定点カメラの怖い話
大学二年生、こいつらに長い休みを与えてはいけない。
有り余る若さは大抵の場合、度を超える火遊びをしてしまう物だからだ。
僕は黒ぶち眼鏡を曇らせて、うだる暑さの中、こんな事を考えていた。
この夏はサークルで肝試しをする事になった。
僕にとっては悪夢の様な事だが、男ばかりの文芸サークルは女子を呼べるという事でいつもより興奮していた。
佐々木部長は背が高く痩せすぎの体をしゃんとすると、にんまりと僕たちに笑いかけてきた。
「しかもただ、肝試しする訳ではない。そこに定点カメラを仕掛けようと思う。」
「はあ。定点カメラですか。」
「うん。そうすれば、後で鑑賞会と銘打って女の子を呼ぶ事が出来る!」
「おー!そして、キャーとか悲鳴を上げた女の子に抱きついてもらえるという寸法ですな。」
僕の隣にいた金本と言う筋肉の固まりが声を上げた。
「運命の出会いとかありそうですね!」
女顔の中田が目をキラキラさせている。少女趣味と言うネジが一本抜けている趣味を持っている。
「てか女の子の手配をする俺をほめろよ‥。」
イケメンだがバカの鈴木がすねている。
何も起きない。その時はそう思っていた。
大学生の夏休みは中学、高校とは違い長い。この時期に世界一周旅行をしたり、バックパッカーになって各地を転々としてみたり、そんな充実した時間も送ろうと思えば送れる。しかし僕、黒木啓介にそんな気力もお金もなかった。
夏休み中盤にさしかかって、特に何もしていない自分に驚く。肝試しなんて興味もないけれど、それでも何もないよりはましか。そう考えた僕は肝試しに参加する事に決めた。
肝試し当日、午後三時に駅前に集合との事だったので、お昼をとって、街の本屋でぶらぶらし、その足で集合した。
ずいぶんと早めに来たのに、駅前にはもう女の子といつものメンツが集まっていた。何やら重い荷物を持って来ているらしく、足下に大きなバックが置かれていた。
「おお。遅いじゃないか、田中君。って言っても僕らが早く来すぎただけなんだけど。」
部長がこっちに気づいたらしく、手を振った。
皆の目が一斉にこっちに向く。僕は一気に無表情になった。注目されるのが嫌いなのだ。
「よし、全員集まったな。じゃ自己紹介だ。」
鈴木は女の子を集めたので、全員の素性を把握している。
「女の子には俺が事前に教えていたから、男の方に教えとかないとな。えーと」
「あ、いいよ。私が紹介する。鈴木君に気使わせちゃってるし。私は大木純子。よろしく!」
明るい女の子だ。健康的な肌色でショートヘアに七分のパンツ、白いノースリーブで化粧っ気があまりない。
「わ、私は山田恵子です。よ、よろしくおねがいします。」
眼鏡をつけて、長い紺色のロングスカートを着て、長い髪を後ろに垂らしている。色白の大人しそうな子だ。
そして、隣の子をちらっとみる。
「んー。私は恩田祥子。よろしく〜。」
手を振りながら答える。肩と背中が見える服を着ており、デニムのショートパンツを穿いている。茶髪で目のアイラインがきつい。山田さんの隣に立つとその差が際立つ。
「という訳だ。みんなで肝試し楽しもうぜ。」
鈴木が最後に閉める。しかし悲しいかな。ここにいる男は皆女子に慣れていない。鈴木と部長はいつも通り変わらないが、金本と中田はいつも以上に無口だ。
かくいう僕も女性は苦手だった。
「どーする?まだ暗くなってないじゃん。肝試しってもうちょっと暗くなってからやるんじゃないの?」
恩田さん、いや茶髪でちゃらそうだから、茶髪ギャルと心の中で呼ぼう。茶髪ギャルはスマホをいじりながら、だるそうに意見した。
「いや、これから向かう所は結構遠い所にあるんだ。ちょっと郊外にあって、車で一時間ちょいなんだ。あ、車は俺と金本が運転するから心配しないでね。」
鈴木がテキパキ説明した。茶髪ギャルはふーんというとまたスマホをいじり始めた。なんだか、肝試しにそこまで興味がないようだった。
車は二台用意してあり、一台はスバルの軽で色は白。鈴木の親の物らしく結構気を使って運転している。もう一台は顧問の先生から借りたベージュのワンボックスカーだ。
鈴木は女子と一緒の車で、ベージュのワンボックスは後の男達が使う事になった。
車の中で皆、浮かれているようだった。やっぱり男だけの所に女の子が来るとこういう事になるんだなと心の中でちょっとバカにした。
