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オルアディア戦記シリーズ

オルアディア戦記~王国の動乱・下~

作者: マルク

 

「……始まったようですな」

 隣にいるフィリップが呟いた。ルシウスは特に応えることもなく眼下に広がるレフステンドの街並みを見ていた。

 ここはレフステンド西門の先、エルガディア王国の動脈とも呼ばれるフェスビオ大河の畔にある小高い丘陵である。ここからだと街の様子がよく見えるということで作戦開始前にルシウス率いる精鋭百騎が陣取っていた。

 戦闘が始まって程無く東門に火が上がり、それと同時に盗賊達が東門に引き寄せられていく。月明かりの下猛々しく燃え上がる炎――美しくも凶暴なその光景をルシウスは馬に跨ったままじっと見ていた。

 しばらくすると街に散開していた盗賊のほぼ全てが東門に集中していた。どうやら作戦は上手く行っているようだった。それを見てルシウスはそっと右腕を掲げる。その手には優美な装飾が施された剣が握られていた。

 いよいよか――彼を囲む百の騎士達は固唾を飲んだ。じっとりと湿気を含んだ風が吹き抜ける。月はいつの間にか薄雲を纏って朧月へと姿を変えていた。戦場の空気が変わるのを誰もが感じた。そしてその緊張が最高潮に達した時――ルシウスは剣の切先を街に向けた。

 すると南北の門は内側から開き、突入の準備を済ませていた別動隊が街へ一気に流れ込んで行く。街は、というより盗賊達は一瞬にして混乱に陥った。

「……僕達も行こう」

 言ってルシウスは精鋭を引き連れて丘陵を下り、街の西門へと向かった。

 門は盗賊達の手で修繕されたせいか、何やらものものしい雰囲気を醸し出していた。優雅さの欠片も無い――正に無骨。守ることに専心した愚直さが伝わってくるようだった。そしてその向こう側では品性の欠片も無い罵声が飛び交い、鉄と鉄が激しくぶつかり合う音が、肉を裂き骨を砕く音が、積み上がる屍の如く幾重にも重なって聞こえて来た。

 しかし戦が奏でる旋律は次第に遠ざかっていった。それが意味することは直ぐに理解出来た。南北から突入した部隊が盗賊達を東門へ上手いこと追いやっているのだ。この戦いもいよいよ最終局面へ入ったらしい。残すは西門へ逃げて来た盗賊達を一網打尽にして作戦終了である。とは言えこの混乱の中、屈強な王国騎士団の猛攻を逃れられる者がいれば、の話だが。

 やがて西門のすぐ向こうから声が聞こえてきた。どうやら突入部隊が仕止め損なった者がいるらしい。しばらくは仲間を待っているのか彼等は一向に門を開ける様子は無かったが、結局門は開け放たれた。

 そこに現れたのは隻眼の大男――どうやらあの混乱を脱け出せたのは彼だけのようだった。

「チッ、ここにもいやがったか!」

 ガレスは目の前に立ちはだかる騎士達を睨め付け自分の愛剣に手を掛けた。

「おっさん――アンタ何する気だ?」

「何って、逃げるに決まってんだろ! ちゃんと着いて来いよ!」

「いや、もう終いだろ」

「ハハハ、何が終いだってんだ。今さら腑抜けたか?」

「ハァ……そう言ってんじゃねえ。俺が言いたいのは――」

 背後でマルクスが剣を抜いた気配がした。それと共に放たれる、研ぎ澄まされた純粋なる殺気。

「――こういうことだ」

「……ほう。こいつぁどういう冗談だ、マルクス」

 マルクスの剣はピタリとガレスの頸に添えられていた。

「フン、これが冗談かそうじゃねえかぐらいはわかんだろ」

 確かにわかる。口に出して答えることこそしないが、これは紛れもない本気。絶対的な殺意、殺気だった。まさかこんな展開が待っているとはな――ガレスは剣から手を離すと小さく嘆息した。

