13. 甲板に広げられた古皮の敷物。
甲板に広げられた古皮の敷物に突き飛ばされた私は、受け身を取りそこなって身体を打ち付けた。痛みで肺から空気が無くなる。筋硬直する私を、連れてきた誰かが跪いた姿勢を取らせて押さえつけた。
髪を掴まれ顔を上向けられる。
太陽が眩しい。
逆光で見えないが、私を見下ろす人物に心当たりは無い。
気配で解る。顧客や取引先、国府の役人でもこんな人間味のない不気味なオッサンはいない。
目線を動かすと他にも人が居た。狼狽えて見えるが、乗組員か。揺れはおさまったものの、船が軋みを上げ続けているから無理もない。髪を掴んだ男が余所見をしている私に気付き、ぐいっとオッサンに向き直させた。
「……発明技師ミヒル」
ゾッと総毛立つような暗い声だった。
反射で身構えようとして、ベルトの拘束と肋骨の痛みに阻まれた。ミシリと音が鳴り、力が入ったぶん傷が痛み出す。
「大方、新しい技術の結果だろうが、この船を襲う化け物共を止めろ」
不快に思うより先に、私の目が眇まったのがわかった。
直後、オッサンの側に控えていた顳顬に傷のある男が近付いて抜剣し、物も言わずに柄頭で私を殴った。新しく口の中を切ってしまい、顔を背けて血を吐き出す。
「……お前の仕業だろう。植物が急激に生長し、この船の高度に届くなんぞ、どんな生促魔法でもありえん。高度を上げ続けようがキリがない。直ぐに止めろ。その足を切り落とすぞ」
(……生促魔法? 生長促進魔法術の事か?)
船の位置や脅迫よりも、その言葉が私の心をとらえた。
ここ一年で増えた魔力害患者の治療の為に、国府から薬種の採取許可を要請される様になった。強制力は無く、あくまでも任意協力の体裁が取られているが、近頃は採取と共に私が作った生薬そのものも求められている。樹海の性質上、強奪は不可能だが供出か提供になるのは時間の問題だと考えていた。
が。
私の中で、侮蔑の感情が湧き上った。
ドルイドには、行うべき祭祀を纏めた書物の他に、慣例として史乗が伝えられる。歴代の祭主が記録したソレは膨大な量を誇るが、成長促進魔法術はその中に記されていた。
ざっくり言うと動植物の生育を促す術だが、その作用は惨らしい。神々の召喚に次ぐ危険な術で、死物を使役する召霊術と同じ禁忌魔法に分類される。
術者以外の尊厳を踏み躙るこれらの呪法は、私が最も嫌う魔法だ。
憤りを制する為に、慎重に呼吸した。
樹海の外では、古の禁術研究が始まっていたのか。どういう理由で着手したのか知らないが、封じられていたものを解禁すれば何らかの影響が出るのは予測出来ただろうに。
(……馬鹿な事を)
だから呪い中毒の患者が増えたんだ。
黙っている私に刃が突き付けられた。ギラリと太陽の光を反射した。
「ミヒル!」
その時、上から魔女ばあちゃんの声が降ってきて私は耳を疑った。
バッと空を見上げようとして失敗する。拘束された体勢では確認できない。
(なんで、どうして、どうやって!?)
次々と疑問が浮かび狼狽する。
ついでに立腹時特有の声調で、正座と呼ばれる拷問の様な姿勢をとらされて叱られた事を思い出したのは仕様がなかった。
魔女ばあちゃんの正座説教はキツイ。
脛も痛いが脚が痺れて変な風になる。好奇心旺盛な植物達と木の精達に突っつき回されてエライ目にあったのは先々月の事で、あのピリピリはホントにイヤだ。
ゴウ、と突風が甲板を吹き抜けた。
黒の法衣をはためかせてフワリと着地した魔女ばあちゃんは、船の連中と状況を無視してカツカツカツ! と靴音高く寄ってきた。
怖っ!
私を真っ直ぐ見据える視線が、とてつもなく厳しい。
激おこ魔女ばあちゃんの迫力に、武装した男達は呆気に取られている。端にいる乗組員達と目が合ったが、それとなく視線を逸らされてメチャクチャ焦った。いや、あの、スミマセンお門違いだけど誰か助けて。
怒れる魔女ばあちゃんは剣を突き付けたまま固まっている男を押し退けて私の真ん前に立つと、両手でガシリと頭を掴み腹の底から一喝した。
「アンタこんな所で何やってんだい!」
(ごめんなさい! 拉致られてます!)
戦く私に、特大の雷が落とされた。
「数を集めて膨れ上がった樹海の連中が村外れまで迫っているんだ! 早く何とかおし!」
ザッと血の気が引いた。
詳細を求めるより先に、魔女ばあちゃんの細い腕を、横から伸びた太い腕が掴んで拘束した。むさい髭面の男だった。
捕まった魔女ばあちゃんは痛くないようで、キッと睨みつけた。
「何すんだい! 緊急事態なんだ! お放し!」
「黙れババア! 今こっちも取り込んでんだ! 後にしやがれ!」
(……魔女ばあちゃんの話そのものは聞くつもりがあるんだ)
いきなり殴られた私との差に呆気にとられた。
人間、切羽詰まった時ほど本性が出るというから、この男は同性に容赦ないだけで実はフェミニストか。
髭の男は、ヒスった魔女ばあちゃんを甲板の隅に引き摺って行った。序でとばかりに太いロープで縛り上げ猿轡まで噛ませ……魔女ばあちゃんフガフガ言ってるけどアレ絶対に後がコワイ。私は知らないからな。そっちで何とか対処してくれ。
何かを削がれポカンとした風の乗組員を横目に、オッサンが私に視線をやった。
「化け物共を、」
「私とあの女の人を解放して下さい」
相手が言い終わらない内に、私は最善策を提案した。
解決策でないのが辛い。爬虫類を思わせる目が私を射た。しばらく船が軋む音だけになり、暗い声を冷たく響かせた。
「話にならん。――両脚とも切り落とせ」




