35かき氷論争
「あつーい。かき氷食べたーい。」
タオちゃんが、太陽にとろけそうな声でつぶやいた瞬間、レオ君がビクッと反応した。
「いいねっ!色は?どおする?」
屋台の呼び込みと太鼓の音にかき消されそうなくらいの元気な声だ。
「いちご味!」タオちゃん。
「ブルーハワイっ!」ユウちゃん。
2人の視線が同時に私へ飛んでくる。
へ?ポカリスエットでお腹パンパンなんですけど。これ以上水分入るのか、私の胃袋。
【レオ君いいの?じゃぁメロン……】
「わかった!日陰にいて!?」
そう言うが早いか、レオ君は人混みの中へダッシュしていった。さっきからパシリみたいに動き回ってるけど、大丈夫なのだろうか。重たいポカリを背負って、今度はかき氷。働き者すぎる。
私たちは、屋台の並ぶ通りから少し外れた方へ歩いた。ざわざわした祭りの音が、少しだけ遠くなる。
そこには、昔ながらの商店が両側に並ぶ、素朴な一本の道路が伸びていた。アーケードの屋根がずっと先まで続いていて、日差しが遮られたその下には、ちょこんちょこんとベンチが置いてある。
ここは潮風通り。
屋根の隙間から入ってくる風が、さっきまでのむわっとした熱気より少しだけ冷たくて、汗ばんだ肌を撫でていく。遠くで、太鼓の音と「いらっしゃいませ〜!」って声が、少しぼやけて聞こえる。
「ここ座ろっか。」
ユウちゃんが空いているベンチを見つけ、タオちゃんと私を座らせる。木のベンチはところどころ塗装が剥げていて、でもそれがなんだか落ち着く。
「【ねむちゃん。これ何?】」
タオちゃんは、私の肩から下げた吸引機を指さした。真剣な目。
【これはね。吸引機。これがないと外に出られないの。たまに息が苦しくなって、ウゥーってなるんだよ。】
少し難しい単語が混じるところは、横に座ったユウちゃんがすかさずフォローしてゆっくり通訳してくれる。
「【あー。病気?なの?】」
そう。これでいい。
「大丈夫?」とか「そんなこと聞いてごめん」とか、変に遠回しにされるより、こうやって真っ直ぐ聞かれた方がよっぽど気持ちが楽だ。
【そう。病気。ずっと。】
そう手話で伝えると、タオちゃんは一瞬だけ視線を落とした。自分のスニーカーのつま先を見つめるみたいに。
「コタツと一緒か。」
小さな声でそう呟いた。
【今日。家。来る?私の家。】
タオちゃんはポケットからハンカチを取り出し、汗を拭きながら、少しだけ期待するような顔で手を動かす。
そういえば、まだママからの連絡は来ていない。
【まだ、決まってないの。でも会いたいよ。コタツ君に。】
私がそう返すと、タオちゃんはぱっと顔をあげる。
「おー!良いねっ!お姉ちゃん!どうなってるの?」
今度はユウちゃんへ、矢継ぎ早に視線と質問が飛ぶ。
「まだ連絡来てないねぇ。もうすぐお昼だから、そろそろなんだけど。」
そう言ったちょうどそのタイミングで、ユウちゃんのスマホが震えた。手の中で光る画面。
「もしもーし。ママお疲れっ!うん。ねむちゃんいるよ!?あっ!そうなんだ!ねむちゃんのママもいるんだね!?はいーっ!」
祭りの喧騒をバッグに、ユウちゃんの声だけがちょっと浮いて聞こえる。電話を切ると、くるっとこちらを向いた。
「お話終わったって。今からママ達も屋台でなんか食べたいから、2人で回るんだってさー!良いよねー。ママになっても屋台回れるメンタルー。憧れるー!」
うん。ユウちゃんならできると思うぞー。
ともあれ、今日のスケジュールはこれで決まった。
このあと私は、芦名家の家族たちのところへ行く。
緊張はするけど――よし。締まっていこー!おー!
