15. 冷たい目に感情はない。
冷たい目に感情はない。
無関心な表情に心当たりのあった私は、口をきくことにした。
「……止めておいた方が良い」
忠告を無視して再び刃が振り上げられた、瞬間。
ドン、と船が跳ね上がった。下からの衝撃にバランスを取り損なった私は顎を打ったが、周囲の人間も似たようなモノだ。尻餅を付いたり、倒れそうになって手近な物にしがみ付いたりしている。って、あああ魔女ばあちゃんコロコロ転がっていく。気付いた乗組員の何人かが慌てて追っかけてるけど、間に合うのか!?
思わず目で追ったが、船が激しく揺れて視線が外れる。
唐突に、瑞々しい若葉の匂いがした。
ぎょっとして顔を向ける。船縁からヒョコッと飛び出した緑が視界に入った。上って来たのは鉈でも切れない蔦だ。
手の中の<杖>が、ズクリと拍動した。
ハーディが引っ掛かった蔦に絡み付いて一緒に来た蔓が、ピョコンと茎頂を持ち上げる。元気いっぱいで、しなやかな動きのままに美しい巻き鬚をヒュルリと伸ばした。
ガキン、と硬質な音が耳朶を打って思わず顔をしかめてしまった。私へと伸びた巻き鬚を、蔓ごと切り落とそうとした男が瞠目している。
刃物で切れない蔓植物に遭遇したのが初めてだったのだろう。驚く気持ちはよく分かる。私だって修行に入るまで知らなかった。
皆が男と蔓に注目した刹那。
馴染んだ古蔦の感触が、私の足首を掴んだ。思わず足元へ視線を走らせて、いつの間にか忍び寄って来ていた他の住民達に目を見開いた。
ぐっ、と脚が持ち上げられる。
(え、ちょ、待っ、)
上半身に負荷がかかり、折れた肋骨に響いた。
「! ……っ、」
ダメージに息をのむ。
植物に搦め捕られた私に、オッサンが気付いた。
が、そのとき古蔦は古皮の滑りと成長時に身につけた回転力を活用し、その遠心力で以って
(今日もかあああああああ!)
私を空へと放り上げた。
心の声が絶叫となって出なかったのは、意地や面子というよりは慣れだ。
樹海の住民達は木の精達や他の精達と穏やかに遊ぶが、<森>に近い住民達は違う。
鬱蒼とした植生の割には明るく活動的だ。
あれは忘れる事もできない<森>の修業初日。
後ろから驚かすという子供の様な歓迎の仕方に、ビックリして飛び上がってすっ転んだ私のリアクションを気に入り「面白い」「楽しい」という感想が、植物コミュニケーションで広まってしまった。
年月を重ねているぶん好奇心旺盛で、私の反応を引き出す為にイロイロ試行錯誤を始めた結果。
余所の樹海では休眠中と評されるくらい静穏なはずの<森>側の住民が、理詰めの行動派になった。
枝をしならせて樹海に光を入れ、気孔蒸散で虹を発生させるくらいはアッサリ遣って退ける。
やり過ぎて萎びた古木に近くの雄株が説教をしていたが、前の日に気になる異株に虹を披露して疲労したのを私は知っていた。こっそり両方に栄養剤を根っこ投与したのは同性の情けだ。
修業の様子を見に来た魔女ばあちゃんが「代替わりで活性化する事があるとは聞いていたけどね、ここまで個性的になるとはアタシゃ知らなかったよ」と呆然と呟くくらいアグレッシブだ。
一度、芽吹いたばかりの下草を傷めないよう蔦ブランコから蔦ブランコへと移動させて貰ったら、振り子の等時性に気付いて周期実験に付き合わされた。
昼食を摂るのをやめたのはこの頃だ。
文字通り振り回され、私の三半規管は一生分の仕事をした。しかも、徐々に物理法則を理解し始めた彼等は根を張る前のトレント達に協力を仰いで検証を重ね、先々月には空を飛んだ。
わけがわからなくて私の意識も飛んだ。
空中アクロバットが得意になったトレントの詳細を、幼馴染みへの手紙に書いて送ったら「それもう陸上植物じゃない。飛翔生物だ」と返信が来た。
ちょっと遠い目になった。