魔法使い見習いのえめえめの冒険 外伝――夕烏之巻――
14.11.27 推敲(スィナーンの技)
「弱きものの惨めさよ……」
そう呟く夕烏の目の前には、無残な首のない骸となった村人たちが、あるいは右手を伸ばしかけたたままで俯けに、あるいは目を見開いたままだらんと仰向けに、あるいは崩れ落ちたように左側面を上にして、吹き渡る空っ風に死にざまを晒していた。その骸を巡って烏と野良犬が争う。それぞれの群れは、何処から集まるのか次第にその数を増している。
「ただこうなるためだけに……生きたのではあるまいに。」
夕烏は追われていた。
先日、ある任務により忍び込んだ山賊のアジトで見つけた、思いがけない秘密の巻物には、ある大国にとって死活問題となる秘すべき事実があった。その内容は夕烏の知るところではないが、その懐にある巻物を奪わんと、東の砂漠の果てにあるという国よりアサシンの一群が彼を狙っていた。
夕烏がこの村へ落ち着いたのは、昨日の夜であった。忍びは目立つことを嫌う。この時も、通常の旅人に化けていた。宿屋に部屋を取り、食事を部屋へ運ばせる。慎重に毒見してから、食べた後でベッドではなく、床へ寝る。ベッドに寝ていては、咄嗟の時に反応が遅れてしまう。眠りの中でも何処か醒めている。獣の眠りに近い。
やがて、妙な気配が階下でした。夕烏は静かに起きて、そっと窓から外へ出る。壁を伝い、下へ降りる。月は出ていなかったが、星が明るい。宿屋の壁に沿って、角まで動いたとき、宿屋から火が出た。
「火事だ。」
辺りの家や商店から人や獣人が出てくる。それに交ざって、黒い一群がいた。
夕烏は、村人に混ざり動いた。まだ、こちらの位置は悟られていないはずだ。そのまま村はずれへ出ようとしていた。影に紛れ、草が積み上げられた村のはずれまで来たとき、
しゅしゅしゅっ……
聞きなれない音で、アサシンの投擲武器である三日月型の小さな刃――夕烏は三日月と呼んでいる――が、回転しながら飛んでくる。この武器の特徴は、追尾性が優れていることである。逃げても逃げても追って来て、そこをアサシンは仕留める。
この時の夕烏は、アサシンたちの意図を読み誤っていた。三日月をかわした時にちらっと見えた村の景色。
……皆殺し。
アサシンの一行は、夕烏ごとこの村を殲滅しようとしていた。夕烏は、村人に思い入れを持たず、憐憫を感じない。村が見殺しになっても逃げ延びるためになら、それすら利用しようとしていた。
無数の三日月が乱舞する中を、夕烏は飛ぶ。背後で、左右で、村人たちの絶命の叫びが響き渡る。
……何かおかしい。追撃が甘すぎる。
夕烏が思うころ、アサシンたちは、村はずれの風上で紫の煙をもくもくとあげている。その煙が、村を全て覆った時、異変は起きた。
地に倒れ、死に絶えているはずの村人たちが、一人、また一人と起き上がってくる。そればかりが、血に染まった眼は、夕烏だけを探している。
『死人傀儡』
アサシンたちに操られる骸は、常の理を超えて操作者と同じ速度と力を振るう。
今や、夕烏の敵は見渡す限りの全員となっていた。
夕烏は秘術『影五つ』(この時の夕烏は若く、まだ五つ身の分身が可能だった。)と、兜割り音在音無を打ち分ける、虚実不知の技で、高速で飛びかかって来る骸たちをかわしざまに、アサシンを仕留めていく。
ばくっ
しゅしゅしゅ……
ばくっ
ばくっ
幻影の夕烏がすれ違うたびに、漆黒の直刀が、宙に舞う骸の首を絶つ。無数の首があちこちに落ちる。同時に兜割りで、後ろの骸の頭を砕く。
操られた死人は首が落ちるか、頭を砕けば呪縛から解き放たれる。
きんっ
アサシンのシミタ―が光り、夕烏が背で受ける。その刹那、
『松風』
アサシンの周りに五つの夕烏の姿が巡る。その姿が散った後は、膾になったアサシンが倒れている。
アサシンの棟梁『スィナーン』が、夕烏の姿を認め駆けてくる。
『暗殺の刃』
正面から刃は見えない。鋭く光る両目だけを出した覆面の顔を突き出すような極端な前傾姿勢で、両腕は後ろに隠したまま地を這うようにゆらゆらと左右に揺れながら迫って来る。夕烏は手裏剣が尽きていた。五つ身の分身もそろそろ限界を迎えている。
死力を振り絞り、夕烏は最後の技に賭ける。
ぎんっ
二人の暗殺者がぶつかった。スィナーンの必殺を、夕烏は止めた。出所の分からぬ左右の刃を。顔面の右を襲った刃を刀で、左胸を直突した切っ先は左腕の手甲で。
ばっと、散ってまた再び夕烏は五つ身になり、飛んだ。
再び必殺を繰り出すスィナーンの正面から、背後から、右下から、左下から、そして真下から、同時に切りかけたと、思った刹那、
『雀蜂』
夕烏の姿は、スィナーンの後頭部で両手と両足で刀を挟んだ妙な形で宙に浮いている様に見えた。その漆黒の刀身はスィナーンの頭の後ろの上の方に柄まで吸い込まれて、顎の下あたりから刀身が突き出ていた。その姿は、まるで獲物に深々と毒針を刺す雀蜂のようであった。