僕は基本的に幽霊なんて信じないし、たとえ何か見えても怖がらずに淡々と今見た物に適当に理由を付けて処理してしまうタイプだ。ぶっちゃけた話、興味はない。
じゃあなぜここにいるのか。思い出を作るそれもあるが、僕の所属しているサークルは文学部だ。だから、文章はなんだかんだでよく書く。
しかし、僕の書く文章はあっさりしすぎていて、読み応えがないと言われる。僕としては物事を簡略化する事で見えてくる事もあるはずだという信念からそういう文体になっているのだがそれがお気に召さないらしい。
やはり僕の性格に起因しているのだろう。
今回、この肝試しには少し期待している。今回の事を元にしてホラー小説でも書こうと思っているからだ。今までなんだか一皮むけなかったのはひとえにリアリティの問題だったのだろうと考えてる。
これから行く場所は大きなお屋敷だそうだ。有名なホラースポットらしい。
部長はどうやってかしらないが、そこの管理人に許可を取り、鍵を入手してきたらしい。最初は皆で行くつもりはなかったらしいが、それを知った鈴木が折角だからと肝試しを提案したらしい。
部長の人脈には本当に驚かされる。文学部以外にも掛け持ちのサークルを持っているらしく、いつも忙しそうにしている。
こんな事を考えながら、車に揺られているといつの間にか道はコンクリートから砂利道に変わっていた。
一時間もかかっていないじゃないだろうか。
「砂利道になってから、なんだか雰囲気が出てきましたね。」
中田が喋った。中田は意外な事にホラー物を得意としており、良く書く小説のホラー部分はなかなか見所があった。
「ああ。いかにもな田舎道だ。こいうとこで無駄に騒ぐリア充は真っ先に幽霊とか化け物にやられるんだよな。」
金本はガラス越しに田舎特有の空気を感じているようだ。金本はデカい図体とは違い結構神経が細い。
「そうだな。僕も一人でちょびっとだけ行った事があるけどここからぐっとムードが出てくるよな。」
「あれ?来た事があるんですか。」
僕が尋ねる。
「ああ。一応下見しとかないと思ってね。一人で来たんだ。」
「へー。あいかわらず部長はしっかりしているな。」
普段はやっぱり変人としてみられているせいか、こう言う真面目な所を見せられるとちょっと尊敬してしまう。まあ今回は動機が動機なんだけど。
砂利道からどんどん山に登っていき、あたりは暗くなってきた。まだ、五時にもなっていないのに森に光が遮られている所為だろう。
大きな屋敷が見えてきた。管理はされてはいるが、隅々まで掃除されているという訳ではないらしい。所々雑草が生えているのが分かる。
車を止めて荷物を運び出す。後ろで続くように鈴木の軽自動車が止まり、女性陣が降りてきた。
「ここかー。結構雰囲気あるね。」
大木さんが快活な声で話す。それに相づちを打つように山田さんが答える。
「なんだかいやな感じがする・・・。」
当たり前の事だが山田さんが言うとなんだかそれっぽく聞こえる。
「ねえ。やっぱ恵子は来ない方が良かったって。」
意外な事に金髪ギャルは山田さんの心配をしている。性格はだいぶ違うが仲が良いのだろうか。そこをすかさずフォローを入れるように鈴木が声をかけてなだめている。
部長と一緒に荷物を降ろしていたのでどんな顔で話していたのかは分からない。全部の荷物を降ろすと、全員が部長の元に集まった。
部長はポケットから重厚な金の鍵を取り出すとこう言った。
「さあ、荷物を降ろした。中に入ろう。」
一回のロビーは外から見るよりも大きかった。入って正面には立派な手すりがついた大きな階段がある。
左側には食堂室に続く五メートルくらいの廊下があり、その先はキッチンにつながっている。右側は応接間があり、大きなビリヤード場と壁には大きな肖像画が飾ってある。このお屋敷の娘だろうか。赤い着物に金の刺繍が入った帯をしている。
その顔は美人だが愁いを帯びている。
二階には個人の部屋になっているのだろう。上がってすぐ隣は個室が続いており、一番奥にはこの館の主人だった男の書斎がある。
一通り見て回ったが、特に幽霊が出そうな気配がない。一階に戻ってみると、管理人の橋本さんが待っていた。
「橋本さん、こんにちは。今日はよろしくお願いします。」
「はい、こんにちは佐々木君と他の部員の人達ですね。」
管理人の橋本さんにこれからの予定と屋敷でやってはいけない注意事項を聞いた。
