第一話
『キープフィギア』というスポーツをご存知だろうか?
キープフィギアとは、今現在、世界の競技人口は10万人を超え、世界8カ国で親しまれているスポーツである。今回から正式にオリンピック種目に登録された、今最も注目度の高い近代スポーツの一つである。その起源は今からおよそ30年前だと言われており、アフリカ諸国の貧困街で生まれたとされている。そんな異国の胡散臭いスポーツが今、島国日本の女子高生の間で密かなブームになっているのは、世の不思議である。
「さぁ、全国大会まで残りわずか。今日も練習がんばるわよ!」
「はい! マリコ先輩!」
「よし、じゃあまずは“角度”の確認から行きましょう! 奈々子、<フィギア>を準備して頂戴」
私はマリコ先輩の指示に従い、<フィギア>をカゴから取り出した。
「いやー、しかし、何度見ても不細工な顔していますね。もう少しかわいい人形でもよかったんじゃないのかなぁ?」
私は使い慣れた<フィギア>をまじまじと見つめながらマリコ先輩に同意を求めた。
「しょうがないでしょ、公式に決まっているんだから」
<フィギア>、それは、不細工な顔をした金属性の人形であり、キープフィギアというスポーツにおいて最も重要な道具である。<フィギア>の顔はどうやら外人らしく異常に鼻が高い。また、目がリアルで、夢に出てきそうで怖い。現に私はこの<フィギア>に追いかけられる夢を3回は見ている。「慣れてくればキモカワイイと思えるようになる」とマリコ先輩は言っていたが、いまだに私はその域に達していない。まだまだ修行が必要なようだ。
「それじゃ、まずは角度45!」
「はい!」
私は<フィギア>を両手で持ち、さらに角度が45度になるように<フィギア>を傾けた。
「美咲、分度器で測って頂戴」
「は、はい」
美咲先輩が分度器をカバンから取り出そうとガサゴソしだした。美咲先輩はマリコ先輩と同じ学年で、私の一学年上の先輩にあたる。性格は良く言えばおしとやか、悪く言えばどんくさい。そんな人である。
「ちょっと! 美咲まだなの!!」
「え、あ、ご、ごめんなさい……あれ? おかしいなぁ……確かにカバンに入れたはずなんだけど……」
うぅ、美咲先輩、まだですか? キープフィギアで使用する<フィギア>にはいろいろと種類があり、使用する<フィギア>によって重さや重心が違ったりするのだが、一番軽いものでも10キログラムある。普段から部活で鍛えているとはいえ、長時間持ち続けるのは正直しんどい。まぁ、キープし続けるのがこのスポーツの醍醐味であるのだから、良い鍛錬にはなるのだけれど。さすがに辛い……。
「み・さ・きぃ!! まだなの!!」
「ひぃ!! マリコちゃんごめんなさい!!」
先輩……は、はやくして…………。
「あんたこの前も分度器忘れてきたでしょ!! 大会まで残り少ないのよ! いい加減にして!!」
「うぅ…………あ! あった! あったよマリコちゃん! い、今すぐ測るからね。ごめんね」
先輩はやくぅうう! 腕が、腕がちぎれるぅううう!
「奈々子ちゃんもごめんね。今測るからね」
急ぎ足で私に駆け寄る美咲先輩。そのとき、先輩の後ろで、応援団が旗を振っているのが見えた。その旗の揺らめきは、不安定で、頼りなくて、すごく嫌な予感がした。
「あ!」
嫌な予感は直ぐに的中した。
「どさっ!」
美咲先輩は何もないところで転んだ。チクショウ!!! フラグ回収するのはやすぎだろ!!! 私は心の中で叫んだが、時すでに遅し。
「バキッ!」
美咲先輩が転んだ拍子に分度器が折れる音がした。
「うっ!」
さらに、美咲先輩は転んだ拍子に私にぶつかってきた。美咲先輩の体重が運悪く私の両腕にのしかかった。
「グキッ!」
私の腕から変な音がした。その拍子に私は重さ10キログラム以上ある<フィギア>を落としてしまった。
「ギャーー!」
そして、運悪く美咲先輩の右腕に<フィギア>が落下した。美咲先輩は今ままで聞いたことのない、男の様な野太い声で悶え苦しんでいた。
「ブチッ!」
そんな一連の騒動を見ていたマリコ先輩の、頭の血管が切れる音がした。
「うわぁあああああんーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
「いだぁあああああーーーいぃいいーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
「お前らいい加減にしろぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
誰の叫びかわからない叫びが、グラウンドに響いた。