「ヘッ、悪いなマルクス。俺はバカだからよ、状況が上手く飲み込めてねぇんだわ。これはどういうことだ? お前らハナっから王国(ヤツら)とグルだったってのか?」

「ハナから? ま、半分正解、だな」

「半分?」

 頭の中に疑問符が浮かぶ。頸に剣が添えられていなければ確実に首を傾げていただろう。するとそんなガレスの疑問に答えるかのように白金の甲冑を纏った騎士が近付いてきた。馬上から見下ろされているにも拘わらず不思議とそれを納得してしまう様な気高さというか、神聖さというか、長い盗賊人生で経験したことのない雰囲気を男は醸し出している。

 ガレスは直感した。こいつが本当の敵――即ち王族であると。

「ご苦労だった二人とも。後は僕に任せてくれ」

 男は美しい細工の施された鉄仮面の隙間から自分の頭越しに声を掛けていた。二人。マルクスとミラスか――ガレスは鋭い視線を男に向ける。一体どんな条件でこいつらを誘惑したのか、事と次第ではここで刺し違えてやると言わんばかりの気迫だった。ガレスはそれほどまでに二人を、彼等の仲間を気に入っていたのだ。それはたとえこんな形で裏切られようとも、変わることはなかった。しかし――。

「ハッ!」

 言ってマルクスは剣を頸から退けた。素早く、機敏に、迷わず退けた。

 ガレスとしては物騒な代物を退けてくれたこと自体は喜ばしい。が、ここで一つ、理解に苦しむ箇所があった。まだ出会って二日目の自分が言うのもアレだが、今の返事は今まで聞いたことのないハッキリとしたモノだった。あの生意気で歳上に気を遣うことを知らない、傍若無人でいてそれでも仲間を誇っているマルクスという若者のそれではなかった。

 ガレスは恐る恐る背後に振り向く。そこには男に跪くマルクスとミラス、そして二人の仲間の姿があった。ガレスは混乱した。動揺した。狼狽した。何故跪くのかと問い質したくなった。お前らはコイツに言い寄られただけだったのだろうと詰め寄りたかった。裏切るのなら盗賊として裏切ってくれと叫びたかった。

「貴殿は、ガレス=ヴァンデウスと見受けるが」

 男が問う。ガレスは力無く頷くしかなかった。

「私の部下が世話になった」

「……私の?」

「フム、申し遅れた。私はルシウス=フォン=エルグランシルと言う。一応王太子を名乗らせてもらっているが、彼等は私の部下だ。それと、そこの二人に関してはおそらくノスタシスという事になっているだろうが、それは違う」

「何だって?」

 ガレスは虚ろな瞳を二人に向けた。男が王子だろうと王太子だろうと関係ない。今はただ自分の心を整理したかった。しかしそんな時間を与えずにマルクスが立ち上がった。

「俺の名前はアレン。アレン=シュトラードだ。ルシウス殿下直属、晃天騎士団の部隊長をしている」

 アレンはガレスを見据える。その瞳の力強さは初めて屋敷で見たときのそれとは全く異なるものだった。生気が満ち溢れている――そんな瞳だ。ガレスは足元が崩れていく気がした。自分が信頼した人間が他でもない王国の犬だったのか――やるせない気持ちが胸に広がる。