「あれ?レオは?みんなお疲れっ!」
いきなり背後から聞き慣れた声が降ってきた。振り向くと、汗で前髪が額に張り付いたナナちゃんが立っている。
【おーっ!!ナナちゃんー!!ごめんよー!昨日寝てしまってー!ご迷惑をおかけ致しましたー。】
私はわざと大げさにだる絡みモードで、ナナちゃんに飛びつく。Tシャツは自分の汗でベタベタだが、構うもんか。
「いいじゃねぇーかよぉー!それで良いんだよぉ〜。」
ナナちゃんはまったく怯む様子もなく、むしろ楽しそうにだる絡みを倍返ししてきた。両手で私のほっぺたをぐにゅぐにゅに伸ばし、鼻を持ち上げられ、口角を引き上げられる。
「うぅーして?あはははははっ!ブッサイクっ!うーって!なははははは!!!可愛いなぁ!?ねむぅー!こっち見て?ぬははははは!」
タオちゃんは隣でケラケラ笑っているし、ユウちゃんは「そこまでやる!?」って顔で見ている。
うん。こういう立ち位置ね。
みんなに弄られて、笑われて――でも、ちゃんと輪の中にいる。
受け入れよう。
◇
味変わる?変わらない論争。
ってのは、今まさに私・タオちゃん・ユウちゃんが手に持っている、かき氷3つを巡って勃発している。
「味っ!変わるよっ!ブルーハワイは爽やかな味がするっ!いちごもふわっと香りしてるもん!」
ユウちゃんは、子どもみたいに全力で主張する。
「私も変わると思うっ!!いちごは爽やかなあまさっ!ねむちゃんのメロンはもっと甘いっ!」
タオちゃんも、きらきらした目で同意する。
この2人を、勝手にユウ派と名付けよう。
一方――
「俺はしないと思うぜ?シロップにただ食紅が入ってるだけだろ。」
レオ君は、全部味は一緒派だ。
「私もだね。さっきから2人は爽やかな甘さ、濃いとか言ってるけど味は一緒だぞ?」
ナナちゃんも、あっさりと同調する。
この2人がレオ派である。
2対2の、どうでもいいけど本人たちには死活問題な戦い。
そして私はというと――
どっちでも良い。
……とは言えない空気なので、腕を組んで「うーん」と悩むフリをしている。
しかも、まだ一口も食べていないのだ。食べてから判定しろ、ということで、最初の一口は私の役目になってしまった。
(やばい。キスのお刺身の味もわかんなかった前科があるんだよね……バカ舌バレる……)
スプーンを持つ手が微妙に震える。
唇も、ちょっと震えている気がする。
ここで判断をミスったら、この派閥争いに取り返しのつかない亀裂が入るかもしれない、という謎のプレッシャーまで感じてきた。
「ねむちゃんっ!決めてっ!どっち!?」
タオちゃんは真剣さのあまり、手話のことをすっかり忘れて声で訴えてくる。
別に私は聞こえるからいいんだけど、その瞳の輝きが、全力で私をユウ派に引き込もうとしているように見える。
可愛い。これがハニートラップというやつかっ!
「ねむ。溶けるぞ?」
レオ派総裁・レオ君が、ぎろりと私を射抜く。
もっと優しくしてくれっ!!こっちは今、心拍数マックスなんだよっ!
【よしっ!行くよ!食べるよっ!!】
「「「「うん!!!」」」」
息ぴったりかよ。この家族。
よし。まずはブルーハワイから――
パクッ。
……甘い。
次。いちご。
パクッ。
……甘いねぇ……
最後、私のメロン。
パクッ。
……甘いねぇ…………
(やばいぞっ!!全部同じに感じるっ!!)
ど う す る。
完全にレオ派の舌だ、これ!!
私、今日からオラオラ系で生きていかないといけないの!?
「どお?ねむちゃんっ!」
ユウちゃんまで、期待で目をまん丸にしてこっちを見てくる。
でも、嘘はダメだ。
ここは、正直に言うしかない。
ごめん、タオちゃん、ユウちゃん……!