その後、予定していた定点カメラの設置が始まった。僕は茶髪ギャルと山田さんそして金本と一緒にカメラを設置する場所に向かった。
「なんか思っていたより、怖くはないな。」
金本が僕に話しかけてきた。ちなみに今の状況は僕と金本は前を歩き、後ろで茶髪ギャルと山田さんがついてくる形だった。
「そうだね。でも、それはみんなと一緒だからじゃない?もし一人で来たとしたらやっぱり怖いと思うよ。」
実際、今の所怖い目には遭っていない。怖さを感じる場所もない。噂に気圧されただけなのだろう。
僕たちは応接間に入るとあの大きな肖像画に向くように定点カメラを設置した。
「これでよしと。」
その作業を見ていた茶髪ギャルが急に話しかけてきた。
「ねえ。あんた幽霊って信じる人?」
一瞬きょとんとしたがこう答えた。
「いや全然。あなたは?」
「あたしも全然信じてないわ。でも...たまにそういう事にも出くわすから完璧に信じていないとは言い切れないわ。」
思ってもいない会話をしたのでどう答えればいいのか分からず少し沈黙が続く。
「そういえば、ここがどんなホラースポットなのか良く知らないな。」
すると、山田さんが低めの声で答えた。
「ここは自殺者が大勢でてる場所なんです。しかも、全員この家に縁もゆかりもない人達が自殺してるんです。」
自殺?幽霊じゃないのか。少し怪訝な顔をする。
「自殺・・・。でも鍵がかかってるんじゃなかったっけ、ここ。だとしたらそんな簡単に入り込めないんじゃ。」
「それでも、自殺する人は後を絶たないようね。ほら、あそこみて。」
指差す方を見る。結構高く二メートル近い所に輪っかがある。
「あそこでいつも首をくくって死んでるんだってさ。」
その場にいた全員が無表情になった。金本はそれを嫌がったのかその空気をかき消すように声を出した。
「と、ともかく。これで準備はオッケーだ。つぎに行こうぜ。」
定点カメラの設置は全部で五箇所と決めていた。僕たちはその内の二台を預かっていた。
次の場所は二階の寝室だ。亡くなった奥方が使っていたと言う部屋だ。
ベッドルームは思っているより広く、テレビドラマのセットに使おうと思えば使えるくらい立派だった。
こちらはベッドにカメラが向くように設置する。その間ずっと山田さんも茶髪ギャルも無言だった。想定している状況と思いっきり違うので困惑してしまう。
特に話す事もなく、設置し終わると部長の所に戻り、設置の報告をする。
「よし。じゃこれで一週間後にまたここにきて、中身を見てみよう。」
館の管理人さんにお礼を言って僕たちは惨劇の館を後にした。
一週間後またいつものメンツが集まった。それぞれ前と同じ組に別れて、車に乗りあの館に向かう。今日は真っ昼間に集まったので、怖さもそんなに感じないだろうと思った。
館に着くと、管理人の橋本さんが遠くの方で草をむしっていた。
僕たちは挨拶したが返事がない。黙々と作業に徹している。
「ちゃんと挨拶した方がいいかな?」
大木さんが部長に尋ねた。
「いや、後でいいんじゃないかな。作業の邪魔しちゃ悪いし。」
僕たち前回と同じように部長達と別れて、行動した。そして応接間と二階の寝室からカメラを持ってきた。上映会はこの屋敷で行おうとのことだったので、全員で食堂に集まった。
食堂室にはこれまた大きなテレビがつぎ込んであった。どうもこの館にあった物をここに運んできたらしい。
「じゃこれから上映会をはじめまーす!」
鈴木がバカに明るい声で声を出した。
上映会が始まる前に大木さんが僕にこう言った。
「ねえ、知ってる?ここで自殺した人数。」
「いいや。全然知らないですね。」
「15人。15人ここで自殺してるんだ。」
聞いてもいない事を教えて来るなんて、ひょっとして怖がらせたいのかと思い、顔を向けると、とても険しい顔をしているのが横顔から分かった。
その顔に気圧されてしまいそれ以上何を聞けるでもなく。上映会は始まった。
といっても最初から最後までだらだらと流してもしょうがないので何倍速か早めてのお披露目となった。あの大きな肖像画が飾ってある部屋が写される。
見覚えのある部屋だ。その映像を部長がリモコンで早回しする。一気に時間が流れて行くが、特になにか大きな変化がある訳でもない。
しかし、三日目を過ぎた所だろうか。突如人が現れた。早送りで見ていたので、見逃すかと思ったが高速で進むビデオの中でも異彩を放っているのではっきり分かった。