 そして間髪入れずにミラスが立ち上がり名乗りを上げた。

「僕の名前はイース=グランフォルト。同じく晃天騎士団の第二部隊軍師を務めています」

「……あ、あぁ――」

 ガレスは膝から崩れ落ちていった。燃え尽きた灰の様に、生気が風に溶けて失われていくようだった。

「彼等は今回の作戦で重要な役割を担ってくれた」

 ルシウスはアレン達を労うように、ガレスに諭すように溢した。そしてその瞳は何処か遠くを見つめるようだった。

 思い起こせば一週間程前、窮地に立たされた彼は苦しみ抜いた挙げ句に一つの奇策を編み出した。

 それは所謂『埋伏の毒』だった。

 埋伏の毒――それは読んで字の如く、毒を埋伏させることであり、転じて味方を敵方に潜伏させ撹乱させる計略である。

 今回に当てはめれば毒はマルクスとミラス、つまりはアレンとイースであり、その毒を毒と知らずにガレスが口にしたと言える。

 そもそも何故こんなことを思い付いたのか、理由は二つある。

 一つは街の住人が監禁されているとは言え未だ健在であること。二つ目は王国各所から盗賊達が集結していることが挙げられる。

 では一つ目の理由が理由たるのは何故か――過去の傾向から察するに盗賊達は容赦無く、それこそ呼吸するが如く人々の命を奪っていた。にも拘らずそれを監禁するという形で放置するということは、彼等は他に何か重大な目的、ないしは義務があり、住人をいたぶっている場合ではないのではないか、と考える事が出来た。事実、これに関してはレフステンド周辺に網を張り、そこに引っ掛かった盗賊に何のために街へ向かうのか尋問してみたところ今回の王都襲撃が判明した。

 ともあれこれが意味することは彼等の目的が果たされるまで住人の命は比較的安全であると言え、とすればじっくり攻略の準備が出来るのではないかと考えたのだ。

 そしてここから二つ目の理由に辿り着くまでに連想と思考の飛躍と跳躍を繰り返す。

 まず問題なのは自軍の戦力だった。何せ『二千』しかいない。敵勢力が前回の四倍となるとその数は四千。既に倍だ。一人二殺でやれないこともないが、敵拠点と同時に攻撃となると被害は少なからず出てしまうだろう。しかし出来れば被害は出したくない。とは言え敵に対して数を減らしてくれと願い出たところで減らしてくれるはずがない。

 とすれば、この際兵力差は捨て置き、真向から挑まずに敵の油断を誘い虚を突くべきではないか。いくら大軍とは言え相手は素人同然の集団。一度統制を乱してしまえば兵力差は関係なくなる。つまりは寡兵であっても大軍を弄することが出来るはずだ。

 そして次に問題となるのがその油断はどの様にして誘うべきか、ということになる。手を触れずに、油断してくれと願うこともせずに。間接的に油断させるにはどうしたらいいか――ルシウスは思い付いた。もしかしたら敵をただひたすら有利に、優位に立たせれば可能なのではないか。勝利への確信はいずれ慢心となり、延いては油断へ繋がるのではないのか、と。

 すなわち、勝利を得るための布石を、より高く積ませればいい。それこそ勝利を疑う余地がないほど、揺るぎないほどに高く。

 ところが石という物はいくら慎重に積み上げられたとしても、それが高ければ高いほど不安定で弱く脆いものになってしまう物なのだ。だからこそそこに勝機が在ると考えた。

 ではその石とは――例えば数的優位。圧倒的な戦力差がそれだ。戦力に差があればあるほど所謂石が積み上げられる。とは言えそれだけでは高さが足りない。とすれば兵力という実体を持った石だけでなく、情報や策という目に見えない石も積ませればいい。しかし自ら情報開示をしたところで敵は信用しないだろう。自ら策を与えたとして敵は使用しないだろう。

 ならば――いっそのこと敵の味方になってしまえばいい。まあ、もちろん外観だけの話ではあるが。ともかく、他でもない味方から伝えられた情報、提案された策ならば信用して、信頼を置いて積み上げてくれるかもしれない。

 とすれば、どうやって味方にしてもらうかが問題となる。味方になるにはまず、危険を承知で敵の懐に飛び込まねばならないのだ。

 そしてここに来てようやく二つ目の理由が顔を出す。アレンの報告にあった『盗賊が街へ集結している』という一言だ。これはつまり、今ならば盗賊として街へ向かえば味方として迎え入れてくれる――敵の懐には何ら問題なく入り込めるのではないか、と考える事が出来た。とは言え何かしらの暗号や合言葉があると面倒であるが、これについては先程も出てきたが、網に引っ掛かった盗賊を尋問することで事なきを得た。

