あの本
昼休み。
屋上には、誰もいなかった。
フェンス越しに空が広がっている。
風が少し強くて、シャツの裾が揺れた。
俺はそのままコンクリートに寝転がる。
仰向けになって、ぼんやりと空を見る。
青いな、とか。
雲、流れるの早いな、とか。
どうでもいいことを考えながら――
ふと、思い出す。
……名前、聞けばよかったな。
あのとき。
電車の中で。
少しだけ話せたのに。
それなのに、一番大事なことを聞いてない。
俺は片手で目を覆った。
「はぁ……」
小さくため息が漏れる。
なんであのとき、聞かなかったんだろう。
――また会えると思ってたからか。
そのとき、ふと頭に浮かぶ。
あの子が読んでいた本。
ページをめくる指。
栞を挟む仕草。
……そういえば。
あの本。
どこかで見たことがある気がする。
ぼんやりと記憶を辿る。
中学の頃。
部活終わりに、よく読んでいた本。
あれ――
俺が、はまってたやつじゃん。
ゆっくりと体を起こす。
なんで今まで気づかなかったんだ。
あの表紙。
あの厚さ。
間違いない。
……まじかよ。
胸の奥が、わずかにざわつく。
ただの偶然かもしれない。
でも――
なんとなく。
もっと、あの子のことを知りたくなった。
「――何してんだよ、こんなとこで」
不意に声がして、俺は体を起こした。
振り返ると、クラスのやつがフェンスにもたれてこっちを見ていた。
「みんなグラウンドでサッカーしてるぞ。お前、来ねーの?」
「いや、ちょっと……」
言いかけて、言葉が止まる。
なんて説明すればいいのかわからない。
電車で会った名前も知らない女の子のことを考えてました、なんて言えるわけもない。
「ぼーっとしてただけ」
適当にごまかすと、そいつはニヤッと笑った。
「お前さ、今日ずっと変じゃね?」
「は?」
「朝練もミス多かったし、授業中も上の空だし」
図星すぎて、何も言い返せない。
「なんかあった?」
「別に」
すぐに目をそらす。
でも、頭の中にはあの子のことばっかり浮かんでくる。
本を読んでる姿とか。
目が合ったときのこととか。
……やっぱり、変だ。
「……なあ」
気づけば、俺は口を開いていた。
「ん?」
「人ってさ……」
少しだけ言葉を探す。
「なんも知らないやつのこと、気になったりする?」
自分で言ってて、よくわからない質問だと思う。
そいつは一瞬きょとんとしてから、すぐに笑った。
「は? なにそれ」
「いや、なんとなく」
「それさ――」
そいつはニヤニヤしながら言う。
「それ、もう好きなんじゃね?」
「は?」
思わず声が出た。
心臓が、ドクンと鳴る。
「いやいや、違うだろ」
反射的に否定する。
でも――
その言葉が、妙に頭に残る。
好き。
……いや、さすがにそれはない。
ただ少し、気になってるだけで。
それだけのはずなのに。
空を見上げる。
さっきと同じはずの空なのに、
どこか落ち着かない。
――明日、また会えるかな。