【勝者、レオ・ナナペアー……】
「「ええーーー!!!」」
「「いぇーーぃ!!!」」
なんの争いだよ。
◇
「ちょっとっ!レオもナナもねむちゃんもバカ舌なんじゃないっ!?」
ユウちゃんがほっぺをぷくっと膨らませて、プンスカしている。さっき「牛カツを氷見豚って言ってた味オンチ女」とレオ君に暴露されたのを、まだ根に持っているのだろう。
「そうだそうだっ!」
タオちゃんもツインテールを揺らして全力賛同だ。ユウ派、声デカい。
【では。ググりますか。】
私がスマホを取り出してそう手話すると、ナナちゃんがニヤッと口角を上げた。
「おおっ!もうこれで決着だな。」
自信満々の顔。祭りの提灯のオレンジ色が、ナナちゃんの汗ばんだ横顔を照らしている。
ちなみにシロップのメーカーは、レオ君がさっき屋台の前でちゃんと写真を撮ってくれている。だから「メーカーが〜」みたいな逃げ道はない。昔ながらの業務用、カラフルなボトルがずらっと並んでいたやつだ。
私は人混みを少し避けるようにして屋台の影に寄り、スマホをタップする。
指先がベタベタする。かき氷のシロップと、屋台の油と、夏の湿気が全部混ざった感じ。
――検索完了。
Q. 業務用のかき氷シロップは同じ味ですか?
A. 本当です。香料と着色料の違いでその味を食べた「気分」になるだけです。
【勝者っ!レオ、ナナペアー……】
「「ええーーー!!!」」
「「いぇーーぃ!!!」」
ユウちゃんとタオちゃんの悲鳴と、レオ君とナナちゃんのガッツポーズが、潮風通りに響き渡る。どんな争いやねん。
2人がガックリ肩を落とすのを見て、私は慌てて画面をスクロールする。
【でもねっ!このシロップはたまたま同じだったのっ!最近は味がちゃんと違うシロップも多いんだって!!だから気にすることないよっ!大丈夫!2人とも元気出して!?】
少し声(口形)を大きめにして、思いっきり笑顔も盛る。
いや?これフォローなってないかもっ!
ユウちゃんもタオちゃんも、わかりやすくしょぼーんと下を向いたまま、反応がない。
「ほれ!ねむも言ってんだろ!?元気だせ?飯でも買おうぜ?バカ舌姉妹!」
ナナちゃんがすかさず追い打ちをかける。ミニ扇風機をぶん回しながら、わざとらしく肩をすくめて見せた。
「「きえーー!!!」」
次の瞬間、ユウちゃんとタオちゃんが同時に飛びかかる。
ナナちゃんは「ちょ、まっ…!」と叫ぶ間もなく、2人にもみくちゃにされていた。脇をくすぐられ、かき氷で冷えきった手を首筋や背中に押し当てられ、
「きゃぁ!!ちょ、冷たっ、やめろっ、やめろってっ!!」
と、完全に女の子な悲鳴を上げている。
でも3人とも、腹を抱えて笑ってる。
通り過ぎる人たちも、ちらっとこっちを見てニヤッとする。夏祭りの騒がしさに、楽しそうな声が溶けていく。
「ねむ。何食べたい?もう多分最後の屋台だぞ?」
レオ君はそんなカオスを、まるで見慣れた光景みたいに横目で流しつつ、私の方に顔を向けてくる。片手でリュックの肩紐を引き上げながら、もう片方の手でペットボトルのキャップをいじっている。
【うん。じゃあ。私も行きたい。行かせて?レオ君に走り回ってもらうの嫌だな?】
さっきからポカリを配ったり、シロップ撮ったり、完全にパシリ化してるもんな……。さすがに悪い。
「あ、そう?んなら行くか。」
レオ君は肩をすくめて笑うと、くるっと踵を返す。
私も吸引機のショルダーを持ち直して、一緒に屋台のある方向へ歩き出した。
背中の方では、まだナナちゃんが
「やめろぉぉぉ!!氷入れんなってぇ!!」
と叫んでいて、そのたびにユウちゃんとタオちゃんの笑い声が弾ける。
私とレオ君が先頭を歩き、そのすぐ後ろを3人がドタバタとついてくる。
そんな幸せな時間は、一瞬で過ぎ去る。
腕時計の針は15時を指していた。
まるで、数分くらいしか経っていないと錯覚してしまうくらいの速さで時間が流れていく。
そしてこのあと、私たちはいよいよ――芦名家へ向かうのだ。