 ここまで来れば後は要所を押さえ詰めるのみ。敵に何を伝え、如何に石を積ませるか。そして毒役を担う人間の危険を如何に減らすかが議論された。フィリップやイースも頭を捻った。アレンはというと早々に毒になる事を決めて静かに作戦が完成するのを見守っていた。彼はどうやら頭を使うのが苦手らしかった。

 と、長く綴ってしまったが以上が本作戦の概要であり、大枠である。

 ちなみにイースがミラスとしてガレスに報告した『王国軍の勢力が四千』という偽の情報。これはフィリップの提案で、実際は敵勢力の半分を王国軍としておく、というものだった。油断を誘うはずが自軍を水増しするとは矛盾ではないか――ルシウスは初めそう切り返したが直ぐ様納得した。

 と言うのも、敵が半分しかいないという時点で既に相手の優位は変わらない。しかし、いざ街へ突入した時、相手の混乱に乗じて攻撃をするにしても、此方の勢力があまりにも少ないと相手が態勢を立て直してしまう可能性がある。

 が、それがもし半分だったら――すなわち八千に対する四千だったら。数的優位は水泡に帰すだろう。つまり自軍の勢力を水増しさせるのは積み上げた石を倒す際の楔である、とのことだった。

 そしてもう一つ。西門に待機していたルシウス率いる精鋭百騎。当初は南北の別動隊と共に街へ突入する予定だったのだが、イースが窮鼠は猫を噛む、とルシウスを諭したため待機することになった。すなわち、逃げ場を作れば敵は反撃に転じずにそのまま逃げ出すだろうし、逃げる敵を仕止める方がより此方の被害を減らせるだろうという意味だった。

 性懲りもなく補足を付け足してしまったが、いずれにせよ今回はルシウス率いる王国軍の作戦が見事はまり、結果として勝利を椀ぎ取ることが出来たのだった。

 とは言え全てが予定通りなわけでなく、予定外の事態もある。それはガレスだ。本来なら突入の混乱に乗じてアレンが始末する予定だったのだ。いずれにせよこの期に及んでは大勢に影響は無いと言えるかもしれないが。

「ハハ……」

 ガレスが小さく笑う。

「何か可笑しいか?」

 ルシウスは項垂れるガレスに視線を落とした。

「ヘ――そりゃ可笑しいさ」

 ガレスはゆっくり立ち上がるとルシウスに向き直った。周りの騎士達は緊張を高める。ところがルシウスはそれを手で制した。

「いい度胸だな王子さんよ」

「そうかな。敵に囲まれても平然としている貴方の方が度胸あるんじゃないか?」

 いつの間にかルシウスの口調が崩れていた。本当なら軍法に則りここで首を切るべきなのだが、彼がアレンに言った「着いてこい」という言葉が耳から離れず、危機に陥っても仲間を見捨てない――盗賊に対する印象と異なるガレスに興味を抱き始めた証拠だった。

「後悔すんなよッ!」

 言ってガレスはいきなりルシウスに襲いかかった。しかしルシウスもそれはわかっており、突然の一撃にも落ち着いて対処していた。

「なかなか穏やかじゃないな」

「うるせえッ!」

 馬上のルシウスにガレスは容赦なく攻撃を繰り出していく。さすがのルシウスも行動範囲に制限のある馬上では分が悪いと判断したらしく、間隙を逃さずに馬から降りた。

 それからも二人の攻防は続く。一合一合重ねるごとに激しさは増していった。アレンやイース、二人を囲む騎士達はそれを静かに見守っていた。そして何合目か、熾烈な攻防が鍔迫り合いへと移った時、ルシウスはガレスに問いかけた。