皆がその男に気づき、驚きが走る。
「今の人は?」
「誰だ。管理人でもなかったぞ!」
リモコンを持っている部長が一時停止にする。そこには見た事もない男がいた。
その男はジーパンにくたびれたTシャツを着ていた。うつろな様子で、肖像画をじっと見ている。さっき何倍速ものスピードで見ていたので一時停止してからも結構時間が経っているはずなのにまだその場所に突っ立っていた。
その男を皆が凝視していると、ふっとカメラの方に顔を向けた。顔はげっそりとしており、全体的に陰気くさい。しかし、その顔をどこかで見た事があると黒木は感じた。どこかで見かけた顔だ。
見知らぬ男なのにデジャブを感じているとその男はカメラに向かって行き、カメラをすっと下におろした。そこから音だけが続く何かを引っ張る音がして、衣擦れの音がした後、ばたばたと何かがもがく音、そして静寂が戻った。
「これは・・・じ、自殺した人間がいるってことだよな!?」
鈴木が大声で叫ぶ。
「とりあえず確認しに行かなきゃ!部長!」
中田が部長の方を向けると部長は既に足早に向かう所だった。
「僕も行きます。」
僕と金田も後について行く。他の人はそのまま食堂室に残った。
応接間に向かって見るとやはり死体があった。ここに来てビデオを取ったのに全然気づかなかった。その後管理人さんを呼び、警察にも連絡した。しかし、警察が来るまで時間がかかる。それまで、その屋敷で待つ事になった。
電話を終えて管理人さんとも合流した後、食堂室に戻った。しかし、誰かがいない。大木さんだ。なぜか大木さんがいない。男子は全員驚いて館を探した方がいいじゃないかと言ったが、茶髪ギャルがその必要はないと言った。
「あの大木って子は目的を果たしたから消えたんだよ。だからもう二度とここには来ないと思う。」
「目的を果たした?それってどういう事?」
すると、それに答えるように山田恵子が答えた。
「本当は私と祥子ちゃんは肝試しに来た訳じゃなくてこの事件を止める為にここにきたの。」
彼女の話によると山田さんはちょっとした予知能力があり、なにかしらの事件が自分の周りで起きると知ったそうだ。その予知は夢で見る事が多く。その夢の中でこの館の夢を見たのだそうだ。その事を仲のいい茶髪ギャルに相談した所、大木さんを紹介され、今に至ったという事らしい。
「この屋敷について調べていたんです。そうしたら、ここは自殺が起きるけどそこにはある共通点がある事に気づいたんです。それはここにある何かしらの物品を無断で持ち出し、身につけたり家に置いたりすると持っている人が自殺するという事でした。大木さんも随分親身になって手助けしてくれたんですが、むしろ、大木さんの方が取り付かれているようでした。」
みんな真剣に聞いている。特に鈴木はなんだかもうしわけなさそうだった。
「それから、大木さんがある日、鈴木さんと知り合いになったっていうんです。そして、実際、その館に行ってみようって誘われたんです。私も興味があったんですけど、一人じゃ怖くて・・・、それで祥子ちゃんに一緒に行くようにお願いしたんです。」
茶髪ギャルは意外に友情に厚い人のようだ。皆の注目を受けて照れたように顔を背ける。山田さんは話を続ける。
「ここに来て、ようやく大木さんは誰かを自殺させたいんじゃないかって思いに至ったんです。」
警察がやってきた。死体の第一発見者だった僕たちは長い時間拘束された。しかし、あの死体が誰なのか。それが分からないまま、全員、家に帰されてしまった。
あの出来事から一週間が経った。僕は突如かかった部長の全員集合を受けて文学部の部室に向かった。部室にはあのときのメンバーが揃っていた。大木さんはやはりいなかったが。部長が今回の件について真相を知りたいからみんなを集めたと言った。僕もその気持ちには賛成だった。
「結局あの自殺死体は誰だったんだ?」
金本が声を上げる。
「あの人は大木さんのお父さんだそうだ。」
全員が息をのむ。
「じゃ、大木さんがあの屋敷を使って自殺させた人は自分の父親だったってこと?」
「なんでも、大木さんの父親は酒飲みで良く家族に暴力を振るっていたらしい。あと、少なからず借金もあったらしい。」
「それが父親を自殺させた原因か。」
結局僕たちは、彼女の手の平の上だったのか。彼女は依然として消息を絶ったままだ。