダン踏む。魔石に張り付いていた若い石の精たちは、中身の詰まった樽をくるくる回転させて運ぶ要領で動かし、遺跡の中に収めている。
一番ふるい古精が私の足元に来て、その髭をひくひくした。片膝を折って目を合わせる。野ウサギや穴ウサギと違い、耳も身体も大きい山ウサギは、後ろ脚とお尻で身体を支え、ぐっと背を伸ばすとクルンとした目が近くなる。私の太腿に前脚を乗せてバランスを安定させると、ふっくりと笑った。
『空とは言え魔石を盗み出されての。そなたには悪いが、でも正直助かった。〝冒険へ出発〟で若いのが魔石に張り付けば、転移光が走って大概の者は驚く。反射でビクついただけでも送還されるからの。後には誰も残らぬ。ただ若いのの生まれた場所は広場だからの。取り戻しただけとは言え、これには我らも驚いた。……それにしても、すごいなりだの?』
「先の実験で『この遺跡には純粋魔石がある』と市場では思われていますから。盗まれなくて良かったです。……ところで、そんなにすごいですか?」
自分ではわからない。でも、何とはなしに聞いていたらしい石の精達が、魔石をゴロンゴロン転がしながら
『すごい血だ』
『ひどい血だ』
『臭うよ血が』
と、口々に言う。思わず苦笑してしまい、すぐ側で補修していた別の山ウサギ型の古精に『笑い事ではないぞ』と注意された。
『頭から血が出てる』
『顔も手も血塗れだ』
『ズボンも血塗れだ』
と、補修の手を止めないまま次々に指摘され、私は(ええー)と圧倒された。
「海辺の街の、魔物退治帰りの若衆のようだぞ?」
(平時で魔物退治? 海辺の街は滞在注意区域か)
そう論決して、ハタ、と瞬きする。
顔をあげると、樹木の間からパン屋の隠居の爺さんが出て来るところだった。隠れていたらしい。背後にチラリと『がんばった!』と称えあう若木が、葉っぱをサワサワしていた。
すたすた寄って来たパン屋の隠居の爺さん――イザーク爺さんは、腰に手をあてて私を上から下まで見てから、やれやれと首を振った。
「今日の昼過ぎに空中爆撃の音で村中が大騒ぎになってな?」
あ、と思った。
「女子供を避難させている最中そこらじゅうに見慣れん植物が芽吹いて伸びて混乱に拍車が掛かってな? どうしたもんかと、お前さん家に行こうとしたらトレントの連中が大挙して押し寄せてな? 儂と目が合ったら門の前で固まってしまって、儂は話できんしトレント達は動けんし困っとったら占い婆が飛んで来てな? 村にお前さんが来ていないと判って怒り出したと思ったら、あっと言う間に居なくなって」
ああ、と思った。
汗がタラリと背を伝う。
「何かあったんだろうと道を掻き分けてここまで来たら、若い木の連中に引っ張り込まれてな? いつも飛び回っとる小ぃこい連中までいて驚いた。一緒に隠れて見てれば、広場で採取しとる連中がおる。どうも胡散臭い。そのうち樹海に入ろうとして蔦の連中に捕まって剥かれて縛られてな?」
あああ、と思った。
気まず過ぎてダラダラと汗が出る。「剥ぎ取れ」と指示したわけではないが、ぐるぐる巻きの木乃伊を見やって、そっと目をそらした。
曾孫もいるイザーク爺さんは躾に厳しい。
「そうこうしているうちに、見知らん騎士達が遺跡の物陰や道に潜んでな。陣を布かれたとゾッとしたところに遺跡の小ぃこいのまで飛んで来た。そんで、いくらもせんうちに警備の副隊長と砦の兵達が来て検分に入って。儂は奇襲でもかけられるんじゃないかと気が気じゃなかった。そうしたら、」
ふ、とイザーク爺さんは笑った。
「ドヤドヤとトレント達が帰ってきて、ああ、お前さんが戻った。と、わかったんだ。ケガをしとるが、無事で良かった……おかえりミヒル。大変だったな」