「ところで、さっきは何が可笑しかったんだ?」

「ああ!? お前らは俺達から仲間すらも奪うのかと思ったら笑えただけだ!」

「奪う? 奪うのは貴方達の特技だろう」

「違う!!」

 言ってガレスは怒りに任せてルシウスをはじき飛ばした。周囲が僅かに騒めく。ルシウスは直ぐに体勢を立て直すとガレスを見た。

「何が違う? そうとしか思えないが」

「ハッ、これだから温室育ちのボンボンは! 全く違うぜ小僧! いいかよく聞け! 俺はな、俺達はな、お前らから奪り返してるだけなんだよ!」

「奪り返す?」

 思いがけない返答にルシウスの顔が渋くなった。

「俺達はな、生まれてこの方お前らみてえな奴らに、あれもこれも奪われ続けて来たんだよ! 金! 家族! 仲間! 家! 土地! 故郷! 命! 全てだ! お前らはそうやって奪うだけ奪って何も返さない! いや、奪っていることさえ気付いていない――そうだろう? 泥水を啜って、腐った肉にかじり付いて生きてきた奴らの気持ちなんてわからねえだろ! だから俺達は奪い返すことにしたんだ! 生きるためになッ! これのどこが悪い!」

 ガレスを囲む騎士達は一様に沈黙してしまった。ルシウスもフィリップも、アレンもイースも同じだった。しかし目の前で吠え立てる男の気迫に押されたからではない。彼の訴えが余りに痛烈だったからだ。彼らもまた被害者であるということに気付かされたからだ。そして何より自分達こそが加害者であると指摘されたからだった。

 果たして盗賊の戯言として聞く耳を持たなければそれで終わる。しかし、今この国に渦巻く悪循環――ルシウス自ら懸念するそれを思えば理解は難しくなく、受け止めなければならない事実であった。

 ルシウスの思考は一瞬にして答えを導いた。そして確信した。自らが本当に戦わねばならない相手を、本当に守らねばならない相手を。

「――ガレス=ヴァンデウス」

「何だ! 文句あんのかッ!」

 興奮冷めやらぬといった具合にガレスは吠え立てる。まるで手負いの虎を思わせる威圧だ。にも拘らずルシウスは歩を静かに進める。そして――。



「すまなかった」



 頭を下げた。

 一国の王子が、盗賊風情に頭を下げたのだ。恥も外聞も無く、深々と下げた。

 これに騎士達は言葉を失い、ガレスもまた絶句した。誰もが理解に時間を要した。

 しばしの静寂が辺りを包む。皆頭を下げるルシウスに眼を奪われていた。時間の感覚が麻痺してしまったようだった。

「お、おい……」

 ようやく口を開いたのはガレスだった。しかし先程までの威勢は鳴りを潜め、驚嘆と懐疑を孕んだ表情でルシウスを見ていた。

「な、何やってんだ、お前……」

 ガレスは何とか言葉を振り絞るが、それでもルシウスは頭を下げたまま微動だにしない。

「――やめろ。やめろッ!」

 ガレスの声は僅かに震えていた。彼自身、自分が何故ここまで狼狽えているのか理解出来なかった。王族相手に頭を下げさせた。今回の企みとしては十分な成果ではないか。なのに、何故――心に湧いてくるのは虚しさだけだった。

「……わかった」

「だ、第一な、俺がそんなんでお前らを、許すわけねえだろ!」

「わかっている」

「わかッ――わかってねえ!」

 ガレスは精一杯反論した。しかし心の中では理解していた。こいつはわかっていると、自分達の全てを理解して、だからこそ謝ったのだと。試合に勝って勝負に負けた気がした。もう何を言っても無駄だと思った。大勢は決したのだ。

「すまなかった」

「……もう、いい。俺らの敗けだ」

 言ってガレスは腰を下ろし自ら敗北を宣言した。それと同時に街での戦闘も終結した。王都陥落は露と消えた。だが、何故か清々していた。きっと腹に溜まったモノが全て外に吐き出されたからなのだろう。言いたい事は全て言えたし、あの王族相手に頭を下げさせたのだから。正直思い残す事は無かった。強いて言えば、ただ一つ。

「なあ王子さんよ、まだ生きてる奴らは許してやってくれねえか?」

「何?」

「いや、確かに俺達がやって来た事は生きるためとは言え許されることじゃねえ。それはわかってる。今回にしたってそうだ。けど、みんな俺の後を着いてきただけなんだ。だから俺は死んでもかまわねえ、だが奴らを助けてやってくれ。後生だ」

 言ってガレスは深々と頭を下げた。

「それは――出来ない相談だね」

「……へへ、そりゃあそうか。そうだよな。今さらムシがよすぎらあな」

「違う。そう言ったんじゃない。助けるのは貴方だ」

「――俺が?」

「そう、貴方がここまで連れて来んだ。助けるのは貴方の仕事だろう? 私はそこまで面倒を見きれないよ。それに、死んで償うのも一つの手段だろうけどそれは私が許さない。貴方達に死なれたら私の罪は誰に償えばいいのかわからなくなる」

「償うだって?」

 ガレスは眼を丸くしてルシウスを見た。

「そう、貴方達にその道を選ばせたのは私達なんだ。償うのが道理だよ」

「つ、償うって言われても、なあ……」

「フフフ、貴方も大概可笑しい人だね。私が償うって言ってるのに戸惑うなんて――そうだな、じゃあ約束しよう」

「何だって?」

「私はこの国を変えてみせる。皆が幸せになるようにね」

 言ってルシウスは右手をガレスに差し出した。

「な、何の真似だ」

「約束の印だ」

 ガレスは迷った。考えた。果たしてこれで良いのかと熟考した。ここまで綺麗事を並べて本当に信頼出来るのか、約束を守ってくれるのかと。しかし体はそれを求めていたのか疑いながらも自然と右手が伸びていた。が、その前に一つ確認したい事があった。

「なあ、何で俺みたいな奴に頭を下げた? アンタ、王子だろ」

「変かな?」

「普通に考えりゃな」

「ハハ、確かに。でもそれって下らないと思わないか? 自分が悪いと思ってるのに謝れないなんて――子供でも出来ることだろう。私は思うんだ。上に立つ人間の変なプライドほど邪魔なモノはないってね」

 ルシウスが語る自らの矜持。奇しくもガレスのそれと瓜二つであった。ガレスは驚いた。目の前の男が、身分も年齢も違う男が、同じ考えを持っていたなんて、と。ガレスは自分を信じている。だとすれば、自分と同じ考えの相手を信じてみてはどうだろうか――そんな思考が頭を駆け抜けた。ガレスは少し照れ臭そうにしながらもその手を握り返す。

 東の空がうっすらと白み始めていた。


 斯くしてレフステンド解放戦は決着した。振り返ってみれば騎士団の負傷者僅か十二名――正に王国軍の圧勝だった。生き残った盗賊達は皆捕縛された。しかしガレスの説得もあり大きな反乱は起きなかった。

 本来彼らは大罪人として極刑となるはずだったのだが、王太子ルシウスの恩赦により極刑は回避。現在はガレス指揮の下王国各地の復旧作業を命じられている。そして彼らの更生が他の盗賊団にも影響を及ぼし、解放戦から一ヶ月足らずで治安は劇的に回復したのだった。


 レフステンド解放戦から二ヶ月後。第二執務室にて――。

「若、本日の報告にございます」

「うん、ありがとう。ところでガレス達はどうしてる?」

「国に貢献してくれてますよ。先日は北のオクスル大橋の修繕を行ってました」

「フフ、そうか。重畳重畳」

「それにしても若、最近夜遅くまで何をされとるのですか?」

「うーん……盗賊ごっこ、かな」

「ホホホ、またご冗談を。して、獲物は何ですか?」



「この国さ」




 

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